四 幼児の生活環境

 

 幼児の成長発達は環境のいかんに強く依存するものである。家庭環境、遊びなかま、一般の社会環境等の要素が集まって幼児の生活環境をなし、それから種々の影響を受けて成長するのであるから、よい環境を備えて、豊かな生活経験を与えることがたいせつである。ここでは主として幼稚園として整えるべき、物的な方面についてのみ述べたい。幼児の遊ぶ場所の設備が完全で豊富な遊具に恵まれているかいないかは、子供の身体的、知的、情緒的、社会的発達に大きな差をきたすものである。広い場所、遊具の十分備わった所では、幼児は長時間楽しく愉快に遊ぶことができるのみならず、種々のことを経験し学ぶのである。

 

1 運 動 場

 

 運動場は日光のよく当たる高燥で排水がよく、夏には木陰があり、冬は冷たい風にさらされないところを選ぶ。できるだけ自然のままで、草の多い丘があり、平地があり、木陰があり、くぼ地があり、段々があって、幼児がころんだり、走ったり、自由に遊ぶことのできるような所がよい。

 へい、囲いに添って、一メートルくらいのコンクリートの道路を作ると、三輪車その他車輪のついた遊具で遊ぶのによく、また梅雨期に雨のあがった時にもすぐ遊ぶことができる。

 周囲をへいで囲うことがたいせつである。幼児は囲いのないために外にとび出して遊び、迷い子になったり、輪禍に会ったりすることがあるからである。

 幼児がよく集まって遊ぶすべり台、ぶらんこ、砂場、ジャングルジム等は相互にじゃまにならないように離れたところに置くとよい。大勢が集まって遊ぶところであるから、夏は木陰となり、冬は日光が十分当たるように落葉樹を植えるとよい。

 建物の南側の所をコンクリートで固めると、室に砂ほこりがはいらず、衛生、清潔の点からもよく、雪どけ、霜どけ期が長い地方では、コンクリートの所を広くとると人形遊び、積み木、ままごと遊び等をするのに最適である。但し、コンクリートで敷きつめた所だけしかない運勤場は幼児向きでない。

 子供は高い所に上るのが好きである。庭に小高いところがあるとよい。運動場の一角に小山を築き、その中に直径半メートルぐらいの土管を敷いてトンネルを作ると、子供はその中をくぐり歩けるのでよろこぶ。

 花畑、菜園、幼児にはできるだけ自然の美しさに親しませたい。それには日当たりのよい運動場の一部を花畑、菜園として野菜や花を作り、それを愛育するようにしむける。まく種については、夏休み中に開花するものはまかないように注意し、早く花が咲き実の成るものが幼児向きである。また育ちやすいものがよい。

 だいず・トマト・だいこん・こまつな・かぶ・とうもろこし・ヒヤシンス・チューリップ・ダリヤ・絹糸草・百日草・ひまわり・矢車草・すみれ・菊・すいせん等が適当である。土を耕し、種をまき、苗を植え、水をまき、除草し、手を尽くした結果咲き出す花をよろこぶ。かくして花を愛するやさしい心や、成長を勧察する力が養われ、自然に対する興味が深まり、豊かな人間性が約束される。

 池を作って金魚・こいを飼育し、かえる・おたまじゃくしの成長を観察させ、また夏はこれをプールにする。

 

2 建   物

 

 東南に面し、通風、探光に注意し、衛生的な平屋で家庭的な感じを与えるものが望ましい。東南面の窓を大きくして冬の保温に注意し、窓の面積は床面積の四分の一以上でありたく、窓から外が見られるように下を低くし、長辺が南の運動場に面していると理想的である。非常用に入口は二つ以上必要である。廊下は二メートル半から三メートルの広さをとると使いやすく、ここでは種々の活動ができる。

 遊戯室 自由に活動ができるよう十分広く、ひとりに一メートル四方ぐらいあるとよい。活動的な遊戯のほか、童話・音楽・観察、また時に儀式・会合等もここでできるようにし、また食事、午睡のためにも使用することもあるから、寝具戸だな、積み木のたな等の設備があるとよい。

 その他幼稚園には組別の保育室・玄関・便所・洗面所・食堂・調理室.応接室・衛生室兼職員室を設ける。余裕のないときには同じ室をいろいろの目的に利用する。

 便所は保育室・遊戯室・運動場に近く、明かるく清潔で、使用しやすくすべきである。便所は十人に一つの割にあるとよい。

 洗面所には洗面台を壁に、または中央に向かい合つて使用できるようにとりつけ、壁にタオル掛け・ブラシ掛けを備え、歯ブラシ・せっけん入れ・くし・コップ等を入れるロッカーを作る。ロッカーの底は少々こう配をつけ、排水と清潔に気をつける。洗面器は八人に一個の割に備えられると理想的である。

