それは国々においてどのように現われ方が違っていたか。
また,それはどのような結果をもたらしたか。
要 旨
近世後期とは,大体18世紀末のフランス革命から,19世紀末に至る時期をさす。この時期は,近世が最もはっきりと姿を現わした時代で,大体民主主義と国民主義との時代といってさしつかえない。
近世初期はいわゆる絶対主義の時代であった。すでに15,6世紀以来人々の間に自由の意識がめざめていたが,18世紀末までは,なお旧時代の遺制が種々の面に残っていて人間の生活をしばっていた。政治の上では絶対君主を中心としてそれと結託した貴族・僧侶を支柱とする体制が厳存し,一般庶民はなんら政治上の発言権がなかった。しかるに近代産業のめざましい発達は,じだいに富裕で教養の高い市民階級を生み出し,かれらはみずから被支配者たるの地位を脱して,政治的自由の獲得を望むようになった。この傾向は,すでに早く17世紀のイギリス革命として,また18世紀のアメリカ合衆国建国として現われた。しかも1789年に起ったフランス革命こそは,その最も強力かつ徹底的な現われであって,歴史の新しい方向を決定したものであるから,これを近世後期の出発点に置くことは至当である。ナポレオンはこの精神を継承し,これを全ヨーロッパに普及させようとしたが,野心と独裁的性格のために,ついにヨーロッパ諸国民の反ぱつに会って没落し,ヨーロッパには一時保守反動の政治が復活した。
フランス革命によって打ちたてられた近代民主主義の精神は,もはやその影を没することなく,やがて保守的勢力をはねのけて力強く発展するが,しかしその各国における現われ方は一律ではない。民主主義の推進者たる市民階級の勢力は,18世紀末から始まった産業革命によって,急速に強められた。産業革命は,フランス革命と並んで近世後期の出発点に立つ最も重要なできごとで,まずイギリスに始まり,フランス及び他の諸国にも,順次普及した。したがって市民階級が健全な発展をとげたイギリス・フランスの先進国では,民主化もまた比較的順調に行われた。特にイギリスでは,その穏健な国民性からまた一つには,すでに政党政治の基礎が確立されていた関係から,改革はおだやかに進み,選挙法改正・穀物法廃止などの成果を生んだ。フランスでは七月革命・二月革命・1871年の革命と幾度も激発的な事件を繰り返しながら目的を達した。
民主主義の運動は,ドイツやイタリアのように長く政治的分裂を続けた国や,先進諸国の絶えざる干渉圧迫に悩んだ国では,民族の独立と国土の統一をめざす国民主義の運動とがからみあっている。かかるところでは資本主義の発達も遅く,市民階級の力が弱く,これに反して,封建的勢力が強大であったから,19世紀後半に統一国家の形成は成就されたものの,それはなお完全に民主的なものではなかった。またロシアは19世紀に入っても依然として,専制君主政治が行われていたが,60年代に入ってようやく,上からの農奴解放が行われ,とにかく近代国家への第一歩を踏み出した。アメリカ合衆国は,独立後新たな民主主義国として着質な発展を続け,南北戦争をへて更に面目を一新し,めざましい進展を始めた。
資本主義は民圭政治の実現や国土の統一と相まっていっそうめざましい発展をとげ各国の国力は高度に充実したが,同時にその対外的活動も活ぱつとなり,19世紀後半から国際間の激烈な抗争を生み出すに至った。その際ヨーロッパで係争の地点となったのはバルカン及び近東の方面である。19世紀前半から後半にかけてロシアが地中海に出口を求めて南下しようとするのに反して,イギリス,フランス・オーストリアの諸国がトルコの独立保全を政策としてこれに反対し東方問題クリミア戦争・露土戦争などが起こった。べルリン会議以後は汎スラヴ主義を掲げるロシアの南下策と汎ゲルマン主義をかかげるドイツ・オーストリアの東進策との対立が激化した。しかしビスマルクの外交政策は,幾多の同盟・協商関係を樹立して,政治的緊張のうちにかなり長く勢力均衡を維持せしめた。
