第四章 学校保健事業

 

第一節 学校保健事業の編成及び管理

 学校保健計画の運営を適切にし,生徒の健康状態を改善するため,学校保健計画に対して十分なる職員と運営組織を設けることが必要である。

 一 学校保健関係職員並びにその職務

 二 学校保健運営組織  三 公衆保健組織

 公衆保健に関する最高責任者は,厚生大臣である。厚生省には公衆衛生・医務・薬務等の各局があり,公衆保健行政事務にあたっている。都道府県では,知事の下に衛生部があり,さらにその出先機関として保健所があって,担当地区の保健行政・保健指導にあたっている。このほか,厚生省の直轄の国立病院・国立療養所等があり,民間団体としては,結核予防会・母子愛育会・日本赤十字社・済生会等がある。

 四 学校保健と公衆保健

 学校保健は,学校という特殊な環境におかれている者を対象として,学校教育と分かつべからざる関係にあるということから,もっぱら教育関係の分野において取り扱われている。このことはもとより異論のない所であるが,学校保健と公衆保健との関係もまた当然切り離すことのできないものである。学校が社会から孤立したものではなく,かえって社会から強い影響を被っている以上,保健に関しても同様に一般社会から種々の制約や,刺激を受けるのは当然である。学校保健は公衆保健の進展に伴って発展し,その退歩とともに萎縮していることは事実が示しているところである。しかしまたこれと反対に公衆保健の向上が,学校保健の発展にまつ所が大きいことはいうまでもない。ことに健康教育の面においては公衆保健は学校保健にその大部分を依存しているといってもよいであろう。それは健康教育を普及徹底するには,学校の健康教育に期待しなければならないからである。

 また一方,結核予防についても,日本の結核は青少年層に発病するものが非常に多いため,この年令層に対象の重点をおいている。従って,これらの青少年の健康を左右する学校結核予防対策が成功するならば,日本の結核問題の大半が解決されるのである。近視についても同様のことがいえるので,学校近視が日本の近視の大部分である。このように学校保健と公衆保健とは密接不離の関係にあるが,さらに今日においては両者共に人的,物的にその設備が十分とはいえないのであるから,一層協力して互に短所を補足する必要があると考えられる。学校保健は文部大臣,公衆保健が厚生大臣に所管されるという行政の系統上のちがいが従来多少の不便の因となっていたのであるが,このような点は当事者間の熱意と協調によって,解消させるようせねばならない。また学校保健については,教育委員会は定めるところにより,府県の公衆衛生課または保健所に連絡しなければならない。保健所は現在再建の途上にあり,完全な力をそなえているとはいえないのではあるが,その地区における保健指導の中心であり,そして近き将来にはそれにあらゆる保健部門の専門家がおかれるだろう。学校としても,これらの専門家の技術的な援助をうけ,彼等と協力することが自己の対策を強化するゆえんとなるのである。

 身体検査に手不足の時は,保健所に援助を依頼する。将来の身体検査は,X線撮影は必ず行わねばならないが,この際は保健所の設備を利用する。またこれらの検査の結果,患者が発見されたなら,保健所から保健婦を家庭に派遣して療養の指導,生活の指導をさせる。また急性伝染病の予防には,常に保健所からの情報を得て,生徒にも知らせておく必要がある。このほか寄生虫病検査・消毒・清掃・はい・しらみ等の駆除には,保健所の力をかりるのがよい。要するに保健所は,公衆保健の増進のためのサービスステーションであるから,学校としてもこれに協力して,これを利用することが学校自身をもよくすることになる訳であり,公衆保健を向上させるゆえんでもある。

第二節 学校身体検査

 一 目 的

 教育は常に生徒の心身の発達に応じて行われるべきであるから,教師並びに学校当事者は生徒個々について,その心身の状態を正しく,知っておかなければならない。

 また生徒に対しては,自分の発育,健康等について,正しい理解をもたせ,その保持増進等について正しい態度をとるように指導しなければならない。さらに学校は,集団生活をするところであるから,これを保健的に遺憾なく運営して行かなければならない。学校身体検査は,前述の要求にもとづいて行われるものであるから,学校においては,この身体検査の実施を適正にし,適切な措置が講じられなければならない。

 二 身体検査の準備

 検査を実施するにあたっては,職員・生徒・父兄もすべてが検査の目的を十分に理解して,皆が協力一致してこれにあたることが必要である。

 三 検査の実施

 身体検査は,学校身体検査規程に示された検査項目,検査方法等によって実施しなければならない。なお実施事項,検査方法等をよく知悉して,検査の適正を期せなければならない。目的に対しては,各人が一体となり,互に協力して同一目的の達成に努力することが大切である。測定については,たびたび計測者を変更することなく,終始同一人にあたらせることが必要である。

