各 論
簿記の各単元の指導例
単元 一.収支計算のやり方
一.目 的
この単元においては収支計算の学習を通じて,次のようなことを理解し,会得する。
(1)個人の家計,会社の会計,国家の財政などにおいて,現金の収支計算が必要であり,それを正確に行うには簿記によらなければならないこと,及びそのいろいろな方法。
(2)小遣帳・家計簿・現金出納帳などにおける現金収支の計算,すなわちそれらの記入・締切の仕方。
(3)簿記における記帳上の一般的注意事項。
(4)企業において,損益の計算がたいせつであること及びその方法。
二.指導法
この単元においては,簿記の基礎的事項を学習するのであるから,十分納得のいくようにしなければならない。各単元に共通な事項については,総論の第三章を参考にする。
一.教師の準備と活動
(1)小遣帳・家計簿・現金出納帳などの帳簿実例を用意する。
(2)使用ずみの貯金通帳を持参する。
(3)学校売店の現金出納帳について,収支集計表を作っておく。
二.
生徒の活動(1)小遣帳や家計簿によって,現金の収支計算をしたことがあるかどうか,またどんなにして行ったかを話しあう。
(2)なぜ小遣帳や家計簿をつけるかについて話しあう。
(3)使用ずみの貯金通帳や日記帳に書いてある現金収支事項と現金出納帳を比較して,簿記の必要について話しあう。
(4)小遣帳や家計簿を自分で作る。これまで,その記入をしていないものはただちに始める。
(5)日記例題について,小遣帳や家計簿へ記入し,締切をする。
(6)教科書の現金出納帳を清書して提出する。
(7)現金出納帳を作り,例題について記入・締切をする。
(8)現金出納帳の締切について,学校売店や附近の商店・組合・会社などでは,月に何回ぐらい行っているかを調べる。
(9)小遣帳と現金出納帳の形式の相違を調べる。
(10)教科書の記帳心得を読み,その他の注意すべき点について話しあう。
(11)教科書にある収支集計表について,その示す内容や必要について話しあい,清書して提出する。
(12)例題によって記入・締切をした現金出納帳について,収支集計表を作る。
(13)教科書にある収支集計表や例題についての収支集計表によって,実際に損益の計算をやってみる。
(14)学校売店や附近の商店・組合・会社などは,損益の計算をどんな方法でやっているかを調べる。
(15)学校売店の現金出納帳について,収支集計表を作り,損益計算をする。
三.学習結果の考査
総論にある学習結果の考査に準じて行う。
単元 二.資本計算のやり方
一.目 的
この単元においては,資本計算の学習を通じて,次のようなことを理解し,会得する。
(1)資産・資本の意義及びその相互関係。
(2)貸借対照表・損益計算書の示す内容,その必要なわけ,及び記入の仕方。
(3)損益発生の原因。
二.指導法
この単元においては,これまで資産・資本についてもっている概念を整理して,簿記上の資産・資本に結びつけ,その相互関係を理解させる。資産・資本の関係は貸借対照表の骨格をなすものであるから,特に明確にしておく必要がある。また資本については,商業上の資本と簿記上の資本との異なる点に注意する。
なお,負債が資本の一部であるということは,生徒が意外に思うであろうから,この点の疑念をはらってやるために十分注意する必要がある。
貸借対照表についてはあとで決算の単元で習うが,ここではこの表の示す資産と資本の関係を理解するとともに,さらに仕訳の前提として借方・貸方の原則を理解させる。
損益計算書についてもあとの決算の単元において習うが,ここでは貸借対照表の変化によって示された損益の内訳内容を損益計算書によって詳細に分析し,その発生の原因を理解することができ,過去の経営の成績を批判し,将来の方針をたてることができるようにする。
なお,指導法として,各単元に共通な一般的事項は総論第三章を参考して実施する。
一.
