第五章 通信教育における学習指導

一、通信教育の指導者はどんな心構えが必要であるか。

 通信教育の指導を担当する者の心構えとしては、通常の学校の教師として必要な心構えと同じ点も多いが、特に通信教育であるために強調されなければならない点も少なくない。通信教育生の多くは種々な事情から昼間の学校に通学する余裕のない者たちである。その多くは自ら働きながら勉学を継続しようとする熱心な青少年である。したがって教師は、このような通信教育生の生活環境や心理態度に対して理解と同情とを持ち、あくまでその学業を完成し、高い学習効果をあげるように親切な援助をして行く心構えが大切である。またそのためには、通信教育生の個性や環境をよく調べ、また報告書の一字一句の表現のはしはしにも、その気持や個性を察知するだけの明敏さがほしいものである。学習指導とは、広くその生活経験を発展させることである。働きながら学ぶかれらの生活経験をゆがめることなく、健全にたくましく伸ばしてやることが、指導を担当するものの大きな任務でなければならない。

 次に通信教育の指導者は、通信教育に固有な指導技術を身につけていなければならない。これまでの学級指導の場合に、教師は指導技術の研究や経験を積んでいるように、新しい通信教育の場合にも、その特殊な指導技術をよく研究し、すぐれた通信指導者となる心構えが必要である。そのためには、すでに述べたような通信教育の特質をよく理解し、いかにすればその目的にあうような指導効果をあげ得るかについて不断に反省をし、指導技術の進歩をはからなければならない。

 今後の新しい学習指導の一般的方面については、「学習指導要領一般編」、ことにそのうちの「第四章学習指導法の一般」をよく読んで理解されたい。指導を担当するそれぞれの教科については、同じく指導要領の各科編について十分に研究しておく必要がある。これが学習指導についての研究の第一段である。ところが通信教育の指導のためには、すすんで第二段の研究として、これを通信教育としていかに生かし、その展開をいかにはかるかについてのくふうが必要となる。どのような指導の方法が最もすぐれたものであり、効果が高いかについては、今後指導の実際を担当される各位の研究にまつものであるから、指導くふうの結果は、できるだけこれを記録して報告していただき、将来の通信教育指導の方法的確立に資したい。今日取りあげられようとしている通信教育の制度のうち、特に中等学校程度の通信教育は、これまで教育の対象からはずされていたぼう大な青少年層の教育にとりかかろうとする、大きな、社会的な企てである。この層の教育を普及徹底させることは取りもなおさず日本の再建に最もたいせつな基底をなすところの社会の中堅層を養成し、その社会的なまた文化的な地位を高めることにほかならない。通信教育の指導者は、この課せられた重大な責務を自覚しその事業の達成のために強い情熱が要請されるのである。

二、通信教育生の学習態度をどう指導するか。

 通信によって学業を続けようとする青少年に対しては、まず通信教育生としての学習態度をはっきりつくりあげさせることがたいせつである。通常の学校や学級は、一つの教育的集団として学習環境を形作っているから、そこにおのずから教育的ふん囲気ができあがっている。したがって自然のうちに学習態度ができ、また教師も不断にこれを指導することができる。ところが、通信教育はあくまで自学がたてまえであるから、望ましい学習態度をつくることは決して容易ではない。おそらく通信教育生のうちには、要求された課題に対して報告書を提出し、資格を得ればよいという安易な考えをいだいているものもあるであろう。これに対して、通信教育が決して安易なものではなく、一定の時間をかけ、規則正しい学習を続けるという努力と忍耐とが必要であるということを、はっきりと自覚させなければならない。たとえば最初から報告を書くことに気をとられないよう、たいせつなのは、学習活動そのものなのであるから、教科書の指定された部分をゆっくりとていねいに読みとり、その内容を十分に理解し、要求された学習活動を落ちなく進め、一応すべての作業が完了したのちにはじめて報告課題に取りかかるような、学習方法をよく教えておくことがたいせつである。また学習が正しく進められたかどうか、予想される学習効果があがったかどうかをしばしば反省し、自己検査をなし、疑問の点に出会ったら遠慮なしに質問用紙に書いて送るように指導しなければならない。しかし、報告書を手伝って貰ったり、参考書をまるうつしにした報告を出したりすることをやめさせ、着実な学習をさせなければならない。また、学習活動は、報告書を提出し、パスすればそれで完了したのではない。返送された添削・批評をよく読み、学習の欠点を訂正し、これを完全なものとしておき、それをもって、次の報居書を出す参考にし、終末試験のための準備にするようにしななければならない。

