本書の性格
この書は他教科のそれと同じように、学校教育法の趣旨にもとづき小学校で体育科の学習指導に当たる教師の手引書として書かれたものである。したがって本書はあらかじめ規定された教授計画を示すものでは決してない。
子供たちがりっぱに発達をとげ、正しい社会生活が営めるようになるためにどんな教材で学習することが最も適当であるかは、現実に子供たちの学習を指導し、土地の実情にくわしい教師各位が決定すべき問題である。教育は、児童の自発活動を重んじ、それらの活動を目標に向かって導くことによってかれらを望ましい方向に変化させること、すなわち正しい発達と同時に社会生活に必要な態度・知識・習慣などを身につけさせることである。
しかしながら社会の要求や児童の興味・能力、これに応ずる適当な教材、そしてこれらの教材による学習指導法などについては、一般的、共通的に考えられる点が少なくないので本書はこれらについて概説して、教師各位が学習を指導される際に必要な一般的よりどころを示そうと努めた。
体育科の性格
教育の目標を達成するために必要な、児童の活動・経験はきわめて多様である。現在の各教科は、これらの活動をその性質にしたがって分類したもので、教科の区別はいわば便宜的なものである。すなわち体育科と他教科との区別は内容となる活動の性質の相違にもとづくものであって追求する一般目標は同一である。したがってこの目標を達成するために体育科は運動と衛生の連関をはかるだけでなく、他教科と責任をわかち合わなければならない。
このような立場で体育科の性格を考えると、体育科は教育の一般目標の達成に必要な諸活動のうち、運動とこれに関連した諸活動および健康生活に関係深い活動を内容とする教科であるということが適当であろう。
われわれの日々に行う活動はほとんど身体的活動といってよいが、これらのうち、遊戯やその他スポーツ、体操などで組織だてられた身体的活動によって身体的、社会的、情緒的などの発達が助長されるとともに余暇の活用に対する基礎も習得されるのである。
運動と衛生が緊密に連関して学習が指導されるとき、体育科はよく教育の一般目標達成に貢献することができるのであるが、衛生に関するものは別に指導の手引書が出されることになっているので本書から省いた。
体育科の目標は、教育の一般目標を目ざしながらなお体育科の性格に応じてさらに具体化される。
目標の決定には、社会生活の体育的要求を考えるとともに児童の要求を考えることが必要である。われわれの目ざしている民主国家を打ち立てるためにも、また現実の社会をながめても、そこには体育科の立場から見て改善しなければならない多くのものがある。また同時に、各発達段階にある児童の側にも、正しい発達のためにそれぞれ体育的要求が存する。したがって体育科の目標は社会と児童のもつこれらの要求のいずれをも満たすものでなければならないのであって、単に児童の立場からのみ、あるいは将来の社会生活の要求のみから目標を決定してはならないのである。
体育科の一般目標というべきものは次のように考えることが適当であろう。
(1)身体を均せいに発達させる。
(2)よい姿勢をつくる。
(3)筋力や持久力などの身体的機能を高める。
(4)循環・呼吸・消化・排せつなどの機能を高める。
(5)筋神経の活力や調整力を発達させ、機敏・器用・速度・正確・リズミカルな動作の熟練をはかる。
(6)身体的欠陥の矯(きょう)正に努める。
(7)健康生活に必要な知識・態度・習慣を得させる。
(8)いろいろな生活場面で身体を安全に保つことについての知識と能力を高める。
二、よい性格を育成し、教養を高める。
(1)責任感を高め、完行の態度を養う。
(2)他人の権利を尊重し、社会生活における同情の価値を理解実践させる。
(3)礼儀について認識を高める。
(4)勝敗に対する正しい態度を養う。
(5)正義感を高め、正義にもとづいて行動する態度を養う。
(6)状況に応じてよい指導者となり、よい協力者となる態度・能力を得させる。
(7)寛容の態度を養う。
(8)法および正しい権威に対して服従する態度を養う。
(9)自制の能力を得させる。
(10)状況を正確に観察し、分析し、判断するなどの能力を高める。
