第三章 健康に適した学校生活

 

第一節 健康に適した授業日

 

 児童の身体的・知的・情緒的の成長発達は,学校生活によって左右されることが多いから,学校生活を児童のために精神的・身体的によく整え,現境を児童の健康生活に適するようにするならば,毎日の学校生活は楽しくまた愉快に学習を続けることができる。この意図のもとに,毎日の日課時聞割等は編成され,学校環境は整えられて,児童が喜んで授業日を迎えるようにくふうすることが望ましい。

一 健康に適した時間割の編成

 時間割の編成は,学習上の基礎となる重要なことであるが,各科の授業時数の最低限度は法令によって明示されている。しかし一週の時間数,教科の紺合せ,授業時間の長さ等についてはなんらの規定がなく,各校の自由にまかされているので,とかく学校の慣習によって,組み立てられている傾向が多い。それゆえ,時間割の編成にあたっては,教育学・心理学・保健衛生等の要求と,学校の事情・土地の環境・学校の組織・実際の経験等と合わせ考えて,健康に適した時間割編成をしなければならない。

 次に編成上の原則として考えられている事項をあげて参考とする。

1.教科の変換をはかり心身の休養気分の転換を考える。

2.教科の性質難易および学年の高低によって当時間内の教科の組合せ分量の配当を考える。

3.特別教室・運動場・屋内体操場・講堂等の使用,学校管理上の実際から見た編成上のくふうとする。

二 休憩時間  休憩時間の長さについては,授業時間の長さと同様に法令上にはなんら規定がないが,児童の学習活動,心身の疲労等を考え合わせて,適当な休息と疲労回復のために休憩時間を設けなければならない。 三 宿題  宿題を課することは,学校の課業を補い,家庭においても学習する習慣を養い,自主的自習の習慣を養う等のため必要のことである。しかし宿題を課する場合には次の点にじゅうぶん注意を払い,児童の心身にはなんらの影響を及ぼさぬようにしなければならない。

1.適当の努力によって成し遂げうる程度のもので,児童の負担が過重にならないようにする。

2.家庭の事情を考慮する。

3.児童の健康状態を考慮する。

 特に保健上睡眠時間を妨げるような課題は絶対に避けなければならない。

 

第二節 学習指導時における衛生的考慮事頂

 

 教師は児童の健康状態について,常に観察を怠ってはならない。そのためには,健康の現れである顔色,態度・学習活動の状態に注意して,異常の発見に努めなければならない。そしてまた,疲労を起す姿勢の異常や,室内の空気の物理的条件にも注意を払わなれけばならない。これによって,教師は,疲労しやすい児童の病気を早期に発見することができるし,また,身体・衣服の清潔の欠如も見いだすことができる。

 以上の観察によって,なんらか異なった点のある児童には,それぞれ必要な指導を与え,かつ養護教諭の指示を受けさせる。全体の児童に疲労・異常があれば,(1)学習指導の方法や (2)採光・換気等に考慮を加え,(3)座席の変更あるいは(4)学習指導中に休憩を与えることも必要である。

 

第三節 情緒的に健康に適したふんい気

 

 健康に適した学校生活は身体的方面においてはいうまでもなく,精神的方面ことに情緒的にかもし出されるふんい気は,健康生活に大きな影響があるのでじゅうぶん考えてみる必要がある。

 このことについて,重要と思われることを次に述べて見よう。

一 学校生活からのあせりや,不安や恐怖などの原因となるものをできるだけ除去する。

 児童の生活の場として学校生活は,最もたいせつでまた楽しかるべきものでなければならないが,学校経営上あるいは教科指導上,ちょっとした注意を怠ったため,児童の生活に情緒的な錯誤を起させて,著しく学校生活を不健康,不愉快のものにしてしまうことがあるから,この点については,特に次のような事がらに注意して,学校生活からあせり・不安・不必要な恐怖等を起させる原因を除去するようにしなければならない。

