第二章  作業単元の基底

 

第一節 作業単元とは

 

 くり返して述べるまでもなく、社会科学習指導の任務は、児童が現実の生活で直面する問題の解決を中心として、有効な生活経験を積ませることであります。そして有効な生活経験は、単なる断片的な生活経験の寄せ集めではなくて、まとまりのある、組織された経験でなくてはなりません。

 このような経験のまとまり、あるいは組織が作業単元であります。学習活動ということばでいいあらわすならば、作業単元とは、学習活動が次々と自然に発展していって形づくる系列であるということができます。単元とは統一体を意味し、作業とは学習活動あるいは経験の意味であります。わが国では単元という語は、従来多くの場合教材の一区分というような意味に用いられてきましたが、これは教材単元とでも呼ばれるべきもので、作業単元とは区別されなければなりません。

 なお教師が作業単元を作るということの意味は、児童に有効なまとまりある生活経験を積ませるために適当な、一定の主題によって統一された経験領域を選ぶということであります。この場合、「私たちの学校」「私たちの村」が経験領域であると同様に、「ラジオ」「工業と動力」なども経験領域であります。

 このような経験領域を設定するにあたって、たとえば巻末の付録に示してあるいくつかの主題とその内容のようなものが参考になりましょう。そのようにして設定されたいくつかの経験領域を次々と踏査していくことによって、児童にその学年相応の有効な経験が積まれることになります。

 

第二節 作業単元はだれが作るか

 

 作業単元はだれが作るかということがまず解明されなければならない問題です。

 作業単元が児童に有効な生活経験を積ませるために自然に発展し形づくられる学習活動の系列であることは、すでに述べた通りです。このような学習活動は、児童が生活上当面する問題の解決のための活動であり、児童のそのときそのときの必要にこたえ、欲求をみたすべきものでありますから、児童の問題や必要や欲求が、作業単元の中核をなすものということができます。したがってその意味で児童も作業単元を作ることに参与するといえるわけです。

 このような児童の活動と、児童の当面する問題や児童の動きを具体的にとらえている学級教師の活動とが、たがいに働きあうことによって、作業単元は実際に具体的に展開されていくのであります。いうまでもなく、このような学習活動の展開を予想し、それが児童の経験を発展させるのにどのような効果をもつかをあらかじめ考えながら作業単元を構成するのは、具体的な児童をはあくしている学級教師の仕事であります。すなわち自分の学級の児童に対する作業単元を具体的に作るのは、学級教師以外の人であってはならないわけであります。

 しかし一方、社会科は十全な公民的資質を形成する重大な使命をになっております。その作業単元は児童の属する学年の主要経験領域に関する重要な理解をのがすことなく獲得させるものでなくてはなりません。その意味で、作業単元が児童の必要や欲求を中核として、個々の学級教師のみによって作られることは不安であるという主張も有力です。とくに現在のわが国のように、学級の児童数が過多であり、教師に社会科教育の経験が乏しい現状においては、この主張も決して軽視できません。

 そこで作業単元の作りかたを、便宜上二段に分けて考えてみることにします。

 第一は、児童の問題や必要や欲求や、それに基づく学習活動の展開を予想して作業単元を作ることであります。これを「作業単元の構成」と呼ぶことにします。これはすでに述べたように、学級教師の仕事であります。

 第二は、個々の教師が作業単元を構成するにあたって、その根源となるべきいっそう普遍的なものを作ることであります。これを「作業単元の基底の設定」と呼ぶことにします。いうまでもなく、これは作業単元の作られる手続きの上からいうならば、作業単元の構成にさき立つものであります。

 作業単元の基底の設定はだれによって、またどのようにしてなさるべきかということが以下に述べようとするところであります。

 

第三節 作業単元の基底の設定

 

 作業単元の基底を設定する目的は、教師に作業単元を構成するための便利な手がかりを提供しようとするところにあります。個々の教師が、学習指導要領の中の各学年の目標や問題から直接に作業単元を構成することは、相当困難なことであります。作業単元の基底は、いわばこれらの目標や問題と、個々の教師によって作られる具体的な作業単元との間の媒介をするものであります。したがって前者すなわち目標や問題に比べれば、地域性を含んだ具体的なものということができます。後者すなわち具体的な作業単元に比べれば、より普遍的なものであり、したがって抽象的なものであります。

 このような性質をもつ作業単元の基底は、都道府県なり市なり郡なりにおいて、その地域の教育団体が、経験ある教師や学者や有識者や父兄の意見を生かして作るのがのぞましいのであります。