(11)情緒の安定をはかり、情操を豊かにする。
(12)公衆衛生に対する協力の態度を養う。
(13)体育運動に対する広く健全な興味と熟練を得させ、よい社会生活の基礎をつくる。
体育科の学習指導が児童の発達に即して進められなければならないことは他の教科と同様である。つぎに小学校の児童の発達に関する特徴の表を掲げたがこれはいうまでもなく目標の決定や教材の選定およびその学年配当、そして指導法を考える際に役だたせたいためである。実施に当たっては学習指導要領一般編の中にある発達の項及びその他の研究資料をあわせ参考にされたい。
発達は素質とこれにはたらきかける環境との相互関係の結果として見られるものであるから、当然個人差が問題になろうし、また性の相違によっても発達にちがいがあろう。この表は主として共通点に着目して各発達段階に見られる一般的特性について述べられたものであることを理解し,個人差による相違についてはこれを参考として適宜処理されたい。
学年 | 身 体 的 特 徴 | 精 神 的 特 徴 |
第
一 ・ 二 学 年 |
(1)第一体型変化の時期である。
(2)身長、体重が急速に増加する。 (3)伝染病に対する抵抗力は弱い。 (4)死亡率はだんだん減少する。 (5)歯の交換が始まる。 (6)大筋使用の運動が大部分である。 (7)骨格が強固になり脊柱(せきちゅう)の生理的わん曲がほゞ完成する。 (8)目と手の協応はやゝ進んで来るが、まだ不完全で動作は不器用である。 (9)肺・心臓は比較的・小さい。 (10)絶え間ない活動はだんだん減じて来る。 |
(1)想像がきわめてかっぱつである。
(2)行動・知覚・思考に著しい未分化現象が見える。 (3)好奇心が強く数限りなく質問する。 (4)道徳は自己中心的で権威的な原理にしたがっている。 (5)小人数の集団で遊ぶことができるようになる。かれらの社会は力の原理に支配されやすい。 (6)我が強く競争心も強くしばしばけんかする。 (7)簡単な組織ゲームを行うことができる。 (8)有意注意は長く続かない。 (9)愛憎に支配されやすいが入学前に比べると自主的になり独立的となる。 (10)情緒は以前より複雑になり同情・あわれみなどが分化して来る。 (11)行動様式がきまって来る。 |
第
三 ・ 四 学 年 |
(1)全体として幼児的特性がうすらぐ。
(2)動作はあらけずりであるが細かい筋肉の発達は顕著になる。 (3)歯列がゆるむ時期である。 (4)目と手の協応が安定する。 (5)疲労を忘れて活動する。 (6)前期では伝染病に対する抵抗力が弱いが、後期になると抵抗力が増して来る。 |
(1)班解力が急に拡大して、直接環境にないものや出来事にも関心をよせるようになる。
(2)好奇心はなお強い。 (3)身なりをあまり気にしない。手がよごれていても下着でいても平気である。 (4)観念と行動との間に相当の不一致が見られる。これは過渡期の一現象である。 (5)後期になると共通の目標に協同する力がかなり進み、またおとなよりは仲間の意見に動かされやすい。 (6)後期では同性間で友だちをもつようになり男女の差がはっきりしてくる。 |
第
五 ・ 六 学 年 |
(1)身体の発達は定常的に行われその速度はすみやかである。
(2)身体の欠陥は外部に現われない傾向がある。しかし内部的には内分泌線の発達、骨格の変化などが見られる。 (3)心臓の発達は体格の発達に比しておくれている。 (4)永久歯の大部分がはえそろう。 (5)脊柱のわん曲が完成し個定的となる。 (6)十二才ごろになると,女児は女性的となり一部には月経の発現を見る。 |
(1)女は女らしく、男は男らしくなり男女の反ぱつが著しい。
(2)社会意識が発達し集団生活を好むようになる。 (3)外界の知識をむさぼり求める。 (4)おとなに干渉されるのをきらうようになる。 (5)記憶力の発達が著しい。 (6)すみやかなる結果を欲するために先々までの計画を立てることができない。 (7)機械器具に興味をもつようになる。 (8)冒険心・収集欲が盛んになる。 (9)生活が一般に朗らかである。 (10)後期になるとかなり自主的になり責任感が強くなる。また組織されたゲームが行えるようになる。 |