1.教科中心のカリキュラムから,童生活中心のカリキュラムに編成がえをする。

 教科中心のカリキュラムは,とかく児章の興味や要求を無視して成績や点数本位の学習に陥り,児童にあせりや,不安を与える傾向があるので,これを生活中心のカリキュラムに切り替える必要がある。 2.適性に基いて学習指導をする。  これまでの教育は児童の素質可能性をあまり重要視せず,予定の教材を詰め込むことに没頭した詰込主義の学習が行われ,情緒的に児童の心境を常に不愉快・不健康のものにしていた。今後は児童の素質,可能性を検査して,適性に応ずるような学習が行われなければならない。 3.学級集団の構成やその集団のリーダーの性格に注意を怠らないこと。  児童中心の教育を実施して行くと,自然発生的にいろいろの集団ができるものである。しかも集団(グループ)の構成員特にそのリーダーの人物,性格が,グループ内の情緒的ふんい気をかもし出すのに影響があるので,構成員やリーダーの性格に注意して,不安・不健康・恐怖等のふんい気を作らぬように注意する必要がある。
二 学業成績の優劣から来る自慢や卑下感を除去するようにくふうすること。  学業成績に優劣の現われることは当然のことであるが,それから起る自慢や自己卑下感は情緒的ふんい気を不健全,不健康のものにする恐れがあるので,これを除去するために,次のようなことに注意しなければならない。

1.学級編成上の注意

 いわゆる能力別編成がよいか,優劣混合の編成がよいかということは,一概には決定しかねるが,生活中心のカリキュラムを実施する立場からすると,後者の方が自慢,卑下感を除去するに好つごうである場合が多い。 2.学習指導上の注意 (1) 合同による作業が完成したときには,全員の協力によってできあがったことをよく了解させ,その成功の喜びを全員に感得させるようにする。

 児童個人で計画した作業が完成したときにも,じゅうぶん賞賛のことばを与え,特に能力の劣った児童の場合には,その成功の喜びを感得させることがたいせつである。

(2) 教師は児童を友だちとし,また時には案内者として計画を進め,教師自身の計画によって強制的や命令的に指導してはならない。

(3) 学校で児童を精神的にも情緒的にもいちばんよい状態におくことを保障するには,教師は児童各個人の状態をよく理解し,または個人としてその人格を尊敬するよう取り扱うことである。

3.学芸会・展覧会その他催しものを計画する場合の注意  よくあることであるが,こうした会に山席したり出演するものが,限られた一定の児童になる傾向があるが,これは是正してすべての児童がその特質によって自己を発輝できるような仕組みにしなければならない。  
第四節 合理的な学校給食

 

 学校給食の合理的な運営は,学校における保健計画中の重要な問題である。

 何ゆえに,何を,いつ,いかにして食べるべきかについての指導は,健康教育の計画の中に含まれるが,しかし,あらゆる方面の知識が,実生活に即してよい習慣になるよう,学校給食は運営されなければならない。この食事を中心とした実地教育のための学校施設として,りっぱにつりあいのとれた食事を調整するための,じゅうぶんな設備と人員と,また児童たちが気持よく食事することのできる場所が用意されなければならない。

 この施設の合理的な運営によって,児童たちは適正な栄養を確保し,ふじゅうぶんな家庭食をその日のうちに補給する機会が与えられ,不慣れな食物を食べたり,すぐれた昼食を選択したりする経験を得ることができる。

 このような児童の食事の経験は,快適な四囲の情景や,なごやかな仲間どうしのふんい気や,清潔で,じょうずに調理された食物によって与えられなければならない。

 

第五節 特殊児童に対する取扱

 

 特殊児童とは生活力が薄弱であるために,他の健康者と同等には教育を受けにくいものをいう。したがってこれらのものに対しては特別の取扱をする必要がある。すべての人が教育を均等に受けるたてまえから,心身に異常があるものに対しても,健康者に対すると同じように教育が行われるためには,それに応じた施設が設けられなければならない。

 統計によれば次のような割合に特殊教育を受ける対象があるといわれている。(教育心理所載)
種    別
推 定 百 分 比
盲   児
弱 視 児
ろ う 児
難 聴 児
肢体不自由児
身体虚弱児
言語障害児
精神薄弱児
境界線級児
英 才 児
社会的不適応児
0.03
0.14
0.08
0.15
0.30
3.00
1.00
2.50
5.00
7.00
3.00
22.10
 学校教育法によれば,性格異状者・精神薄弱者・ろう者および難聴者・盲者および弱視者・言語不自由者・その他の不具者・身体虚弱者についてこれらを特殊学級あるいは盲学校・ろう学校・養護学校を設けてこれに収容することができるようになっている。したがって一般健康児童といっしょにして教育するよりは,むしろ特殊学級なり養護学校に収容したほうがよいと思われる養護児童があれば,学校内に特殊学級を編成するとか,養護学校に入れて特別の取扱をするのがよい。