 調理室は衛生に注意し、食堂と隣接させる。換気をよくし、壁・床は水洗いのできるもので、清潔を第一とする。使いやすいような設備と配置がたいせつである。調理台の高さは低すぎないように留意し、上部は強く、清潔の保てるもの、木の場合はアマニ油とテレビン油を半半にまぜて煮立たせたものをていねいに塗りこむと、防水・防熱となりも油のしみもつかない。

 台所用具及び保存食料・野菜を入れる戸だな、たな等をつくる。流しの下を利用してくぎを打ってフライパンや大コップ等をつるようにし、保存野菜は床下を利用するとよい。病気の伝染を防ぐため皿洗いには特に注意し、調理と皿洗い用と別々の流しをつくる。

 床は、床の上で過ごす時が多い幼い子供のために、あまり固すぎず、暖かく、衛生的で、清潔を保つことができるよう考慮すべきである。

 壁の色は淡灰色・淡黄色等温色の薄いものを用いる。天井は白くするが、純白は光線を反射して目のためによくない。床より壁、壁より天井と、上になるほど色が薄くなると落ち着いた感じの室となる。幼児が本を見たり、絵を描いたりする時、直射日光が目にはいらないよう日よけが必要である。

 掲示板 できるだけやわらかい板を用いたり、またはコルク・ラシャ布を張って、子供の自由画や製作品、母親への通知等を掲示するために、ぜひほしいものである。

 黒板 壁にはめこんだ黒板は、幼児に最も人気がある。床から半メートル上にすると幼児が大きい絵を描くのによい。

 絵画、装飾はすべて上品で、題材は子供向きであっても芸術的な美しいものでありたい。あくどい色彩、下品な装飾の室に生活しなれると下品な趣味になり、乱雑な室飾りの中に育った者は、だらしのない生活をするようになりがちである。

 机は巻末に示す図のような長方形の小さいものが便利である。必要に応じて正方形にも長方形にも、いろいろの形にして使用できるからである。机は持ち運びの楽なようにあまり重くないものがよいが、安っぽい感じを与えるものでないように注意しなければならない。机は工作の時も食事の時も用いられるから、水でふくことのできるようなものがよい。

 いす 定員教より数個余分に備えておく。いすの高さは三種類ぐらい、あまり小さくなく、巻末に示す図のようなのがよい。

 戸だな 室内にたな・戸だなをできるだけ多く設け、便利に整とんしやすく設計し、幼児の遊びのじゃまにならない所に置く。教材を入れる戸だな、不用品戸だな、季節はずれの物をしまう戸だな、そうじ用具入れ戸だな、陳列戸だな、おもちゃ戸だな等、たくさんあれば便利である。おもちゃ・絵本・紙・大工道具のように、幼児が常に用いるものは、幼児用戸だなとして低い戸だなとし、大きい物を入れる戸だなは大きく、適当に区切って、幼児が使いやすいようにしておく。

 

3 遊   具

 

 運動に使う器具・おもちゃ、その他幼児がその遊びに使うものすべてを遊具という。遊具を選ぶには、幼児の遊びをよく観察し、どんな活動をしようとしているかを知り、その要求に応じたものを与えることがたいせつである。幼児は活動的で、できばえよりも遊びそのものを楽しむものであるから、創作的、想像的な遊びのできる素材を選んで与えなければならない。選択については、次の点に気をつける。 1、危険の伴なわないもの。せともの、ガラス製のものはこわれやすく、けがをする恐れがある。ことに砂場遊具としては不適当である。

2、角や先のとがっていないもの。はさみは先の丸いものを用いる。

3、衛生的であること。幼児は物を口に入れやすいから、着色・形状等無害で清潔であることが必要である。木製・ゴム製・金属製・布製、いずれも水洗いのできるものがよい。

4、じょうぶなもの。幼児のおもちゃはじょうぶで、たくさんの子供が長期間使用できるようなものを選ぶべきである。すぐ車輪のとれる汽車や、手足のすぐとれたりする人形等、粗製品を与えると、幼児は物をそまつにするようになる。

5、どんな幼児も興味の持てるような遊具。年長児も年少児も、男児も女児も興味を持ち、また種種の遊び方のできる遊具が一番よい。幼児はくふうでき、想像して遊ぶおもちゃをよろこぶ。既成品はすぐ飽きる。簡単で未完成で、遊び方が種々あるものがよい。

 その他の設備についても、よく幼児の遊びを観察して、その要求に応じた選び方をすることがたいせつである。できるだけ設備を豊かにし、幼児が最大限に利用してよく学ぶことができるようにしたいものである。左に五十人の幼児のための、理想に近い設備を参考までに掲げておく。 わく登り(ジャングルジム) 一台。

