七 家庭と幼稚園

 

1 父母と先生の会

 

 子供たちは家庭からきて家庭へ帰ってゆく。幼稚園にしても保育所にしても、いわば家庭の延長ということができる。家庭との密接な連絡と協力がなくては、幼稚園も保育所もその任務を全うし得るものではない。保育時間だけの保育法がどんなによく行われても、家庭生活との陥たりや食い違いがあっては、保育の効果はあがらないであろう。

 家庭との関連を密にするには、幼椎園や保育所がひとりひとりの子供の家庭的環境をよく知ることが、最もたいせつである。この目的を果たすために「父母と先生との会」を常設することは、最も効果的であり、先生の保育心もまた、これによってよいしげきを受けることが少なくないであろう。

 なお「父母と先生の会」を作るには、およそ、次のようなことを頭に入れておくべきである。

(一)「父母と先生の会」がしっかりでき上がるまでは、先生の用意周到な指導が必要である。しかしできる限り、父母の方で卒先してやることが望ましい。

(二)複雑な形式は必要でないが、会の運営に必要な程度の簡単な組織はある方がよい。

(三)会の組織は全く民主的で、行きすぎた先生の指導は避くべきである。親は先生の立場をよく理解し、先生は親の苦労を知ることが、何よりもたいせつなことである。

(四)会の活動はもっぱら子供の教育のためである。保育法の共同研究、おりおりの講話、保育上の実際問題の話し合い、幼児の個性発展や個人差について語り合うことや、保育設備の充実、材料の補給、必要な場合には保護者どうしで助け合ったり、各幼児の調査に先生と協力することなどは、すべて、この会を通じて行われる。

(五)会合はなるべく定期的に開く方がよい。こうした会合は先生と父母との親しみを深めるものである。なお会合は常に簡素に、格式張らずに開きたいものである。

  2 父母の教育

 

 父母の教育は子供をりっぱに育てるために必要なことである。適切な父母教育の計画をたてることは、幼稚園や保育所の任務の一つである。ことに忙しい母親の多い場合はいっそう必要である。

 方法としては、一般的な講演や講習などのほかに、普通の社会教育よりは、むしろ日々の保育の実際問題を採り上げてやった方がよい。

 父母教育の内容は日々の実際問題を主とし、むずかしい原理や抽象的な理屈は少なくする。問題としては、教育のことのみでなく、子供の健康や、家政のことや、衣食住のことや、日常生活のことを、詳しく学ぶことが望ましい。

 父母を、もっと知的に向上せしめるのに役立つ社会的、芸術的、学問的教養を与えれば、更に結構なことであろう。要するに、子供がよくなるとともに、父母もまたよくなるような教育と与えることである。

 こうした教育が、現在の子供の保護者のみでなく、広く近所の親たちにまで及ぶならば、幼稚園や保育所が、その町や村に存在する意義が一段と大きくなるであろう。

 

3 父母教育の指針

 

 父母は児童がどのような要求を持つているかを知らなければならない。そのためには次に述べるような点に注意する必要がある。 (一)、家族的環境 1.家族の感情や態度は子供の人となりや、行動を決定するのに重要な役割を果たすものであること。

