第二章 通信教育の特質と予備的調査

一、通信教育は学校教育とどう違うか。

 一般に学校教育では、教師が直接に生徒と接触して果たす役割が著しく大きい。これまでの古い教育では、教科書を生徒に講義することに教師の努力の中心がおかれ、しばしば、教師中心主義と名づけられるほど教師が中心になって活動しなければならなかった。新しい教育では生徒の発達を中心とする学習活動が重視されているが、それは教師の必要性が減少することを意味するのではなく、逆に教師の更にいっそう細心に行き届いた指導が必要とされるのである。したがってそのいずれの場合においても、教師の生徒に対する直接指導が、教育作用の中核をなすことには変わりがない。ところが、われわれの通信教育の場合には通信の手段による指導があくまで本体であって、直接指導を行うことがあっても、それは通信教育にとって本質的な方法をなすものではない。そこから学習指導の技術について、学校教育とは全然別個の構造を持つことになり、特別な研究が必要となるのである。われわれは、その特質をはっきり認識し、それを伸ばし活用することに努力しなければならない。

 一般に学校で行われる生徒の学習指導では、教師は一定の計画をもって学習指導にかかる。その場合、発展させるべき生徒の経験をあらかじめ調査し、教材の学習に導入する。教師は常に生徒の心理的な動きに従って、興味や理解度や疲労等を観察し、また個人差を判別してその時々に最も適切な指導方法を選ぶことができる。その間必要に応じて予定の計画を変更し、たとえば十分に理解しえたと認めれば、更に程度の高い教材を与えてこれを補い、また理解が不十分であるときには、反復させてこれを徹底的に理解させることもできる。また予想した学習活動に集中できないような事構があれば、教師はこれを誘導して一定の学習態度にもってゆく工夫をすることもできる。

 さて通信教育の特質は、あくまで、自学独習を中心とする個別指導である。教師の指導プランは、この特質をあくまで生かすように計画されなければならない。通信教育生は、他面また、形式的な時間に拘束されることがないから、自分の歩速(ペース)に従って学習を進めることができる。また教室学習と違って学習における個人差が無視されることはない。すなわち通信学習では、どこまでも自分のこれまでの経験を尊重し、自己の学習能力に応じてこれを発展させることができるのである。

 然し、通信教育においては、学校としての教育的環境や共同学習の点で大きなマイナスがある。ところが、通信教育生は多くその職場にあって、直接に、社会そのものに接独しているのであるから、より現実的で盛んな社会的経験をおのずから教育的に発展させることができる。したがって教師は、これら通信教育生の社会的な経験を善導するように努力しなければならない。又通信教育は、通信によらなければならないという方法上の制約のために、いろいろの点で欠陥があるのは当然である。すなわち、教師との個人的な接触や共同学習の利益を受けることができない。以上、通信教育の長所と短所についてのべたが、要するに通信教育を担当する教師は、あくまでその特徴を生かすとともに、その欠陥を補うために多くの研究とくふうとを必要とする。

二、通信教育生の個性や環境をどのようにしてとらえるか。

「学習指導要領一般編」に特に強調してあるように、学習指導の第一歩は、生徒の個性をつかみ、これを正しく発展させることにある。通信教育では、常に個別指導の方法がとられるわけであるから、個人差や環境の差異を無視した一律の指導は、そのたいせつな効果を著しく減ずることになる。通信教育では学校教育の場合と違って、直接に接触して個性を観察する機会はほとんど得られないから、いきおい間接的な調査の方法によらなければならない。その方法としてはあらかじめ一定の計画と規準とをもって調査を行い、その結果を客観的な標準によって整理するという科学的な方法を取ることが望ましい。また、たとえば個人差の点でも、通信教育生は年齢の点でまちまちであるだけでなく、家庭的な環境や境遇にも大きな差があり、職場の種類もまた多種多様である。したがってその経験や態度にも非常な差異があるから、添削指導にあたっては、一律な方法を適用することはけっして適切ではない。通信教育生の個性や環境の調査は特に念を入れて行い、その結果を常に学習指導の上に生かしてゆくことがたいせつである。

A、通信教育生の生活環境の調査にあたっては、教師はまずその地域の社会生活の実態についてはっきりした認識を持つことが必要である。すなわち、人口、地勢等の状況、産業の分布と特質、生活程度、思想的政治的環境、教育施設の分布、戦災の有無、歴史的な伝統や慣習、一般的文化水準、県民性とその地方的特性等についての理解が行われ、その上に立ってひとりひとりの通信教育生の生活環境が明らかにされなければならない。次に個々の環境調査のためには、入学と同時に次のような項目について質問用紙による報告を求め、これを環境調査カードに整理しておくことが望ましい。

 この環境調査カードは、環境の変化があったたびに報告させて訂正するほか、特に個人面接の機会を補足して完全なものとしておくことが必要である。

B、個性調査については、次のようないろいろな角度からこれを行い、総合的で完全なものにしておくことが必要である。

(イ)知能検査。通信教育生の知能検査については、通信による方法は困難であるから、できうれば、これを何箇所かに集めて行うべきである。学習指導の参考としてたいせつなものであるから、なるべく入学後の早い機会に行うことが必要である。

(ロ)総合的な個性判断。この方法は継続的な観察や調査を必要とするものであるが、通信教育生についてはこの方法は困難であるから、次のような方法を活用してできるだけ正確な結果をまとめ、個性診断カードに整理し、添削指導の上に利用されたい。その一は、個性についての通信教育生の反省を記述させる方法である。興味が長く持続するか、飽きやすいか、学科のうちで好きなものは何か、等の項目を示して、その反省をみずから記述させるのである。その二は、課題を与えて答えさせる方法である。知識、考え方、技能、態度、鑑賞力等について問題を与え、その答を整理して個性を診断するのである。これらの方法については「学習指導要領一般編」三五ページ以下を参照されたい。第三の方法は通信教育生の提出してくる学習報告について、個性を表わすと思われる点に気がついたら、これをその都度カードに記入しておくのである。以上の方法が総合的に取り上げられ、根気よく行われるならば、ある程度まで正確な個性調査が行われ、その結果を通信による学習指導の上に十分活用することができる。