 わく登りは幼児が好んで遊ぶ運動具である。からだ全体を運動させるが、特に腕と肩の発達を計り、またなかまと協力して遊ぶことを学び、かつ冒険心を満足させる。

平均台一台。

 歩いたり走ったり平均をとったりして遊ぶのはごく自然の遊びである。長さ三メートル、幅二十センチ、厚さ三センチの板に、木馬二台を利用して地上に近い段の上に置き、幼児が平均がとれるようになったら更に高い段の上において遊ぶ。

砂場 屋外に一箇所、室内に一箇所。

 砂遊びは、幼い者も年長児も好きな遊びである。砂場は日光のよく当たる所に設け、夏は日陰を作り、幼児が中にはいって遊べるように地面に作りこみ、雨水の排水をよくし、衛生に注意する。砂は時々掘り返して日光消毒をする。

 砂場のバケツ・シャベル各六個、木のわん十個、ふるい五個、砂場用しゃもじ十本。

あき箱 七・八個。りんご箱・みかん箱・あきだる等。

木馬 五台。二種類あるとよい。巻末の図参照。

すべり台 一台。

ランコ 三台。

厚板 二枚。平均台・ジャングルジム・馬にかけて遊ぶため、フックがあるとよい。

はしご 大一、小二。

三輪車 三台

車のついたおもちゃの汽車、トラック・うば車・木車 五台。

ゴムマリ 大小各三個。

シャベル 六個。土を掘るため。

じょろ 五個。

大積み木(箱積み木)四十個

80cm×40cm×10cm……5

40cm×40cm×10cm……5

80cm×20cm×10cm……10

40cm×20cm×10cm……10

20cm×20cm×10cm……10

鳥小屋・うさぎ小屋・鶏小屋等あるとよい。

綱、その他。

室内設備品。 いす 子供用五十五脚、おとな用五脚。

小積み木 ヒルの積み木一そろい、及び其の他の小積木もできるだけたくさん。

机 三十台。

楽器

 ピアノまたはオルガン・蓄音器・ラジオ・大鼓はできるだけ備えたい。タンバリン・打楽器は園児と共同製作をすることもできる。楽隊遊びは、幼児のリズムに合わせて動きたいという基本的な要求を満足させ、鳴り物のおもちゃを音楽的に整理し、かつ協同の精神を養うことになる。

大工道具 かなづち七本、のこぎり三本、釘(頭の大きいもの)、長い釘、短い釘、木切れ、釘抜き。

 大工道具と木切れは幼児にとって楽しい製作遊びである。大工遊びのできる堅固な台は、がんじょうな箱または机(巻末の図参)でできる。決しておもちゃのかなづち・のこぎり等を用いないようにする。やわらかい木にくぎを打つことは、目と腕の調働動作を発達させるものである。

絵 できるだけ多く集める。明かるい色、簡単な線と形、美しいもの。

絵本 二、三十冊。

プリズム 二個。

磁石 五個。

画架(イーズル) 二脚。

筆 八本、粉絵具用コップ 二十個。

絵の具、クレオン、できるだけたくさん。

粘土、少々、粘土つ二個(ふたつき)。

粘土板 三○。

わら半紙 三しめ。

六色の色紙 一しめ。

はさみ 三ダース。

図画用紙 二しめ。

封筒 五百枚。

のりつぼ 二ダース。

毛糸 十二オンス、六色各二オンスづつ。

糸 白・黒・赤 各二巻。

針 一包。

ままごと道具 五そろい。

おもちゃだんす 一さお。

人形 十個、洗ってもこわれないもの。

おもちゃの動物 ゴム製十五個。

布の縫いぐるみ動物 七・八個。

台所道具及び食器 六十人分。

予備衣服(幼児用)二組。

おむつ 五・六枚。

薬品及び小さい医療器具 検温器・脱脂綿・ガーゼ・めん棒・ようじ・水まくら・はさみ・毛抜き・ピンセット・ピン・ゆたんぽ・油紙・新聞紙・はかり(体重計器・身長計器)・巻尺・せっけん・ヒマシ油・クレゾール・ほうさん・アンモニア・マーキュロクローム・オキシフル・オリーブ油。

そうじ用具 一そろい はたき・ほうき・ケツ・雑布その他。

事務用品

机 一。

本だな 一。

いす 三。

 帳面 五冊、会計・日記・通信控・名簿・卒業生名簿。

 鉛筆・ペン・カレンダー・墨・筆・すずり箱・インキ・けい紙・半紙・ものさし・謄写板一そろい。

参考書籍

 動植物図観・児童百科辞典。

 童話の本・音楽の本、其の他、