2.幸服な円満な子供にするには、まず健康に育て上げること。

3.子供は家庭の一員として仕事を分け合い、ともに楽しむこと。

4.愛情・権利・責任感の必要、偏愛の害。

5.父母の人がら、夫婦生活の児童への影響、働く母の問題。

(二)、保育上の注意

 (イ)、子供の成長を考え、その段階にしたがって育てること。

1.子供らしく、そしてその年齢における発育の程度に応じて育てること。

2.子供の個人差を考慮すること。

3.成熟の程度及びそれと保育との関係を知ること。成熟には時間を要するということを知るのが重要なことである。

4.それぞれの発達段階における子供の能力を知ること。新しい能力を使用する機会としげきを与えること。

 (ロ)、子供の発達の速度に適合する指導をすること。 1.基本的生活習慣は個々の児童に適すること。

2.子供の成長を考慮に入れ、一家の生活に適応するように日課を考えて変えてゆくこと。

 (ハ)、正しく育てるための感情の持ち方 1.子供は常に愛情を求めていることを念願におくこと。

2.自分がのけ者にされていると思うときには子供は反抗的になったり、ひがんだりする。

 (ニ)、食事の態度。 1.子供の体質的に要求する栄養の差異を知り、適当な処置をとること。

2.食事の習慣についておとながあまりこまごまと世話をしたり心を配り過ぎないこと。そうするとかえって悪い習慣がつくことを考えておくこと。

 (ホ)、唾眠の態度。 1.すべての子供が同じ唾眠時間を必要とするものではない。めいめいに応じた睡眠時間をとらせるようにすること。

2.快く睡眠をとるようにしてやること。床につくのは一般にいやがるものである。

 (ヘ)お手伝いの習慣。 1.子供が自分で進んで協力したいと思うようにしむけること。

2.感情に走ったり、あまり気をくばり過ぎないこと。あまり気を使い過ぎるとかえってしなくなる。

3.健全な態度をとり、身体機能に関する用語は科学的であること。

 (ト)指をしゃぶる癖に対する健康上の注意。 1.子供が指をしゃぶることは快を求める内面的な欲求の現われであることを理解しなければならない。

2.そのような満足を与えるためにほかの経験をさせる。たとえば手に握るおもちゃを与えるようにすれば直る。

3.はずかしめたり、しかったり、指に薬をぬったりしてこのような習慣を禁止することは危険である。子供がかえっていうことをきかなくなるといけないからである。

(三)、行為の原因 (イ)、幸福な満たされた生活をしている子供は、社会的に承認される行動をとる。

(ロ)、悪い行為の原因は、情緒的混乱と、子供の欲求が満たされないところにあること。

(ハ)、子供をでしゃばりにさせたり、あるいは、はにかみやにさせる原因は何か。

(ニ)、子供の不安や恐怖はどうして起り、また起ったときには、どうすればよいか。

(四)、しつけ  子供が社会的行動をとるように導く。両親が暖かい心持で子供を理解してやる態度をとるとき、はじめて、子供に自制力が出て来る。子供に安定感を与え、行動の規準を知らせるとともに、自分で思うようにやれるだけの自由を与えることはたいせつなことである。 (五)、責任感  おとなにたよらないで自分のことをやるだけの独立心を養う。

 いつまでも監督を受けたりせかされたりせずに、自分のことや他人のことを自からするようにする。幼少のころから他人にたよらずにすることは、大きくなってから独立できるもとである。

(六)、性に対する興味 (イ)、性について興味を持ったり、性に関する質問を発することは、幼児期にもあり、それはあたりまえのことである。

(ロ)、質問に対しては簡単に、しかも、わかりやすく答えてやる。

(ハ)、幼児の質問には、まじめに、正しい解答を与えて、子供がこの問題でぎもんのおきたときは、いつでも両親に質問するように、子供の信頼を得ておくこと。

(ニ)、幼児も年齢が進むにれて性に関する知識をいっそう求め、理解しようとする。

(七)、遊戯 (イ)、幼児の遊戯は「仕事」でもあり「学習」でもある。

(ロ)、子供の環境にあるものはなんでも遊び道具となる。

(ハ)、簡単な遊具が感覚器官を発達させ、協働動作の発達を助長する。

(ニ)、粘土・絵の具・積み木・おもちゃなどは、創作的遊びや模倣遊びのよい材料になる。

(ホ)、遊びにおける父母の役割はだいじである。

(ヘ)、遠足・絵本・お話・音楽・唱歌等は、子供の遊びの経験を豊富にする。

(八)、子供の社会的要求 (イ)、子供は自分と同年輩の友だちを求める。

(ロ)、グループ内で子供どうしが互に接触して遊ぶことはたいせつなことである。

(ハ)、集団生活の経験を与えるところに幼稚園や保育所の価値がある。

(九)、保育についての社会全体の責任 (イ)、家庭でできないことを補う施設として、グループ遊び・保育所・児童相談所・保健施設等がある。

(ロ)、家庭と保育施設との協力、父母の教育がたいせつである。

(ハ)、保育に必要な社会施設を知ることが必要である。

(十)、子供を民主社会の一員として育てるには、 (イ)、個人の基本的人権を尊重し、ひとりひとりが自分の能力を最高度に発揮し、権利をわかち合い、責任をとり得るような機会を与えるようにすることがたいせつである。

(ロ)、他人の権利を認める。人種・宗教・経済的地位並びに文化的背景に関係なく、あらゆる種類の人間の価値を認ることが必要である。

(ハ)、あらゆるものを理解し、協力してゆく積極的な態度助長することが必要である。

 

4 小学校との連絡

 

 保育所や幼稚園の幼児たちは、その教育の効果をもって小学校に入学する。したがって小学校とあらかじめよく連絡をとることも、また欠くことのできないことである。特に低学年の先生と密接な連絡をとることが必要である。

 連絡の事項、有効な連絡法をここに述べる余裕がないので、就学前の教育と、就学後の教育とは、ともに一貫した目的と方法とを持たなければならないことを書き添えるにとどめておく。