 その手順はいろいろに考えられましょうが、要するに、社会科の目標と社会の根本的機能とを地域社会の要求に基づいて具体化したものを基礎とし、各学年の児童の心身の発達状況やその特性を考慮して、学年ごとの主要経験領域の中に、ある主題によって統一された、いくつかの経験領域を設定することであります。ただこの場合地域社会の要求を考慮するといっても、単にその地域の特性を強調するのみでなく、地域の特性を基盤とし手がかりとしつつ、人間としてまた世界人として全き公民を育てることを目標としなくてはならないことは、とくに注意を要します。

 ここに基底の設定の方法をさらに具体化して考えてみるならば、そのような地域社会の要求のほかに、学習指導要領に示された次の四つの手がかりをあげることができます。

一、学年の主要経験領域

二、各学年の参考問題

三、学年の目標

四、各学年児童の心身の発達状況やその特性

 右の四つが、基底を作る上にどのような意味をもっているかについて、少しく説明してみます。

一、学年の主要経験領域

 これが各学年の教育内容を構成する上にどのように重要な意味をもつかについては、すでに社会科学習の系統の条において詳しく述べてありますから、こゝに改めて説明するまでもありません。作業単元の基底の設定には、これが有力な手がかりになります。

二、各学年の参考問題

 作業単元の具体的展開はどのようにして行われるでしょうか。いうまでもなく児童自身のさまざまな活動によるのです。その活動はいろいろな角度からとらえることができますが、次のようにみていくこともできます。

1.好奇心をみたそうとする活動。

2.身体を動かさずにはいられないでする活動。

3.事物をいじったり、あつかったりしたくてする活動。

4.自分の考えたことや見聞したことを人につたえたくてする活動や、人の考えたことや見聞したことを聞きたくてする活動。

5.おとなの生活をごっこ遊びや劇にしたくてする活動。

6.創造的、美的な表現を好むことからする活動。

 児童に見られるこのようなさまざまの活動の欲求に基づいて、学習活動は自発的に生き生きと行われます。

 しかし児童たちの自発的な活動は、また他の面からもとらえることができます。それは、児童が生活上直面する問題の解決のための活動という面からです。児童たちはその社会生活の中におかれた位置にしたがって、周囲の人々からいろいろな要求や期待を受けており、また周囲の社会に対して、児童の側からもいろいろな要求や期待をもっております。しかも児童自身の状態や周囲の社会の状態は、それらの要求や期待とくい違っているのが常であります。そこに問題があるわけです。たとえば、児童はたいてい学校から帰ると家の外で友だちと遊びたいという欲求をもっております。車馬の往来のはげしい道路上で鬼ごっこをしたり、小川に魚とりにいって着物をどろだらけにしたり、公園の木に登って服をさいたり、また遊びに夢中になって夕食時間になっても帰るのを忘れていたりします。家人はこれに対して、「もっと勉強をせよ。」「幼い弟妹のおもりをせよ。」「衣服をよごしたり破ったりしてはならない。」「危険なところで遊んだり、おそくまで遊んでいてはいけない。」などといろいろな要求をもちます。近所の社会もまた、「交通のじゃまをしないように。」「田畑を荒らさないように。」「公園の樹木をいためないように。」などの要求をもちます。この二つがくい違うところに問題があります。これは社会の問題でもありますが、同時に児童の問題であります。児童は成人のように必ずしもこれを意識しませんが、これは絶えず児童に向かって解決を要求しており、児童たちはその解決のためにさまざまな活動をいとなみます。この活動こそ真の自発活動であって、しかも社会生活にとって意味ある活動であります。この活動によってはじめて児童は自己の経験を内部から発展させることができます。さきにあげたいろいろの種類の活動も、この問題解決の活動としておこなわれてはじめて意味ある活動となり、児童の経験の進展に役立ちます。

 社会科の学習指導は要するに児童の問題解決を指導することであるとは、すでにあらゆる機会に述べてきたことですが、十分に確認を要することです。すべての学習活動は、問題解決のための活動です。ただ単にいろいろな活動をさせてその活動の欲求をみたせばよいのではありません。

 学習指導要領には各学年の参考問題が示されております。しかしそれらは、決してそれを直接の対象として学習する単元といったものではありません。それは教師が児童に与える課題ではなくて、本来児童の中に存在しており、そして児童が意識してつかみ得ないまでも、その生活の切実な基盤となっている問題を、教師が発見するための参考であります。もちろん教師が実際に自分の児童たちの生活の中にみいだす問題は、児童の性質や周囲の状況によっていろいろかわってくるはずであります。それは児童によりその学級により、また地域社会により、さらにまた時代により、時期によっても違ってくるわけであります。だからその問題は千差万別であるともいえます。

