第1 一般目標
高等学校の商業科の一般目標としては,次の5項目があげられるであろう。
1.商業が,経済生活において,どのような機能を果しているかについて理解する。
商業は,単に営利だけを目標とするものではない。商業を営んで,利益をおさめられるというととは,それが現在の経済生活にとって,欠くことのできない機能を果していることに,その根本の理由がある。特に複雑な経済機構を持つ近代社会においては,その流通の面を担当する商業の機能は,ますます重要さを加えてきている。したがって,商業がどのように,われわれの生活に役だっているかを理解することが,この教科の第1の目標である。
すなわち,商品売買業をはじめ,各種の商業機関の,社会経済的な機能を理解し,さらに,経営経済・国民経済・世界経済について,理解を深めることがたいせつである。
商業に従事する者としての,正しい心構えや正しい考え方は,このような商業の本質を理解することによって,はじめて養われるものである。
2.商業に関する基礎的な知識・技能を習得して,経済生活を合理的に営むために役だてる。
商業に関する基礎的知識を常識として持ち,商業諸機関を有効に利用したり,また,商業に関する基礎的技能を習得して,個人生活・家庭生活・職業生活にこれを応用したりすることは,一般の人々にとっても,経済生活を便利にし,豊かにするために必要なことである。同時にそれは,商業に従事する場合に必要な,知識・技能の根幹となるものである。
3.商業を自己の職業とする者にとって必要な,知識・技能を身につけ,商業を合理的・能率的に運営する能力を養う。
経営者または事務担当者として,商業を自己の職業とし,これによって生計を立てようとする場合には,さらに高度の知識・技能が必要である。商業課程を選ぶ生徒の大部分が,このような志望を持っているのであるから,それにこたえるこの目標は重要なものである。その知識・技能は,実務について役だつような,実践的なものであることが必要である。このような知識を豊富に養い,このような技能に習熟することによって,商業を能率的に合理的に,企画し,運営し,遂行して行く能力が養われる。
4.正しい,好ましい経営の態度・習慣を養い,国民の経済生活の向上に貢献するように努める心構えを養う。
社会生活において,倫理,道徳が重んじられなければならないことは当然であるが,特に商業活動においては,信用や責任を重んじることが強く要求される。願客に対するサーヴィスの精神が,商人としての道徳の根本である。わが国の商業道徳の水準が低いということは,しばしば指摘されることであるが,これを正しい軌道に乗せることが,商業教育の大きな目標である。外国貿易によって,わが国が経済的発展を遂げるたあにも,国際的な信用を得るだけの徳性を身につけておくことが,商人としてきわめて重要なことである。
また,商業の経営には,合理的に物事を処理する態度,能率を重んじる態度が重要であって,商業科の学習においては,常にこの態度を養うことが目標とされていなければならない。さらに,商業に従事する者としては,欧米諸国に比べて水準の低いわが国の経済生活を向上発展させ,経済再建を促進することに,自己の商業活動をとおして貢献しようとする心構えを持つことが,きわめて望ましいことである。このような再建日本の商業人としての望ましい態度・習慣は,商業に対する正しい理解を根本として養われるものである。
5.商業経済社会の新しい状態に適応したり,さらに,いっそう発展した研究をしたりするために必要な基礎を養い,将来の進展に役だつ能力を身につける。
高等学校を卒業して,直接に社会に出て業務にたずさわる場合でも,大学に進学する場合でも,いずれにしても,高等学校の学習を基盤として,その上にさらに研究・努力を続けて行き,進歩する社会の実務に適応したり,さらに高度の学習に進むようにして行かなければならない。このように将来の生活を発展させるために必要な,基礎的な能力を身につけることが,高等学校の商業教育としての重要な目標である。
第2 科目と単位
これらの一般目標を達成するために設けられる,商業に関する科目としては,次の各科目が挙げられ,いずれも,生徒によって自由に選択され,適当な学年において学習されることを原則とする。単位数についても,それぞれの限度の中で,適当に定めて習得するがよい。
(科 目) (単位数)
文 書 実 務 2—5
珠算および商業計算 2—6
夕イプライティング 2—5
速 記 2—5
統 計 調 査 2—5
貿 易 実 務 2—5
商 業 実 践 2—5