(1) 教材の意味および分類
教材は、教師の指導の下に児童生徒がそれによって学習する材料あるいは活動である。教材の考え方や導き出し方はいろいろあろう。たとえば将来の社会生活に必要な能力の種類を考え、その育成に適当なものを教材とするものや、児童の現在の興味や要求をとくに重んじて教材を決定することもあろうし、またスポーツや体操やダンスなど体育に関係の深い既存の丈化財の系統や体系を考えそこから教材の系列を導き出すしかたもある。いずれも長所もあれば短所もある。要するに教材は社会や児童生徒の要求を満たすためにかれらに必要な学習の機会を提供する材料すなわち活動である。
このように考えると、教材は地域や学校の実情や個人差に応じて異なったものとなり、固定したものを考えることはむずかしい。本書では全教材を適当と思われる群に類別し、さらにそれぞれの群に具体的な個々の教材の例を示すことにした。
(2) 教材選択の基準
教材を選定する際の一般的基準をあげると次のようなものが考えられる。
(ロ)児童の日常生活に役だつ教材であること。
(ハ)将来の社会生活に役だつ教材であること。
(ニ)発達段階に即応した教材であること。すなわち児童たちの多くが満足な結果を得られるようなその能力・興味・経験の範囲内のものであること。
(ホ)他教科と関係の深いものであること。
(へ)季節・天候、地理的社会的条件に適したものであること。
(ト)経済的条件に応じたものであること。
(チ)機会均等の原則が生かされるものであること。
(リ)施設・用具の現状から割り当てられた時間内に効果の多く得られるものであること。
(ヌ)いたずらに多くの教材を選ぶよりは、むしろ価値高い少数の種目を選ぶこと。
(ル)容易な呼吸、しぜんなよい姿勢の発達、大筋群の使用、身体的組織を刺激するなど、生理的原則一致し、価値高いものであること。
(ヲ)管理上適当なものであること。
(ワ)生命の安全や公衆衛生の向上に役だつものであること。
体育科の学習指導は、他教科と同じように、児童の活動をよき学習の機会たらしめ、さらにこれを発展させて目標達成に導くことである。体育科の目標や児童の発達を考えまた学校の実情に即し年間や月間の計画を立て、計画的に発達を促進することが指導上たいせつな問題であるとともに、課外や正課の指導を合理的に進めることも重要な問題である。地域や年齢や性や個人差などに応じて指導する場合考慮しなければならないいろいろな問題があるので、こゝではそれらの中からとくに重要と思われるものを扱うことにした。設備・用具の問題は指導効果をあげる上に重要であり、また考査は指導を科学的に進めるためにたいせつな問題であるが、これらについてはとくに節をあらため、第五節および第六節で取り扱ったので、それを参考にされたい。
つぎに指導上とくに必要と思われることがらについて略述するが、指導者が熱意をもってできる限り児童とともに活動し、直接指導と管理に当たることの必要と効果を強調したい。
(1)目標をもって指導する。
(2)計画的に指導する。
(3)季節に応じて指導する。
(4)健康生活に留意して指導する。
(5)他教科と連関して指導する。
(6)機会均等の原則を重んじて指導する。
(7)性別や個人差に応じて指導する。
(8)自発活動を重んじて指導する。
(二)指導計画
指導計画の必要については方針の項で述べ,またその具体例については第二章で扱うことにしたので、こゝでは計画の立案に必要な基礎的事項について述べる。
(1)年間計画
年間計画は一箇年を通じての主要なる活動の予定表であり、行事としての活動や正課、課外の活動がことごとく含まれる。
これを立案するに当たっては、学校全体の教育計画にもとづき他教科との連関を考えて立案するとともに前年度の実施状況、季節、土地の地理的経済的衛生的条件、予備調査や結果の考査で判定された児童生徒の発達状況、施設・用具・生徒数・土地および社会の慣習を考慮しなければならない。
(2)季間その他の計画