 しかしひるがえって考えてみますと、児童の人間性は共通であり、周囲の社会も現代の社会の一部分にすぎません。したがって人間の基本的欲求とか社会の根本的機能とかいうものに即してみていけば、そのような千差万別の問題も、さらに根本的ないくつかの共通問題に帰着してくるということが考えられます。さきにあげた例についていうならば、戸外で遊びたいというのは児童の共通の欲求であり、これに対する家人や近所の人たちのいろいろな要求も、結局社会の要求として、すなわち「生命・財産および資源の保護・保全」「生産・分配・消費」「交通・運輸」等の社会の根本的機能のあらわれとして理解できます。したがってそこに存在するいろいろな具体的な問題も、結局、「家や学校で、よい子となるには、私たちはどうすればよいか。」「私たちはどうしたら健康で安全でいられるか。」「日常生活に必要な品物を有効に使うには、私たちはどうすればよいか。」「私たちはどうすればみんなといっしょに楽しい時間をすごせるか。」等の共通問題に帰着できるわけです。そのような共通問題として、しかも社会科の目標を実現するのにもっとも有効なものとして、学習指導要領における各学年の参考問題は提示されているのであります。すなわちそれは、現実の児童生活の中にあるもっと具体的な問題を発見する一手段にすぎないわけです。教師が児童のそのときどきの必要や欲求の底にある問題を発見するための目になるものです。逆にいえば、そのようにして発見した具体的な問題を整理すれば、だいたい参考問題に帰着させることができましょう。これらの参考問題が適当であるか否かは、今後の重要な研究問題の一つであります。

 各学年の参考問題は、先にも述べたように、社会生活の根本的機能に即して考えられたものですから、児童の経験を全体的に発展させるのに役立ちます。しかしその場合における各問題は、たがいに組みあい、生きた連関をもって働いているということができます。さきにあげた児童の戸外の遊びの例についてみただけでも、その中にいくつもの問題が生きた連関をもって存在することがわかるでしょう。一方児童の有効な経験は、断片的なものの寄せ集めではなくて、まとまりをもったもの、すなわち全体的なものでなくてはなりません。したがって作業単元の基底は各学年の問題を全部もしくはなるべく多く含むことが望ましいし、またそれが自然だということになります。このことについては後に適切な作業単元の基底の基準の一項目として述べます。

三、学年の目標

 社会科の目標は社会生活に関する理解・知識・態度・能力の諸方面にわたって考えられますが、その中核をなすものは、常に実践に結びつくような社会生活の理解です。

 すでに述べたように、社会生活を深く理解するためには、社会の根本的諸機能と、それらの機能が相互に生きた関連をなして作っている全体としての社会生活とを、人間らしい生活をいとなみたいという人間の基本的欲求、すなわち人間性に関連させて理解しなくてはなりません。なかでも社会生活を成立させ発展させている重要な条件として、(一)人と人の間の相互依存関係、(二)人間と自然環境との間の相互依存関係、(三)個人と社会制度や施設との相互依存関係、を理解することがたいせつです。

 学習指導要領に各学年の目標として掲げてある理解事項は、右に述べたような根本的な理解事項を、各学年の児童の経験の発展段階に応じて具体化したものです。いうまでもなくそれらは、児童に無理じいや暗記によっておぼえこませるべきものではなく、児童みずからの経験によって、すなわち問題解決の道程を経て、おのずから会得されるべきものであります。したがってこの理解事項に到達させるためには、どのような内容の経験を与えればよいかということが、作業単元の基底を設定する場合の重要な着眼点になります。

 都道府県その他の地方的単位で作業単元の基底を設定する場合には、学習指導要領の各学年の目標を手がかりとして、それにその地域社会の要求や父兄の要求を加味する必要があるわけです。

四、心身の発達状況やその特性

 児童の心身発達状況やその特性が、適当な内容をもつ経験を選ぶ一つの基準であることはいうまでもありません。もちろんそれは各学年の参考問題の中にすでに包含されているはずであるし、また到達すべき目標も一つの基礎をそこにおいているのです。さらに学年ごとの主要経験領域もそれに即しているものであります。けれども学習指導要領の各学年に附した心身発達の具体的な特性は、児童たちにどのような経験をさせればよいかという予想を立てる基盤になります。

 しかし、いずれにせよ、学習指導要領に示されているものは標準として考えられたものでありますから、実際に各地域の児童についてこれを検討し、修正する必要があります。そして、もっとそれを具体化して考慮にいれることが肝要です。さらに項目ごとに系統を追ってみて、心身の発達を明確にとらえるのが望ましいことです。そしてとくに社会科として有用な経験を選ぶ上に重要な意義をもつものを明らかにすることができるならば、きわめて便利です。

 学習指導要領では、各学年の目標をとくに理解という面からだけ具体的に示してあるにすぎませんが、態度や能力についても、今後実際家と学者との協力によって明らかにしなければなりません。そして学習指導要領の中にも示さなければなりません。そのためにも、心身の発達の特性のいっそう深い研究が必要となってくるわけです。学習効果判定の方法の問題を具体的に解明するかぎもまたここにあるといえます。