商 業 経 済 3—10
金 融 2—5
経 営 2—5
商 品 2—5
簿 記 会 計 2—15
法 規 2—5
商 業 外 国 語 5—15
商業に関するその他の科目
第3 生徒の発達
高等学校の生徒の発達段階について,商業科に即して基本的な問題を取り上げれば,次の点が考慮されなければならないであろう。
1.実務的な学習に適すること。
高等学校の段階では,大学で行うような高度の理論を学習するよりも,むしろ実務実習を中心として,そこから理論を会得して行くほうが適当である。たとえば,簿記における記帳のような実務は,高等学校の段階に最も適した学習の対象であるといえるであろう。記帳の実務を中心として,そこから簿記理論を理解して行くことが,この段階に適応する学習方法であろう。珠算についても,大学よりも高等学校に適し,さらに高等学校においても,低学年の段階に適するということがいえるであろう。タイプライティングや速記についても,やはり高等学校の段階が最も適当であると思われる。したがって,この段階が大学の段階に此較して有する特徴は,後者が理論的学習に重点を置くことに対して,実務的学習に適することである。
2.理論的な学習に対する興味・関心が,しだいに強くなってくること。
中学校の職業教育が仕事中心であるのに対して,高等学校の段階では,しだいに理論的なものを追求する傾向が深くなってくることも,見のがすことができない。したがってこのような要求に応ずることもじゅうぶんに考慮されなければならない。もちろん,上述のように,あまり高度なものは不適当であるが,基本的な,根柢となるような理論については,高等学校の段階において学習されることが当然である。たとえば,商業経済や法規について,できるだけ具体的に,しかも基本的な理論を学習することは,この段階に適応することである。
3.基本的な学習を重んじること。
以上の二つの点を総合するところに,高等学校商業科の望ましい学習のあり方が生ずるわけであるが,両方に共通なことは,実務的にせよ,理論的にせよ,そのいずれについても,基本的な学習を重要視する点である。あまり特殊化され専門化された学習は,高等学校の生徒の要求に即応しないであろうし,また,結局において社会の要求にも合致しないであろう。ある特定の業種,たとえば,小間商・食料品店・呉服屋などについて,専門的な特殊化された学習をすることは,特別教育活動としてならばよいことであるが,一般には,わが国の実情には適しないと思われる。それよりも,どのような業種にも共通した,基本的な問題に重点を置くことがよいであろう。もちろん,高学年になるに従って,卒業後の志望に応じて,学習の方向に,ある特色を持つようになることは,必要であり,当然であるけれども,それでも,ある特定の業種だけについて,即座に間に合う知識・技能を養うよりも,異なった業種についてもひととおりその仕事を遂行して行き得るだけの,一般的な理解と能力とを養う方が,生徒の要求にも,社会の要求にも,即応することであろう。狭く専門化された学習をしても,高等学校においての学習の深さには,おのずから限度があるし,現実社会の実務は,たえず進歩し変化して行くのであるから,たとえ生徒が志望どおりの業種に従うことができた場合においても,一時的な歓迎は受けるであろうが,永続的な期待は受けられないことになりがちである。就職した業種に即座にぴったりと間に合わなくとも,永続的に将来性を期待されるためには,基礎的な能力をつちかうことが,むしろ賢明であるといえるであろう。
実務的な学習でも理論的な学習でも,この点を考慮するならば,両者の融合が保たれるし,したがってまた,卒業後の志望が就職にあるか進学にあるかによって,高等学校の商業教育が,二つの異なった性格に分離することもなくなるであろう。
これは同じく職業教育においても,商業教育は,工業教育や農業教育と,いささか趣を異にする点である。工業教育においては,たとえば,紡績と土木と窯業と冶(や)金と機械工作と,それぞれ専門化される必要があろう。しかし,商業教育においては,銀行と運送と倉庫と保険と売買と,いずれも他の理解を欠いては,その一つだけに限定された学習は,ほとんど無意味である。そうした専門的な学習は,それら全般に通ずる基礎的な学習がなされた後の段階において行われることがよいのであって,それはまさに,大学の段階に相応するものであろう。高等学校の段階は,商業教育としては,この基礎的な学習の段階であり,したがって,特殊化された学習よりも,一般的な学習が適当とされるのである。