季間計画は年間計画にもとづいた季間の予定であるが、同時に月間や週間の計画をも含むことになろう。各学年各級とも実施の際教材によっては変更してもよいから、あらかじめそれぞれの季間計画をつくっておくのがよい。教材配当は、低学年では、各教材群の活動がだいたいにおいて週間に含まれるようにし、学年の進むにつれて漸次中心教材を明確にする。季間計画では、当然季節の特性や運動場の状況などを考えて教材を配当するともに、天候に応じて適切な指導がなされるよう計画する。
(3)週間計画
週間計画は月間計画から、日案は週間計画から導かれるものであるが、これらの計画は正課のみでなく休憩時間、その他の自由時間をも含んでの諸活動を組織化する。
このように具体的となるにつれ児童生徒と教師が話しあいによって決定する分野が大きくなろう。
(4)時間の配当
指導計画と関連して時間配当の問題がある。各教材に対する時間の配当も考えなければならないが、体育科の指導は毎日行われることが望ましい。低学年では一時限の時間を短くして毎日配当することができるが、学年が進むにつれ教材も複雑になり、それぞれがむずかしいので、課外その他の自由時間を組織化することが必要になる。
各時限の指導計画には、換衣その他準備のための時間、整理運動、用具の整理、身体の清潔などに要する時間を予定する。
(5)正課と課外
指導計画と関係ある問題に正課と課外の問題があるが、これまで述べたように正課と課外の指導に価値的差別はない。しかし一般的にいって、正課は基礎的な広い経験の機会であり、課外では自主的活動が強調されるが関連を保って指導することが必要である。
(三)学習意欲 喚起
目標をもち、自発活動を重んずる指導ではまず児童の学習意欲を喚起することが必要である。
以上これに関する二、三の点について略述したい。
(1)(興 味)
自発活動は興味にもとづく活動であり、学習にとって興味はきわめて必要な条件である。形式的、画一的指導は興味を無視し、強制的になるから、興味のあることがらやとくに欲求することがらで学習させるくふうがたいせつである。しかし単に興味のあることだけを学習させるだけでなく、必要なことを学習することに興味をもつよう指導することが必要である。各自の健康や能力についての自覚にもとづく興味や発奮はまた自発活動の源である。科学的理解の進むにつれて、自己の健康について自覚的に対処させ、運動能力のテストなどの結果を記録して、過去の能力と比較して進歩を知り、また級友や他校の記録と比較して自己の長所や短所を知らせることは効果的であり、このため体育簿をもたせたり、図表をつくらせたりすることは予備調査や結果の考査も生かされることになって有意義である。またラジオ・新聞・講話・映画などの活用もこれと関連して必要である。
(2)必 要 感
児童がそれぞれ活動に参加し、かれらなりの生活を営むについていろいろな必要を感ずる。たとえば人なみに泳げるようになりたいとか、友だちと野球するために規則を知り、技術において上達したいとかいうようなことである。これらの要求は学年の進むにつれて複雑となり多様となる。子供たちの生活に参加し、観察して、これらの要求を知り、それを指導に生かすくふうが必要である。
(3)成功の喜び
活動はそれに成功し、満足の喜びを感ずる時、いっそう促進され、そうでなければ活動意欲は減退するか、消滅しがちである。またこの成功の喜びは活動の種類によって異なり、簡単なことより困難なことに成功した時の喜びが大きく、いくら努力しても成功の見込みがなければ、活動意欲は減じ、ついにはそれをきらうようになる。そこで教材をかれらの興味・能力・経験の範囲内から選び、個人差に応じて指導することがたいせつである。
(四)練習の必要
学習の効果をあげるためには、練習により練られることが必要である。
(1)練習時間
学習効果をあげるための適当な練習時間は、教材の種類、学習者の経験や能力、年齢や性や体力などにより異なり一様にはいえないが、興味のある教材は、それに乏しい教材よりも長時間の練習に適し、熟練者は未熟者よりも長い時間安全にかつ愉快に練習でき、疲労も少ない。低学年では、変化を与ええることはよいが、過労にならぬよう注意が必要である。虚弱者その他の練習時間については後に述べることにする。