教師の準備と活動学校売店の貸借対照表・損益計算書,及び新聞に発表された会社の貸惜対照表や損益計算書を用意する。
二
.生徒の活動(1)「あの人は財産家だ」と世間でよくいわれているが,その場合財産とはどんなものを指すのかを話しあう。
(2)教科書を通読して,資産・資本についてこれまでじぶんたちが考えていたことと,どんな点が違うかを話しあう。
(3)簿記上の資産・資本についてどんなものがあるかを調べ,分類表を作る。
(4)借方・貸方の区別について,どんな場合に借方になるか,また,どんな場合に貸方になるかを研究する。
(5)教科書にある貸借対照表や損益計算書について清書する。また,例題についてそれらを書いてみる。そしてその示す内容について話しあう。
(6)学校売店について,その貸借対照表・損益計算書を作る。
(7)損益の計算はなぜ必要であるかについて話しあう。
(8)貸借対照表にあらわれた純益や欠損だけで,その原因がわかるかどうかを話しあう。
(9)利益や損失が発生するいろいろな場合について,研究し話しあう。
(10)学校会計と会社会計との相違を話しあう。
三.学習結果の考査
総論にある学習結果の考査に準じて行う。
単元 三.簿記の取引とはどんなことか
一.目 的
この単元においては取引の学習を通じて,次のようなことを理解させる。
(1)簿記における取引とは,資産・資本に増減変化をひき起したすべての事がらを指すこと。
(2)取引の種類について。
(3)すべての取引が,資産・資本または損益について,必ず二つの方面に同額の変化をひき起すこと,すなわち取引の二重性。
二.指導法
この単元においては,普通にいう取引と簿記上の取引とは違っていること,すなわち簿記では火災・盗難,あるいはじゅう器や家屋の減価・摩損なども取引といわれることは,生徒に奇異の感をいだかせるから,このことを利用して簿記上の取引の意義をあきらかにする。また,取引の二重性については,あとで習う仕訳の基礎訓練として,すでに習った貸借対照表に結びつけながら,しっかり納得のいくまで学習させる。
指導法として各単元に共通な一般的事項は,総論にある第三章に準じて行う。
一.
教師の準備と活動学校売店の貸借対照表を持参する。
二.
生徒の活動(1)普通,取引といえばどんなことを指すかについて話しあう。
(2)火災や盗難をなぜ簿記では取引というかについて話しあう。
(3)教科書を通読して,簿記上の取引のいろいろな場合を考える。
(4)学校売店について,どんな種類の取引をしているかを調べる。
(5)多くの例題について,その取引の種類やその対立関係を研究する。
三.学習結果の考査
総論にある学習結果の考査に準じて行う。
単元 四.勘定について
一.目 的
この単元においては,勘定・仕訳についての学習を通じて,次のようなことを理解し,会得する。
(1)勘定とはどんなものか,また,いろいろの勘定がどんな勘定科目に分類されるかについて。
(2)仕訳の意義・法則,貸借平均の原則,及びそれらの実地活用である仕訳の仕方。
(3)勘定口座の形式,及び記入の仕方。
(4)いろいろの勘定科目
二.指導法
この単元においては,営業の結果起るところの資産・資本及び損益におけるどんな複雑な増減変化をも仕訳し,それによってそれぞれの勘定口座に転記を行い,正確に処理していく複式簿記の妙味を体得させるようにする。
仕訳は複式簿記の核心をなすもので,複式簿記というものは,仕訳の法則と貸借平均の原則によってつらぬかれた記録・計算を行うものであることをあきらかにする。
勘定口座の形式としては,標準式(いわゆるT字型)によるがよい。なお,すでに学んだ貸借対照表や貸方・借方などについて復習させて,理解のたすけとする。
指導法として,各単元に共通な一般的事項については,総論第三章を参考にする。
一.
教師の準備と活動(1)勘定口座の形式について,標準式と残高式の実物を用意する。
二.
生徒の活動(1)貸借対照表にはどんな科目があったか,借方・貸方とはどんな区別があったかを復習する。
(2)資産勘定・負債勘定・利益勘定・損失勘定には,それぞれどんな勘定科目があり,どんなものが処理せられるかを調べる。
(3)学校売店や附近の商店・会社・組合などにおいて,使われている勘定口座の形式,及び設けられている勘定科目を調べる。
(4)いろいろな取引例題について,仕訳を行い,勘定口座を設けて転記する。
(5)転記せる各勘定を総合して合計表を作り,貸借平均の原則を会得する。
(6)資産勘定・負債勘定・資本勘定・利益勘定・損失勘定などに属する各勘定科目について記入の仕方を研究し,例題について仕訳を行う。
三.学習結果の考査
総論にある学習結果の考査に準じて行う。
単元 五.帳簿について
一.目 的
この単元においては,帳簿についての学習を通じて,次のようなことを理解し,会得する。
(1)取引のてん末を記録しこれを整理するには,帳簿が必要であること,及びその形式。
(2)主要簿・補助簿の種類とその記入の仕方。
二.指導法
どんな事業においても,なんらかの記帳なしではその経営をなすことはできない。まして大規模・複雑な営業においては,適当な記録が必要であって,経営者はその経営に要する各種の報告・資料をいつでもたやすく得られるように,一切の取引を記録しなければならない。このことは法律によって規定されているのである。
生徒には,現金出納帳・取引・勘定・仕訳などの既習事項と連絡を保ちながら,いろいろな取引が,どの帳簿に,どのように記入されるべきかを考察させ,各帳簿間の有機的関係を知らせる。なお,帳簿の保存や,補助簿が営業の種類によって一定したものでないことなどについても理解させるよう,指導に当たって注意が必要である。指導法として各単元に共通な一般的事項は,総論第三章を参考にする。
一.