 次にたいせつなことは、報告書の正しい書き方を早いうちに指導し、よくのみこませておくことである。新しい学級学習では、デイスカッションそのほかの言語表現の教育が重視されているが、通信教育では、文章を書くことによってはっきりと順序よく自己を表現するように指導されなければならない。この報告表現の教育指導がよく行われていないと,いつまでたっても通信指導の効果があがって来ないのである。報告表現の練習は通信教育生に課せられた基礎訓練であるから、指導者の方でもその指導についての研究が必要となるのである。

 解答報告でも、質問事項でも、簡潔な表現をすること、要点をはっきり表現すること、文字を正確に読みやすく書くこと等であるが、教師はことに最初のうちにできるだけ刻明にこれを訂正し、書き改め、最もよい書き方の例を示すなど、念入りに指導をしなければならない。そのためには模範的な報告書の例をプリントにして送ることなども試みられるべきであろう。

三、添削・批評はどのように行うか

 通信教育生から送って来る報告書は、その全体の学習活動の一部を表現しているだけである。指導者はこの報告を手がかりとして、その背後にある学習活動そのものを推察しなければならない。したがって添削・批評は、報告されるものだけについてのそれでなく、通信教育生の学習活動そのものに対するガイダンスでなければならない。指導はまず、報告された解答をていねいに、善意をもってすみからすみまで読むことから始められる。合格、不合格をきめるために、ざっと目を通すような見方であってはならない。課題の要求しているねらいをはっきり理解していないために、まちがった解答をしたり、ばく然とした焦点のない解答をしたりしてはいないだろうか。そのような解答が書かれている場合は、全体としての学習活動が、確実に要求された通りに行われなかったことが推察される。そのような時には、その部分の学習を改めて今一度やり直すよう要求しなければならない。必要があれば、新しい課題を示して、解答の再提出を求めるのである。課題に対する興味が正しく喚起されていないために、形式的な学習が行われた場合には、報告の内容に創造性が乏しくお座なりのものとして現われてくる。教師はこれに対して、何ゆえに興味が持たれなかったかの原因をよく究明して、最も適切な指導を与えなければならない。また教師は、常に不十分な点を指摘して注意を与えるだけではなく、良い表現、よい学習活動が行われたと認められた場合には、おしみなく賞賛を与え、激励することが望ましい。成績のよくないものに対しては注意を与え、成績をあげるように注告してやることがたいせつである。

 教師の加える添削・批評は読みやすく、理解しやすい表現を用いることが必要である。乱雑な文字で批評・訂正をしてはならない。報告に誤字やあて字を使い、かなづかいの誤っているものに対しても、正しい美しい字で訂正してやることが必要である。その報告が合格したか、不合格であるかをはっきり知らせ、不合格の場合には、どこが悪いので不合格になったかを、通信教育生によくのみこませるようにしなければならない。批評の便宜上学籍簿に定めた方式にしたがって評語を設けるのも一つの方法であろう。しかし、この場合にもなぜAなりCなりがつけられたのか、その理由がわかるようにしておかなければならない。

 次に質問してきた事項に対しては、親切に行きとどいた回答を与えるだけでなく、でき得れば参考書等も示し、補助教材も準備してやって、ますますその学習に興味を持たせるような配慮がほしいものである。以上のような個人的な指導を十分に行うために、教師は、生徒のひとりひとりについての成績簿を用意する必要がある。