(2)全習法と分習法
教材をいくつかの要素に分割して練習する分習法と総合的に行う全習法があるが、概して簡易なものおよび低学年については全習法が望ましく、複雑困難なものには適宜分習法を加味する。
(五)個別指導、いっせい指導と班別指導
個人差に応じ、あるいは教材に応じて指導の効果をあげるために適したいくつかの方法が考えられる。設備・用具・教材・学年・教師や児童の数などに応じて各指導法の長所を生かすべきであろう。
(1)個別指導
個別指導はいかなる場合でも必要であるが、水泳など教材の種類により、また虚弱者、身体的欠陥のある者、熟練度の非常に低い者などに対してはぜひとも必要である。
(2)いっせい指導
いっせい指導は基礎的教材を能率的に指導するには好都合である。また低学年の指導やひとりの教師が多数の生徒を指導したり、設備、用具に乏しい場合など、短時間に効果をあげることができるが、とかく画一的になって個人差を無視し、自発性を伸ばしにくい短所がある。
そこで一般的に次の班別指導がいろいろな点から見て適当な場合が多い。
(3)班別指導
個人差にも応じ、多くの生徒に対して効果もあげようとすると,いっせい指導と個別指導の中間にある班別指導が考えられるのはしぜんであろう。事実個人差はあっても多くの生徒についてみれば、接近した者が多く、適当に班別して行えば、団体的活動の多い体育科では好都合でもあり、合理的でもある。組分けの方法としては性別、素質、能力、生徒の希望、教材の種類などによっていろいろの方法もある。また器具、器械の数に応じて機械的に班別する方法もあるが、合理的でない。正課と課外によっても、班別のしかたは異なる場合があるが、要は目標に応じて組分けを適切にすることが必要である。
たとえば競走では能力の接近した者を一組として練習または競走をさせるが、リレーでは各組の走力が平均するようにというくふうは必要である。班別指導では多くの設備、用具を要し、また教師の力が分散され、かえって非能率的になることもあるのが短所であろう。班別は一学級についてもできるが、同一学年について行えば、女子と男子、虚弱者など数人の教師によっていっそう合理的に行うことができる。班別は種目によってときどきすることも必要であるが、一定期間継続することも必要である。班別の指導者を生徒の中から出し、適宜交代させることは指導力と協力の態度を育成するうえに効果がある。男女一緒に指導してもさしつかえない。
(六)虚弱者その他異常者の指導
各学校には、必ず幾人かの要養護児童が見いだされるだろうし、またそのほか一定期間見学を必要とする者もあらう。しかしこれら異常や欠陥をもつ児童は、特殊な体育的要求をもつとともにまた健康生活や活動に対する熱心な欲求をもっている。
これらの児童に対しては、欠陥を発見すること、発見された欠陥を除去すること、健康度を高めること、できるだけ異常感をもたせないことなどが処置上必要であり、校医、家庭、教師などの連絡が必要である。これらの児童に対しては養護学級を組織することが望ましいが、それができない場合は、その異常の程度によって、運動回数を少なくするとか、過激な運動に参加させないようにしたり、また競技の役員や記録に当たらせるのがよいであろう。さらに休養を要する者は、休養室で休ませたり、日光浴などを適宜に行わせたりする。適宜に行わせる運動としては、矯(きょう)正体操・ピンポン・テニスなどが考えられようし、あるいは農園の花づくり、体育に関する研究や図表の作製などの活動に参加させることが望ましい。
要するにかれらが健康の意義を自覚し、積極的に健康恢復や欠陥の除去に努力するように指導することがたいせつである。
子どもたちは設備や用具が整っているだけでよい活動を営むものであるから、運動場や体育館を運動のために整備し、衛生室を児童の幸福のために活用できるようにしておくことが必要で、設備・用具を安全にいつでも活用できるように組織化し整備することが、体育科の立場からだけでなく、子どもたちの正しい発達のため、きわめて必要なことであろう。