 異状の程度が比較的軽くて健康児童についていくことが可能の児童に対しては,教師が細心の注意を払いながら教育することが必要である。以下主として普通学級において学習しうる養護児童についてべる。

 身体的方面において養護を要するものは,いわゆる身体虚弱児童と称され,その中には発育不良・栄養不良・胸廓異常(扁(へん)平胸・漏斗胸・麻痺(ひ)胸・背柱湾(わん)曲等)や貧血・食欲不振・偏食・体力不足の者・あるいは頭痛・腹痛・夜尿・ねあせ等の習癖ある者・病気にかかりやすいもの・その他体質異状者などがあげられている。このような児童に対しては,医師の診査に基いて異常の原因を明らかにするとともに,治療ときょう正に努め,保護者と密接な連絡をとり学校においても家庭においても,新鮮な空気・日光・温度・湿度・換気等の環境や,栄養・休養・睡眠等に特に注意して,健康の回復に努めるよう指導しなければならない。学習時には,顔色・動作をよく観察し,教室内の座席配置・体操や作業時の運動量が適しているかどうかを調べる。また宿題等を課する場合には負担が重くならないように考慮する。特に疲労の防止には留意しなければならない。

 精神的方面において養護を要する児童としては,知能劣等児・性格異常児・神経質等があげられるが,不安・憂うつ・寡黙・言動渋滞・興奮等があったり,また学科に対する好悪が強すぎたり,おもしろく遊ばない,人ぎらい・はにかみ・疲れやすい・感情にむらがある・怠け癖・怒りやすい・うそを言う・虚栄心・強情・動物虐待・盗癖‥理解力に乏しく・記憶が悪い・注意力不足・散慢等が見られ,一般に学業成績不振の場合が多い。

 このような児童に対しては遺伝関係・出生時の状態・育児状況・既往症・家庭・交友等の環境を調査し,専門家に連絡してその原因を追求してみる必要がある。原因の除去可能なものについてはあらゆる手段を講じてみるのがよい。取扱上としては他の児童に対する劣等感を起させないようにするとか,不安とか懲罰などによる刺激を避けて,生活環境の調整をはかり,明朗性を与えるように指導する。

 以上心身になんらかの障害がある児童に対しては,直接教育にあたる教師が行き届いた指導を行うのみならず,学校としては学校保健委員会において,養護の計画をたて,適切な施設をしなければならない。たとえば,身体検査・健康相談・性格調査・知能検査・生活調査等を行い,その結果に基いて養護児童を選定し,保護者へ連絡して医師その他専門家の協力を求め,校内校外での指導,進学,職業指導等について具体的な方策と組織を設けて義務教育の課程を修了しうるように努めねばならない。

 特殊学級あるいは養護学校においては,次の事項に留意する。

1 収容すべき児童はその心身の状態別にそれぞれの学級なり養護学校に編入する。

2 教育課程については,できるだけ普通児と類似のものであるように考慮し,進級・進学についても同様にする。

3 医師,病院その他関係機関との連絡を密にする。

4 健康に復し得た場合には普通学級に復帰させる。

5 単に適切な健康管理・健康的な環境のもとに学習を行うだけでなく,衛生知識および衛生的な生活方法を体験会得させるように努める。

6 職員には専門的に訓練された教育愛に燃えた教師を必要とする。

7 このような特殊教育施設は,世論の支持と保護者および一般社会の啓発を必要とするので,保護者はもちろん各種公共団体等の関心と協力を望むことが必要である。

 

第六節 学校行事としての体育およびレクリエーション

 

 体育の目的として身体の健全な発達,精神の健全な発達,社会的性格の育成があげられる。体育運動は,児童の健康の保持増進のための重要な一部面であって,正科の時間においてはもちろん,学校生活の全般を通じて取り扱われなければならない。したがって,学校保健計画にも,体育運動の問題をじゅうぶんにとり上げられなければならない。たとえば,学校生活における学習中の疲労の回復,気分転換のための運動レクリエーション等,広く学校における体育運動の計画をたて,実施しなければならない。

 

一 授業時間中の運動と気分転換

 人の生活には,大きなリズムがある。おとなの—日の生活においても緊張と解放,作業と休養とがあるように,児童にも学習と休息とを適当に交代して,気分の転換をはかることが健康生活の—つのリズムである。