四、レコード・ラジオ等はどのように利用するか。

 レコード・ラジオ等は、直接聴覚に訴えるものであり、これを利用することによって、通信による指導の一面性を効果的に補い得る。ことに国語、英語、音楽等の学習には、その活用は必要である。ラジオやレコードは、今後特に通信教育のためのものが計画されるであろう。その場合には、その内容が通信指導の内容との間にはつきりした連関を持ち、全体としての指導計画に組み入れられて活用されることがたいせつである。通信教育生にはラジオも蓄音器も持たない者が多いと思われるから、でき得れば各地の小学校や公民館等にセンターを設け、そこで利用できるようにしたいものである。一定の地域や職場に、あるまとまった数の通信教育生がいる場合には、互に連絡して組織をつくり、自治的な運営を行わせて、通信教育の方法上の欠点を補うくふうをすることもよい。レコードやラジオの利用のほか、共同学習や実験実習の機会を共同してつくり、お互に人間的なせっさをすることができれば、その教育的な効果は大きいものがあろう。

五、学習効果はどのように判定するか。

 学習効果判定の目的は、通信教育生の自己反省と教師の今後の指導に資することにあり、同時にその結果は、資格を与える資料ともなるものである。ただ通信教育の場合には、教室において行われる場合と違って、いろいろの方法上の困難を伴なっている。すなわち、判定の内容は、教材の理解だけでなく、態度や技術に及ばなければならないが、判定は報告書及び終末試験の結果によるほかはないのである。

 提出して来る報告書は、同時に効果判定の材料でもあるわけであるから、その記録は単に評語だけでなく、教材の理解が正しく進んでいるかどうか、学習態度ができてきつつあるかどうか、報告表現の上に進歩が認められるかどうか、作業成績に技術的な進歩がみられるかどうか等について、いちいち個人別に記録をしておき、指導上の参考に役立てることが望ましい。

六、終末試験はどのように行ったらよいか。

 各コースごとにいくつかのアサイメントに分かれており、このアサイメントを全部終了した者に対して、当該コースの終末試験を行う。生徒の進度がまちまちであるから、終末試験を受け得る時期は極端にいうとひとりひとり違うわけであるが、学校は適当な時期を定め何人かの生徒をまとめて試験してさしつかえない。日時は、働いている者の事情を考慮して、土曜日の午後とか日曜日とかを選ぶべきであろう。試験場は、原則として生徒の登録されている学校、出願及び監督はそのコースを指導している教師とする。もし生徒の居住地や、勤務の関係などで学校へ出向くことが困難な場合には、もよりの小学校長とか、公民館長とかに試験を委託してもよい。但しこの場合も、試験の日時及び問題は同一にする。委託をうけた小学校長または公民館長は、試験がすんだなら、直ちに生徒の答案をとりまとめて学校へ送付する。試験の都度、生徒を学校に集めることはいかにもめんどうなようであるが、これは生徒と教師と直接相接する貴重な機会であり、またグレデイツドを出す責任上からも、ぜひ必要なことである。試験の前後に多少の時間をつくって、教師は、文書で与えることのできない注意としたり、説明をしたりすることができるし、生徒は、ふだん疑問に思っていることを思う存分質問することができる。生徒が互に知り合うたのしい時にもなる。

 試験問題については、各教科の学習指導要領及び教科書によってその内容や程度はおのずから明らかであるから、通信教育であるからといって、特に全国一律なる基準を設ける必要はない。ただ問題作成に当たっては、次のような点を考慮することがたいせつである。

(イ) 通信教育生のそれぞれの段階の興味と発達とに適した問題であること。

(ロ) その地方の実情に適した問題であること。

(ハ) 創造的な思考力を刺激する問題であること。

(ニ) 教科の目的に合致し、その目的を十分に代表する問題であること。

(ホ) 大がかりな材料や多大の時間を要しない問題であること。

 なお学習効果の判定についてのいろいろな方法については、「学習指導要領一般編」のうち「第五章 学習結果の考査」の章に詳しいから参考されたい。

Course of study for Middle Schools

Correspondence Course

Approved English Copy Jan.29/1948.