わが国の現状では設備や用具の充実を急速に望むことは非常に因難であるが今後新しくつくられる学校やまた拡充をはかる際の参考のために標準と思われる設備と用具の概要を掲げる。なおこれらに関しては学校設置基準法(未決定)に準拠することは当然であるが、なおそれでは十分といいがたいのでつぎに示した標準を参考としていっそうの整備拡充をはかられるならば児童のため幸福であり、また社会人のレクリェーションや入学前の子どもたちのため解放されれば好ましいことであると考える。
一、設 備(図面参照)
小学校体育設備の配置計画案
○ 設備 運営上の注意
2.運動場はトラック・コート・助走路を除いてしばふにするがよい。
3.運動場には適当なしめりをもたせるとともに排水についてとくに考慮する。
4.更衣室その他必要な場所は、男女別の取り扱いのできるようにする。
5.大運動場の一隅または別個に、約五○○平方メートル以上のコンクリート場(図面1)を設け、雨上がり直後の体育に支障のないようにする。
6.体育館は講堂と兼用にすることが現在の資材面から見て適当と考えられる。
7.学校長は運動施設管理責任者または管理委員を任命して、いっさいの施設の経営の任に当たらせるのがよい。
8.施設の管理および維持については、常に次のようなことを留意しなければならない。
ロ、施設・用具の正しい管理に努め、破損個所の発見とその修理に努める。
ハ、ボール類は使用後塗油し空気をぬいておくのがよい。
ニ、備品簿を設けて貸し出しを明らかにする。
2.ボール 小(ソフトボール、ワンアウトボールなど)
3.とび箱
4.マット
5.走高とび支柱
6.バー
7.バトン
8.バットおよびベース
9.ネット
10.空気入れしめ具
11.なわとび用なわ
12.綱引き用綱
13.旗
14.紅白球およびかご
15.巻尺
16.ストップオッチ
17.笛
18.たすき
19.ダンス用太鼓
などを必要に応じて準備するのが望ましい。
体育における考査は、検査や測定の結果にもとづいて行われる。それは学習指導を科学的に進めるためのものであるが、その目的を次のようにわけて考えることができる。
(2)健康・技能・知識・態度・習慣における児童の進歩の程度を知り試みに指導方法の価値を判定し、その改善をはかるとともに児童の学習意欲を高める。
その検査で測定しようとしているものを確実に測定することができれば、妥当性があるといい、同一集団を同じ方法でくり返し検査した場合、ほぼ同じ結果が得られれば、信頼性があるとされ、またちがった人が実施しても同じような結果が得られる場合は、客観性が高いといわれる。経済的立場からすれば、よい検査は短い時間に安い経費でできるものでなくてはならない。
(一)検査の種類
これは、どの程度運動を行うのがよいか、強い運動を行った時健康に障害を起すことはないか、身体のどこかに健康生活に妨げとなる欠陥がひそんでいないか、また他の検査で発見された異常の原因がどこかに見いだされはしないかなどに重点をおいて行われる身体の検査である。したがって、この中には健康検査をはじめとして、身体測定、歯の検査、栄養の検査、循環機能の検査、姿勢の検査などが含まれる。これらの検査は、必要事項について就学の時から毎年一回行うのがよいが、異常者にはなるべくたびたび行ってその経過を見ていかなければならない。
(2)態度の検査
各教材で目標とする態度がどの程度養われたかを見るための検査であって、記述尺度法でいろいろな場面における行動を評価する形をとるのがよい。
態度の評価に使う記述尺度は「決して」「まれに」「ときどき」「しばしば」「いつも」のような、その行動が観察されるひんどで示すのが便利である。そうすれば多くの行動を同じ尺度で評価することができ、また多くの行動についての評価を一つにまとめて点数で示すこともできる。
たとえば体育で重要な協同性を見ようとすれば次のような形となる。
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不 明 | |||||
決して | まれに | ときどき | しばしば | いつも | |||
協
同 性 |
1.団体競技で仲よく気を合せてやるか |