教師の準備と活動(1)各種形式の帳簿を準備する。
(2)学校売店において使用中の帳簿を用意する。
二.
生徒の活動(1)学校売店で使用している帳簿について,形式・種類・記録事項を調べる。
(2)各種形式の帳簿を見て,それぞれの長所・短所を話し合う。
(3)これまでに,どんな帳簿を見たことがあるかを話しあう。
(4)附近の商店・会社・組合では,どんな形式の帳簿が多く使われているかを調べる。また,それはなぜかを研究する。
(5)現金出納帳・取引勘定・仕訳などにおける連関ある事項を復習する。
(6)教科書にある仕入帳・売上帳・買掛金元帳・売掛金元帳・商品在高帳などを清書し,また,例題についてこれらの帳簿の記入の仕方を実習する。
(7)補助簿はなぜ必要かについて話しあい,また,補助簿から元帳へ転記が行われるかどうかを調べる。
(8)附近の商店・会社・組合などについて,どんな種類の補助簿が使われているかを調べる。
(9)教科書にある仕訳帳について清書し,また例題について記入をなし,仕訳帳の形式及びその記入の仕方について研究する。
(10)教科書にある元帳について清書し,また例題について作った仕訳帳より転記を行い,その効用や転記の仕方を研究する。
(11)帳簿への記録や帳簿の保存は,法律によってどのように規定されているかを調べる。
三.学習結果の考査
総論にある学習結果の考査に準じて行う。
単元 六.決算のやり方
一.目 的
この単元においては,決算についての学習を通じて,次のようなことを理解し,会得する。
(1)決算の意義とその手続き。
(2)試算表・たな卸表・貸借対照表・損益計算書・財産目録などの作り方。
二.指導法
この単元においては,企業が一期間営業を行った後,どれくらいの利益をあげたか,どれくらいの損失をこうむったか,また財産の状態はどんなになったかを知ることは,過去の営業が適当であったかどうかを判断し,更に将来のくふうをするために必要である。また,このことは法律によっても規定されているのであって,生徒には決算が営業には不可欠のものであることを十分認識させる。
この単元における貸借対照表・損益計算書の作り方については,すでに単元二.「資本計算のやり方」において学習しているから,その場所での学習事項と連関して指導する。
指導法として各単元に共通な一般的事項は,総論第三章に準じて行う。
一.教師の準備と活動
(1)学校売店の各帳簿を整理しておく。
(2)学校売店の元帳について,各口座の試算表を作っておく。
(3)学校売店の財産について,過去のたな卸表を準備する。
(4)学校売店や附近の商店・組合・会社などの決算諸表を準備する。
(5)新聞広告に出る決算報告書を切り抜いて準備する。
(6)商法における決算に関する規定を研究しておく。
(7)決算について例題を用意する。
二.