 学校長は身体検査が計画通りに進行しているかどうかを監督する。保健主事は,身体検査の進行状況に注意し,検査が円滑に適正に行われるようにつとめる。担任教師は生徒の身体検査の際は,必ず検査に立ちあい,平素の観察の結果を検査医に連絡するとともに検査医の指導事項を記録する。養護教諭は,主として検査医の検査補助にあたる。検査医は,担任教師,養護教諭等の健康観察の結果をよく聴取して,なるべく精細な検査を行うようにつとめる。なお,設置その他の事情によって,必要ある場合は,保健所その他と緊密に連絡しその適正を期する。生徒は静しゅくにし,検査についての指示を正しく守り,他人の検査の邪魔にならぬよう,常に注意し,医師の検査に際しては,注意事項は聞きもらさないようにする。

 四 身体検査の結果処理

 生徒の健康の指導上,最も緊要なことは,身体検査の結果処理を適正にすることである。次に結果の処理について,その概要を述べる。

第三節 学校健康相談

 一 目 的

 学校保健事業のうち,健康相談は重要な位置を占める。

 健康相談においては,身体検査の結果,発見された疾病異常のある生徒に対して,定期的に身体検査を行い,適切な健康指導をする。さらにまた,教師・養護教諭の日常の観察において,その必要をみとめた場合,生徒の希望する場合にも,健康相談をうけさせる。これらの健康相談の時には,担任教師・保護者等が立ち会うことが望ましい。

 二 健康相談において取り扱われる事項

 健康相談には,いろいろの相談がもち込まれ指導が求められるのであるが,そのうち主なものをあげれば,大体次のようなものである。

 結核要注意者の取り扱い,並びに発病防止,ツべルクリン反応陽転者の取り扱い,及び生活指導,病後生徒の取り扱い,虚弱体質のものの取り扱い,発育状態の良否。

 学科負たん能力についての調査,最近不活溌その他異常を思わせる者の原因調査,きょう正指導,疾病異常の有無検査。

 進学,選職に対する相談,運動選手の健康診断と発病防止,非衛生的習慣の是正。

 三 運営方法

 学校における健康相談は,少なくも毎週1回は行われることが望ましい。教師及び養護教諭は,あらかじめ,健康相談をうける必要のある生徒を選定しておく。学校医は相談事項・検査状況・指導事項等を詳しく記録し,指導の適正を期する。

 レントゲン検査・赤沈検査・検便・検尿等の検査の必要ある場合には,保健所等と連絡をとり,その協力を得て適正を図る。養護教諭は,健康相談においては,教師と家庭との連絡の中心となり,また公衆保健施設と緊密な連絡をとることにつとめる。

第四節 学校給食施設

 学校給食施設の運営を適切にするためには,学校給食の目的をよく理解し,周到な実施計画をたて次のような事項に留意して,学校給食を行わなければならない。

 一 調理場・炊事場・炊事用具の衛生並びに管理

 二 給食従事者の衛生並びに管理

 給食従事者は,常に健康でなければならない。従って,定期の身体検査のほかに,毎月1回の健康診断(胸部診査・検便等)を行わなければならない。

 調理に際しては身体の清潔,特に手の清潔保持につとめ,用便後,その他,不潔な物を手にしたときは消毒液で消毒する。給食従業員には,指定の便所を使用させ,調理をみだりに外来者に手伝わせない。

 給食従業員の服装は常に清潔に保たせるようにする。給食従業員が発病または家族,同居者に伝染病が発生した場合は,その症状または状況を学校長に報告させ,状況により病毒伝染の恐れのなくなるまで給食作業に従事させない。

 三 給食食品の衛生並びに管理

 給食食品の検査は使用の都度,腐敗・変敗・異物の混入・毒物の含有・病原微生物による汚染等について厳重に行い,食品の貯蔵保管には各食品の種類に応じて冷蔵・乾湿に注意し,ねずみや虫などの侵入を防止し,その他汚染及び腐敗防止について,十分な注意をする。特に夏期には食品の冷蔵,腐敗の防止,害虫やねずみの侵入防止などについて一層注意が必要である。

 四 食物・食器等の衛生的取り扱い

 五 給食効果の調査

 給食の効果については,次のような事項について調べる。

 六 栄養教育

 学校給食の実施については,次のような点に注意して健康教育を行う。

第五節 特殊生徒に対する養護施設

 身体虚弱・精神薄弱その他心身に故障のある生徒に対しては,特殊学級の編成及び養護学校を設立して,教育することが望ましい。

 一特殊学級

 身体虚弱・精神薄弱・難聴・弱視・どもり・し体不自由などの生徒に対しては,それぞれ,その心身の状態別に特殊学級にし,養護の適正を期することが必要である。この一学級の定員は,おおむね30人以下であることが望ましい。

 二養護学校

 これは盲学校・ろう学校と同様に,心身に故障のある生徒を収容して教育する特殊教育機関である。養護学校も,特殊学級と同様に心身の状態別に,学校が設けられることが望ましい。また同一学校に身体虚弱・精神薄弱等をいっしょに収容させる場合は学級は必ず心身の状態別に編成されなければならない。