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2.運動具の出・入れやそうじなど力を合わせて一生懸命やるか |
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3.共同の物をぞんざいに取り扱うか |
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4.よろこんで順番をまつか
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5.割り当てられた役割で満足して最善をつくすか |
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6.‥‥‥‥‥‥‥‥
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既習の教材について運動の技術がどの程度上達したかを検査する。走・跳・投のような運動では、時間や距離を測定して進歩の程度を見ることができる。球技やその他のスポーツでは、実際に行う総合的運動の中からいくつかの重要な部分運動を選び出し、一組の検査として実施する。たとえばソフトボールでは、打撃および投球正確度、飛球および、ごろだまのキャッチングの確実さ、ヒットアンドランなどについて検査する。
このような検査項目の中には、時間や距離をはかったり、成功の割合を求めたりして成績が示される場合もあるが、また記述尺度法によって成績を評価しなければならない場合もある。小学校低学年では、まだ熟練度の検査を行うまでに技術が進んでいないが、中学年からはいくつかの技術について検査を行うことができよう。
(4)知識の検査
運動や衛生に関する知的理解も体育科の大きな目標の一つである。そこで既習の教材に関する理解の程度、知識の量や正確さを調べる必要がある。
理解や知識を調べるには、他教科の場合と同じ方法が用いられるが、中でも再生法、選択法、真偽法が最も多く使われる。整った形の検査は中学年以上でなければむずかしいであろう。
(5)習慣の検査
健康生活についての基本的な習慣は、小学校の間に完成しなければならない。たとえば清潔検査では、手・つめ・顔・首・耳・歯・足・衣服などが清潔であるかどうかを調べる。このような検査はなるべく児童の手で行わせるがよい。ただその際注意を要することは、貧しい家庭の子どもに肩身の狭い思いをさせることのないようにすることである。その他、食前に手を洗う、使用のあとで手を洗う、毎日歯をみがく、自分専用の手ぬぐいを使う、毎朝排便する、ゆっくり食べよくかむ、早寝早起きするなどの習慣は、よく家庭と連絡して調べなければならない。なお、この種の検査では、これまであまり記録がとられていなかったが、考査のために役にたてるには成績をはっきり記録しておくがよい。
(6)その他
以上の外に、生活環境として居住の地域、家庭の状況、交友関係、通学距離などについて調べたり、好んで行う遊びの種類、その時間などを調べることも必要である。
児童の心身の現状を知るために行われた検査の結果は、体育の計画に役だてるように努めなければならない。たとえば身体検査で異常が発見された場合には、さらに個別的に詳しく検査をして、その原因を探求し、適当な指導をしなければならない。すなわちその原因が身体的欠陥にあることがわかれば,それぞれの専門の医師のもとに送って適切な取り扱いについて相談するし、また生活習慣の不適当なことが原因であることがわかれば、家庭と密接に連絡して、その改善に努めなければならない。
また児童の学習による進歩の程度を調べる検査や測定は、児童に自己の能力を認識させ、その学習意欲を喚起するためにも役にたつが、むしろこれによって教師は、教材が果たして適当であったか、教材の目標はまちがっていなかったか、また指導の方法は適切であったかを反省し、将来のために、指導を改善する場合の基礎としなければならない。さらにこれらの検査や測定の結果は、わかりやすく図案化して適当な機会に公表すれば、児童の自覚を高めるばかりでなく、父兄および一般人の体育に関する理解と関心を深めるためにも役にたつ。