 以上あげた四つの事項は決してばらばらなものではなく、たがいに密接に関係し、その全体として社会科教育のわく組を作っているわけであります。このわく組を十分にはあくし、どのような活動を児童にさせ、どのような理解を児童に与えるかを予想するときに、作業単元の基底になるものの内容がきまってくるのであります。

 

第四節 作業単元の基底設定の基準

 

 次に、このようにして作業単元の基底を設定する場合の、おおよその基準と考えられるものを示します。設定にあたっては、それらの基準と照らしあわせて、慎重に検討する必要があるわけです。 一、作業単元の基底は、全体的、包括的なもので、児童を現在の社会生活の中でもっとも根本的であり、かつ重要な諸部面に入りこませ、これと十分接触させるものでなければならない。  いいかえれば、人間の基本的欲求のすべてに、あるいはなるべく多くに触れさせるものでなければならない。これをさらにいいかえれば、社会的機能のすべてに、あるいはなるべく多くに無理なく関連するということであります。すでに述べたように、児童の有効な経験は断片的な経験の寄せ集めではなくて、自然にまとまったもの、すなわち全体的なものでなければなりません。したがって作業単元の基底は一つの社会的機能を重点とするにしても、その一機能が他の諸機能から分離独立して経験されるのではなく、本来すべての諸機能と生きた連関を保ちつつ経験されるようなものでなくてはなりません。 二,基底はその上に作業単元を構成展開していった場合、児童に主要経験領域の重要な理解や知識を与え、またそれらと人間の幸福との関連をよく理解させることができなければならない。  すなわち、各学年の目標である人間生活・社会生活についての理解を、無理じいや暗記でなく、具体的に生恬に即したものとして与えるようなさまざまの素材が十分に含まれている必要があります。 三、基底は児童の現実の経験をゆたかに取り入れ、なまの素材に十分に触れさせるものでなければならない。  これは前項の説明の中でも触れていることですが、人間生活・社会生活についての真実の理解は、自分自身で直接に経験し、実験究明したものが根本にならなければならないことを考えると、当然の基準項目であります。 四、基底は理解や知識を明らかにかつ深くするために、個人的あるいは集団的な各種の表現活動の機会を豊富に用意するものでなければならない。  劇をすること、物を作ること、絵をかいたり色をぬったりすること、模型を作ること、地図をかくこと、人形芝居をすること、音楽その他の創作活動、それらをまとめて発表会をすることなどは、理解に到達する重要な過程であり、また獲得した理解や知識をいっそう明らかにいっそう深くする機会であるからです。

 

第五節 作業単元の基底の内容

 

 以上は作業単元の基底を設定する場合のおおよその基準でありますが、それでは基底はどのような内容をもつべきであるか、ということについて考えてみましょう。

 基底の主要な要件は次のように考えることができます。

一、その目標を明らかにし、それによって児童に実現さるべき理解・態度・知識・能力を示す。

二、教師の調査・観察および効果判定に示唆を与える。

三、含まれ得る学習活動の参考を示す。(たとえば見学・製作・ごっこ遊びなどの具体的な例)

四、見学の場所、参考書、地図、グラフその他の資料を示す。

 したがってその内容は、第一に教師がそれを用いるのに便利であるように、とくにどんな教師でもこれを使用することができて役に立つように、第二に児童の個人差に応じ学校差・学級差に対処することができるように整備され、かつ豊富であることが肝要であります。

 次に、各地で作業単元の基底を設定する場合に参考となると思われる主題の例をかかげておきます。またこれを参照すれば、作業単元の基底に関していままで説明してきたことを理解しやすいと思います。なお巻末に付録として、これらの各主題の解説がほどこしてあります。

第一学年 家庭、学校、友だち、健康な生活。 第二学年 近所の生活、農家、商店、郵便集配人、公共のために働く人々。 第三学年 地域社会の生活(できるならば大昔の生活と比較する)。

動植物と人間の生活(できるならば大昔と比較する)。

地域社会の交通・運輸(できるならば文明の開けない前の交通・運輸と比較する)。

第四学年 地域社会の現在と過去、昔の交通・通信、資源の保護・利用、昔の商工業。 第五学年 衣食住の発達、現代の交通・通信・運輸、保健と厚生慰安、政治(公共の福祉のための制度と施設)。 第六学年 工業と動力、新聞とラジオ、交易、わが国と関係の深い国々。

現代の社会とその将来(現代社会生活の諸問題)。

註、第一学年および二学年の基底は相互に融通できます。 学校の所在地によって、たとえば農村の第一学年の児童の学習は、家庭・学校・友だち・農家・商店等にわたるのがよいでしょうし、都市の第一学年の児童の学習は、家庭・学校・友だち・商店・郵便集配人などにおよぶのがよいでありましよう。