 授業時間中の運動は,学級が単位となるが,担任教師はその学級に適応する運動プログラムをたてて実施することが望ましい。すなわち,児童の疲労,健康状態をよく観察して,それに応じた運動の種類・項目をきめて実施しなければならない。また学習には動作の巧みさが基本的に役だつものであるから,技能を取り入れることによって学習活動をいっそう活発化し,興味を増す助けとすることができる。教師は知覚と運動との巧みな調和を常に心掛けねばならない。

二 放課後の運動——校内運動  体育運動は,健康の保持増進のための有力な方法として行わなければならない。ややもすると児童全部が参加するのでなく,運動を好むものや遊び好きのものだけが無統制に放課後学校に残って,運動に熱中する傾向があるが,すべての児童に運動の価値とその重要性を正しく理解させて,個々の年令・性別・健康度に応じて適当の運動を行うようにしむけ,正しく導かなければならない。すなわちそれぞれの体力と体質に応じてチームを組織して,スポーツをとおして運動に対する興味を持たせたり,各自に適した競技を行うことによって,自己表現・自己信頼・指導性等の発達をうながし,他からしいられることなく,自主的に運動を継続するようにしむけることである。このために多くの種類の運動から個人・チームの別によって最も興味があって継続しうるものを選び,適当な指導によって手軽に児童遊び場等でも容易に行いうるように考慮されなければならない。

(学習指導要領小学校体育篇参照)

三 学校におけるレクリエーション  学校の環境を健康的に整えるには,設備や組織などを整えるだけではふじゅうぶんであって児童の学校生活それ自体も愉快なものに作り上げなければならない。そのために体育行事のほかに学校においてレクリエーションを実施することが最も望ましい。このために,学校でフォークダンス課することなどは最も効果的である。団体生活,社会生活を営むには,お互が協力し合ってこれを向上進歩させることが必要であるが,同時に各自の生活団体を指導しうる指導力を持つことがたいせつである。しかし,この指導力は強制的であったり,征服的暴力的のものでなく,いわゆるリーダーシップとしてのものでなければならない。こうした指導力はレクリエーションにおける団体行動の中においておのずから訓練され養われる。

 社会生活を営むものの一員としては,常に情緒的に愉快で健康的なふんい気をかもし出す資質の持主であることが望ましい。この資質は,常に愉快で健康的な環境の中に生活することによって養われる。したがって,学校生活はかかる社会的情緒的発達を促進するようにくふうすることが必要である。これらに対しても学校におけるレクリエーションの実施が最も有効である。

四 運動医事 (一)体育運動と行う場合には,児童の健康状態に適合した運動を課すことが必要である。このためには,次のような点に注意しなければならない。

 健康診査によって,児童個々の健康状態をはあくし,健康者と疾病異常者とを分けて,適正な取扱をすることが必要である。

(二)疾病異常者の指導には,適当な医師または専門家があたるべきである。

 その計画をたてるには次のことに注意する。

1.身体虚弱・疾病回復期,高度貧血・栄養不良等に対しては,水泳・器械体操その他激しい運動は禁止しなければならない。

2.心臓疾患の軽度のものは,軽い散歩・限られた徒手体操程度とする。

3.結核性疾患のものは運動を禁止する。

4.脱腸・月経障害のあるものには,運動を禁止するか,またはその程度によって重技・跳躍運動を禁止する。

5.耳疾・眼疾には水泳を禁止する。

6.てんかん・その他感覚器および神経系の疾患については特に注意をする。

7.運動器障害,胸廓異常者,扁平足のものにはきょう正体操を行う。

(三)運動実施時の指導については,次のことに注意する。 1.運動場その他運動を行う場所を健康的に整える。

2.準備運動,整理運動を行う。

3.運動はいずれの場合にも漸進的に実施する。

4.実施に際しては食事の直前直後または空腹時を避ける。

5.炎暑・寒冷時,ほこりの多い場所を避ける。

6.実施後は汗をふき,手足・身体を洗い,できればシャワーにかかるなど,清潔に努める。

7.自覚的・客観的に疲労の発見に注意する。特に個別的に疲労の発生状態が異なることに留意する。

8.疲労の回復には適度の休養・マッサージ・入浴・特に睡眠が効果的であることを会得させる。

9.適正な運動負荷であること。すなわち年齢・発育・健康・性別に応じた運動種目,運動強度・運動時間について考慮する。

10.傷害の防止に努める。