第六節 運動医事

 一体育運動を行う場合には,生徒の健康状態に適合した運動を課すことが必要である。このためには,次のような点に注意しなければならない。

 健康診査によって,生徒個々の健康状態をはあくし,健康者と疾病異常者とを分けて,適正な取り扱いを行う。

 二疾病異常者の指導には,次のことに注意する。

 三運動実施時の指導については次のことに注意する。 第七節 予防接種

 一目的並びに学校における予防接種

 多くの伝染病は予防接種で,人工的に免疫を得させることによって,発病を予防しうるのである。伝染病にかかることは単に本人の不幸であるばかりでなく他に必らず多くのめいわくを及ぼすこととなるので,できるだけこれを防止するように各人があらゆる努力を払わねばならぬことは,社会人としての大切な義務なのである。すなわち,おたがいの生活環境をできるだけ清潔にし,保健衛生にかなった生活を営み,伝染病発生の余地のないようにするとともに何人もこの有効な予防接種を励行し,身を護り他を護ることに努力しなければならない。それゆえわが国では昭和23年から予防接種法が施行せられて何人も法律によってこの予防接種を受けねばならぬように定められた。

 しかしながら,学校における予防接種の行き方は,単に法の適用においてのみ行われるというだけではなく,予防接種の効果,人工的免疫の意義,社会道徳などの観点から十分に理解されて健康教育の実践として,教育的立場から実行されるように指導することが必要でありかつ望ましいことである。

 二予防接種の種類

 予防接種として有効と確認せられたものは,次の12種であって,この12種について予防接種法が行われるのである。

 このうち,中等学校生徒以上の者が定期的に毎年受けなくてはならないものは今のところ,腸チフス,パラチフス,結核であって,その他のものについては流行の状況,またはその必要に応じて臨時に施行されることになるのである。

 伝染病に一度かかった場合に得られる自然免疫は,力も強く期間も長いのであるが人工免疫の期間は今のところそれほど長く続かないから,痘そう,ジフテリア以外の予防接種は,必要なものは毎年繰り返す必要がある。

 三予防接種の免除並びに猶予

 一度その伝染病を経過したことがある者は,その後長い間免疫の状況が続くので,腸チフス,パラチフスについては,かってこれにかかったことのある者は,保健所長の証明で腸チフス,パラチフスの予防接種を免除することができる。同様の意味で,結核については,ツべルクリン反応陽性の者で省令の定めによる者は,保健所長の証明でその接種を免除することができる。

 また病気,その他の事故のために指定期日に予防接種を受けることができなかった者,またはその保護者は指定期日後7日以内にその事由をそえて市町村長に猶予を申請して,その証明書を交附してもらわなければならない。

 そして,その後に,その事由がなくなってから受けた予防接種で,指定期日から省令で定めた期間内に行われたものは,定期の予防接種とみなされるのである。

 予防接種法を守らない者は,法の定めによって罰せられるが,学校においては罰則の有無にかかわらず,健康教育の実践として公衆道徳の発露として,深い理解の上に進んで接種を受けるよう指導することが望ましい。なお,法律の正しい遵奉者としての態度の育成に資することもまた大切である。

 四実施についての注意

 予防接種を受ける場合には,できる限り綿密な予診を受け,よく身体の状況を調べてもらってから受けなければならない。

 有熱者,心臓,じん臓,その他重要な内臓に異常がある者,かっけ,病後衰弱者,胸腺りんぱ体質,糖尿病,妊産婦には行ってはならない種類のものもあるから,それに該当する者は申し出て予診を受け,慎重に決定するように指導しなければならない。また虚弱者に対しては,減量したり,また接種の方法を変えたりする場合があるから,養護教諭,教師は平素の状況,身体検査等の結果を十分に連絡することを忘れてはならない。また第一回の注射で反応がことに甚しかった者は,申し出て第二回の量を減じてもらうことが必要である。

 接種はすべて厳重な消毒のもとに行われなくてはならない。注射当日はなるべく静かにし,入浴を控え,また注射のあとは清潔に保つよう指導することが必要である。ことに痘そう,結核接種の場合はその部を決してかいたり,もんだりしてはならない。

 五後 始 末

 接種後は,接種を受けた全部の者について反応の程度をよく調査することが必要である。反応によって欠席した者については家庭を訪問し,その手当てを指導するとともに,これにこりて今後の接種に不足をいだくことのないようによく説明し納得させることが必要である。

 また学校では,予防接種の種類別に接種者名簿を作製し,それに学年,組,氏名.年令,身体状況,接種の期日(第一回,第二回)量(第一回,第二回)反応の有無程度(第一回,第二回)証明書交附月日,備考欄を設け,処理すると便利である。なお身体検査票の利用もよい。

 学校長は保護者に対して,生徒に規程の予防接種を受けさせるよう指示しなくてはならないが規程のもののほかに流行の状況によっては,法の命を待つことなく学校医と相談の上,臨時に必要な予防接種を実施せねばならない場合もある。