生徒の活動(1)新聞広告に「決算報告書」が公表してあるのを知っているか,また,商店に「決算につき本日休業仕り候」と,はり紙のしてあるのを見たことがあるかを話しあう。
(2)教科書を読んで,決算がなぜ必要であるかを話しあう。
(3)学校の売店,附近の商店・組合・会社などについて,一年間に決算を何回,いつごろ行うかを調べる。
(4)決算について,商法にはどんな規定がなされているかを調べる。
(5)教科書にある各種試算表について清書して提出したり,その表のあらわす内容や特徴について話しあう。
(6)学校売店の元帳の各口座や例題について試算表を作る。また,学校売店の元帳記入の正否をたしかめる。
(7)学校売店にある商品の時価を調べる。また,建物・じゅう器などについては,これまで行っていた減価が正しいかどうか調べる。
(8)学校売店や附近の商店・組合・会社などでは,商品の評価に当たって,原価が時価より高い場合,原価が時価より低い場合について,そのどちらで評価しているかを調べ,その理由について話しあう。
(9)学校売店の財産について,たな卸を行い,たな卸表を作る。
(10)教科書にあるたな卸表について,清書して提出したり,更に例題についてたな卸表を作ってみる。また,その表の示す内容について話しあう。
(11)たな卸の結果できる,いわゆるたなざらえ品,すなわち汚損品・たい色品・破損品などについて,どう処分したらよいかをくふうする。また,附近の商店ではどう処分しているかを調べる。
(12)学校売店の主要簿・補助簿について締切を行う。また,例題の元帳について締切を行う。
(13)すでに学んだ資本・資産・貸借対照表・損益計算書について復習する。
(14)教科書にある貸借対照表・損益計算書・財産目録について,清書して提出したり,例題について実際に作ってみる。また,作ったものについて,それを見ながらその内容を話しあう。
三.学習結果の考査
総論にある学習結果の考査に準じて行う。
単元 七.その他の特殊事項にはどんなことがあるか
一.目 的
この単元においては,これまでに学んだ事項のほかに,知っておかねばならないことや,知っていたら事務の手数が省けることなどを学ぶのであって,次のようなことを理解し,会得する。
(1)受取手形勘定・支払手形勘定・割引料勘定,及び手形記入帳について。
(2)手形取引の仕訳の仕方,及び手形記入帳への記入の仕方。
(3)現金出納帳・仕入帳・売上帳などの特殊仕訳帳としての用い方や,元帳への転記の仕方。
(4)単式簿記の要領とその長所・短所と,単式簿記から複式簿記への改め方。
(5)伝票の効用・種類と,その作り方。
二.指導法
手形の授受の多い事業においては,手形取引の記帳はたいせつであって,よく熟知しておかねばならない。将来仕訳帳については,この用い方を知っておれば,記帳の手数を省き,事務を簡略にし得るのであるから,十分に研究させておくと,実際の活動において非常に能率的になる。単式簿記については小規模で単純な事業,たとえば小売商などではいまだに多く使われており,また,大規模で複雑な事業には複式簿記が必要であることを理解するためにも,この単式簿記の特徴をよく研究させるとよい。
伝票については,大規模な事業においては,事務が幾つかの係に分かれており,一つの取引について多くの係に伝える必要をみたすものであることを,実地に見学させて理解させるようにする。なお,指導法として各単元に共通な一般的事項は総論第三章に準じて行う。
一.
教師の準備と活動(1)学校売店の仕訳帳・手形記入帳・単式簿記用帳簿・決算表・特殊仕訳帳・各種伝票などを準備する。
二.
生徒の活動(1)中学商業第八学年の金融にある手形の事項を復習し,手形とはどんなものか,手形割引・裏書譲渡・不渡りなどについて話しあう。
(2)学校売店や附近の商店・会社・組合などの仕訳帳や手形記入帳を見せてもらう。
(3)教科書にある手形記入帳を清書したり,例題について手形取引の仕訳をして,それを手形記入帳に記入する。また,手形記入帳の示す内容について話しあう。
(4)教科書を通読して,現金出納帳・仕入帳・売上帳などを仕訳帳の一部として用いると,どんな利益があるかを話しあう。
(5)教科書にある現金出納帳の仕訳帳の一部としての使用例や,その元帳への転記例を清書したり,例題について特殊仕訳帳としての現金出納帳の記入の仕方を習い,元帳へ転記し,それらの示す内容について話しあう。
(6)郷土では、現在どんな事業に単式簿記が用いられているか,またそれはなぜかを調べる。
(7)学校売店や附近の商店では,単式簿記においてどんな帳簿を使用しているかを調べる。
(8)すでに学んだ帳簿の記入,締切,たな卸などについて復習する。
(9)たな卸について,単式簿記と複式簿記ではどんな点が相違しているかを調べる。
(10)教科書にある決算表について清書し,例題について決算表を作成し,その示す内容について話しあう。
(11)純損益の出し方について,単式・複式両簿記の相違を話しあう。
(12)学校売店の取引について,単式簿記によって記帳・締切・決算表の作成を実習する。
(13)単式簿記を複式簿記に改める方法について,教科書を通読して,学校売店における単式簿記を例にとって実習する。
(14)教科書を通読して,なぜ伝票が必要かを話しあう。
(15)附近の会社・組合などにいって,伝票使用の実際を見学する。
(16)教科書にある各種伝票について清書し,また,いろいろな例題について各種伝票を作る。
三.学習結果の考査
総論にある学習結果の考査に準じて行う。
学習指導要領職業科商業編
昭和22年12月18日印刷 同日翻刻印刷
昭和22年12月23日発行 同日翻刻発行
〔昭和22年12月23日 文部省検査済〕
APPROVED BY MINISTRY OF EDUCATION (DATE DEC. 18 1947) |
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