2.簿   記

 

総 論

 

第一章 はじめのことば

 

 一般に,日本人は事務処理の能率が低く,いうこと,行うことにあいまいなところがあり,その活動に計画性・科学性を欠いているといわれている。これらのことは日常の行動,家計,会社や役所の事務処理などにおいても,しばしば経験するところである。簿記の学習によって,幾分でもこれらのよくない習慣や態度を改めて,科学的な計画にもとづいて合理的・能率的に活動するならば,われわれは日常の家庭生活・社交・企業経営や,官庁における事務処理の実際に当たって,益するところが少なくないであろう。中学校における簿記はこの意味において,ただに事業の経営や事務処理に当たろうとする者にだけでなく,他の職業につく者にも必要であって,必ずや将来かれらの生活活動や事業活動に役立つときがあるであろう。

 

第二章 簿記の教育目標

 

 はじめのことばで考察したようなことを達成するために,学習を指導するに当たって具体的な目標をたててみると,次のようなことになる。

(1)個人の家計,会社の会計,国家の財政などにおいて,簿記が必要であることを理解する。

(2)簿記理論を理解し,その技能を体得して,記帳・計算・整理などの事務処理に当たって,それを合理的・能率的に処理する能力を養う。

(3)あらゆる事業の経営や家計に当たって,過去の成績を批判・検討してそれを改善し,将来の方針をたてる能力を養う。

(4)ものごとを処理するに当たって,綿密・細心に計画をたて,忍耐強く,しかも事実をありのままに記載し,整理する習慣をつける。

(5)ものごとを迅速に,正確に,ていねいに処理し,きょうの仕事をあすに延ばさない態度を養う。

 

第三章 簿記の学習指導法

 

 簿記の目標を達成するために,学習を指導するに当たって注意しなければならないことは,次のような事項である。

(1)簿記はどこまでも記帳が中心となるものであって,理論はこの間に織りこんでゆくようにする。

(2)例題は現実的であり,また生徒の生活に関係の深いものを選ぶこと。たとえば,商品の値段などは現在の価格を採用した方がよい。この点について,教科書中にある商品の値段は,およそ現実の相場とかけ離れているが,これは今日のわが国の経済状態が非常に不安定であって,適当な標準価格をきめることができないために,以前の値段を採用したのである。学習を指導するに当たっては,それらの値段を郷土における価格水準にまで引き上げて使用することが望ましい。

(3)将来,会計事務処理の実際に当たって,それらを,更により能率的・合理的に処理する応用力を与えるようにする。そのためには,与えられた多くの例題についての記帳・計算・整理などについて,単にそれを行って基礎を理解するのみでなく,たえず能率的・合理的な会計処理のくふうをさせることが必要である。

(4)商業科の教材との連絡を密にする。たとえば,現金収支計算・売上帳・伝票などは販売のところと,手形取引の記帳は金融のところの手形との連絡を考えるなどである。商業と簿記とは車の両輪のようなものであって,学校売店の共同経営において,生徒に仕入・販売・記帳・決算を一切まかせて,商業と簿記との密接な関係を知らせるようにする。

 次に,具体的な各単元の指導計画をたてるに当たって,その基本となる一般的簿記学習指導法を示そう。

 

 一.教師の準備と活動

(1)簿記について,生徒がすでにもっている知識・経験を調べる。

(2)生徒の学習活動にどんなものをとり入れるかについて,順序をたて,その誘導の方法を考える。たとえば,会計事務の実際を知らせるために,見学の連絡をとったり,あるいは宿題を課したり,討論会・報告会・共同調査などを行う。また,学校売店の共同経営と密接な連絡をとる。商店の経営は商業第七学年において学習し,その仕入・販売について熟知しているので,その販売・仕入の実際活動を第七学年にまかせ,その記帳・計算などの会計事務は第八学年と第九学年をして当たらせるようにして,教師はその協力者として指導するのがよい。学校売店における簿記は単・複あわせ行い,両者の比較・検討ができるようにしたい。もし学校売店のない所では開店準備から生徒に当たらせるとよい。

(3)生徒の活動に対しては,これをまとめていくための協力の方法を考える。端緒,理解,及び練習・応用・発展などの学習段階において,かれらの知識の獲得や理解,技術の体得に対し,どんな協力をしていくべきかというような具体的な計画をたて,生徒の活動の方向に対して助言を与えたり,いろいろな批判を与える。また,質問に応じ話しあう。

(4)商業簿記の理論を研究する。

(5)郷土において行われている簿記の実際を調べる。

(6)学校売店の記帳・会計事務について相談者となり,学習指導に必要な諸帳簿や諸表を教室に持参し,それを生徒に見せて参考に供する。

(7)教師自身の小遣帳や家計簿を記帳・整理しておく。

(8)記帳に関してたえず習熟して,模範的なものが示せるようにしておく。

(9)生徒の実習のために例題を準備する。

(10)参考書・掛け図などを用意する。

 

 二.生徒の活動

(1)小遣帳の記入・計算をする。

(2)家計簿や事業簿などの記入・計算の手伝いをする。

(3)学校の会計について,簿記に関する手伝いをする。

(4)学校売店の記帳・計算の事務を行う。これには,学習の進行状態を考えて,教師・第九学年生徒・第八学年生徒の三者で共同して行うようにする。なお,単式・複式の両簿記をあわせ行う。

(5)学校売店や附近の商店・組合・会社などにおける簿記の実状を調べて,報告会や討論会をひらいて話しあう。

(6)郷土において,むかしどんな簿記が行われていたかを研究し,報告会や討論会をひらいて話し合う。

(7)教科書や参考書によって簿記理論の研究をする。

(8)簿記棒の扱い方,ペンの使用法,線の引き方,数字の書き方,そろばんなどを練習する。

(9)教科書中の諸表を清書したり,例題について表を作り,記帳・計算をなし,また表の示す内容について話しあう。

(10)実社会におけるいろいろの取引状態を調べる。

(11)簿記について教師に質問したり,話を聞く。

なお,簿記の単元としては別にあげていないが簿記の学習を始めるに当たって,単元一.「収支計算のやり方」の学習時間の最初の一部をとって,簿記に必要な道具について知らせ,ペンの使い方,簿記棒の扱い方,線の引き方,数字の書き方などを練習させるのがよい。

 簿記に必要な道具は次のようなもので,これらは毎時間必ず持参させるようにする。

 

第四章 簿記の教材一覧表

 

 簿記の教材として,その標準を示すと次のようになる。

 これは単に一例としてあげたものであって,実際の指導計画をたてるに当たっては,簿記に関する学習時間,生徒の環境や心身の発達程度,これまでの知識・経験,学校の設備,附近の状況などを考慮に入れて,適当に取捨・選択,順序の変更,更に追補などを行うのがよい。

 教材一覧表は便宜上,知識・技能に分けたが,簿記は本来技術の学問であって,この技術を中心にして学習を進めさせるようにしてほしい。学習時間の扱い方については,おおよそ第八学年,第九学年各2時間で十分やってゆけると思うが,第七学年・第八学年・第九学年各1時間でもよいし,また第九学年だけ3時間でもやれるであろう。

   単     元

   知     識

   技    能

単元 一.

収支計算のやり方

 

(1)現金の収支計算

(2)記帳上の一般的注意事項

(3)企業における損益計算

(4)簿記とは

(1)現金出納帳の記入・締切の仕方

(2)損益計算の仕方

 

単元 二.

資本計算のやり方

 

(1)資本・資産の意義及びその相互関係

(2)貸借対照表と損益計算書

(3)損益発生の原因

(1)貸借対照表及び損益計算書の記入の仕方

 

単元 三.

簿記の取引とはどんなことか

(1)簿記における販引とは

(2)取引の種類について

(3)取引の二重性について

(1)取引の対立関係のきめ方

 

単元 四.

勘定について

 

(1)勘定の意義及び分類

(2)仕訳の意義・法則及び貸借平均の原則

(3)勘定口座の形式

(4)いろいろの勘定科目

 

(1)仕訳の仕方

(2)勘定口座の記入の仕方

 

単元 五.

帳簿について

 

(1)帳簿の必要及びその形式

(2)主要簿・補助簿の種類

(1)主要簿・補助簿の記入の仕方

 

単元 六.

決算のやり方

 

(1)決算の意義について

(2)決算の手続き,すなわち試算表の作成による元帳記入の正否の確認,元帳口座及び補助簿の締切,たな卸,決算諸表の作成など

(1)試算表・たな卸表・貸借対照表・損益計算書・財産目録などの作り方

 

単元 七.

 

(1)受取手形勘定・支払手形勘定,割引料勘定及び手形記入帳について

(2)特殊仕訳帳の利用

(3)単式簿記の要領と長所・短所

(4)伝票の効用と種類

 

(1)手形取引の仕訳の仕方

(2)手形記入帳の記入の仕方

(3)現金出納帳・仕入帳・売上帳などの特殊仕訳帳としての用い方,及び元帳への転記の仕方

(4)単式簿記における決算のやり方及び単式簿記から複式簿記への改め方

(5)各種伝票の作り方

 

第五章 簿記の学習結果の考査

 

 簿記においては,おとなでも理解しにくい理論が多く,しかも各単元において学習する事項は,互に密接な関係をもっているから,最初からしっかりとした知識・技能を身につけていくように指導していかないと,後で出てくる理論が非常にむずかしくて,手がつけられなくなる。

 記帳・計算・整理などについては,簿記が単なる観念的学問ではなくて実際的学問であることを思えば,おのずからあきらかなように,いくら理論を会得しても,実際の会計事務処理において過失をおかしたのでは意味がないのであって,平素から確実に体得させておく必要がある。したがって,簿記においては特に学習の各過程について,生徒があげたところの学習の成果を判定して,将来の指導法を考えていかねばならない。各単元における具体的考査法を考えるに当たって,その標準となるものを示そう。なお,学習指導要領一般編の第五章にある学習結果の考査によって,考査法の内容を理解してほしい。

(1)簿記に関する知識の修得状態について

 真偽法・選択法・記録法・ノート・学習状態・討論などによる知識の考査については,次のような点に注意する。

(2)簿記に関する基礎理論の理解の程度について

 完成法・判定法・討論・論文などによる。

(3)応用のための論文について

 記述尺度法などで考査する。

(4)簿記に関する技能の会得状態について

 一対比較法・記述尺度法などで考査する。

 技能に関する考査においては,次のような事項に注意する。

(5)実習態度について

 記述尺度法などで考査する。

 実習態度については,興味・正直・誠実・綿密細心・科学性・計画性・協調・忍耐・くふうなどを調べる。

 

第六章 簿記の参考書