産業革命の結果近代産業が著しい発展をとげると共に,19世紀後半には,多数の工業労働者に関する新しい問題が生じた。かれらは市民階級の政治的自由獲得の運動を熱心に支持したのに,その利益は顧みられず,悪い生活を強いられる場合が多かった。それで労働組合運動や社会主義運動が現われ,民主化の問題もこれと関連しつつ発展した。なおそのほかにも19世紀末の各国には,つぎのような問題が起こった。イギリスでは,植民地統一の問題・アイルランド問題,ドイツでは文化闘争の問題,フランスでは対ドイツ問題,ロシアでは,専制政治の破たんに伴なう国内不安の増大などの問題がそれである。とにかくこの時期において各国とも民主化が進み,資本主義の発達も著しかったが,その程度と性格はまことにさまざまであった。
19世紀の初頭には,前世紀の啓蒙主義に対する反動から,一般に浪漫的・非合理的な傾向が強かった。市民階級の支配権が確立し経済が急激な発達をとげて,現実生活が人々の重大な関心の対象となるに及んで,新たに思想・芸術などのあらゆる方面に,現実主義の風潮が起った。同時に自然科学も,また飛躍的な発展をとげ,その成果は人間生活の種々の部面に応用されて,物質文明の隆盛をもたらした。しかし世紀の末葉に至って,再び現実主義にあきたらぬ傾向が起り,現実の中から新しい生活の方向・理想を見出そうとするようになった。
19世紀はまことに複雑な時代であった。そこに生まれた問題と苦悩もまた深刻で偉大な個性の努力と探究は,それだけ真剣であった。そのためかつてみられなかったほどの規模の大きな文学や,哲学も生まれ出た。またこの世紀においては産業の世界的拡大と交通の著しい発達が見られ,一方人道主義思想の発展と,国際平和主義・世界共同事業などを生み出した。
目 標
二.近代民主主義が,封建制度並びにそれに根ざす,一切の封建的なものへの抗争という意味を含んでいることを理解すること。
三.近世後期の歴史においては人間生活の経済的な方面が,特に重要な意義を持つに至ったことを理解すること。同時にそれが政治上の動きとどのような関係を持っているかを認識すること。
四.産業革命,資本主義の発展,市民階級のたい頭,民主主義の実現という近世史の基本方向は決して一律なものでなく,それぞれの国家の特殊事情に応じて異なった現われ方をしていることを理解すること。
五.卦建制度の廃棄の順調に行われた先進国と,行われなかった後進国とを比較し,19世紀における民主主義と国民主義運動の重要性を理解すること。
六.資本主義の概念を明らかにし,近代資本主義社会の発展の中からどのような問題が生じたか,またその問題を解決するためにどのような企てがなされているかを,認識して現実の世界の複雑な動きを理解する力を養うこと。
七.産業革命の進展に伴なって,人間の日常生活が一変したことを理解すること。
八.この時代に人々がどのような理想を追求し,また現実をどのようにとらえようとしたかを理解すること。
(二)国民議会と革命,民主的憲法の制定
(三)立法議会と外国戦争
(二)ジャコベン党の独裁と恐怖政治及びその没落
(三)執政政治とナポレオン
(三)諸国の反ナポレオン運動
(四)プロシア国民の反抗と解放戦争
二.近代民主政治はどのようにして発達したか。
(三)自由主義運動とその抑圧
(四)ラテン=アメリカ諸国及びギリシアの独立
(三)市民的勢力の増大と自由貿易主義 (四)選挙法改正問題
(五)穀物法廃止とその他の改革 (六)チャーチスト運動
(三)二月革命とその影響 (四)二月革命の意義
(五)フランスの第二帝政時代
三.国民主義はどのよにして発展したか。
(三)三月革命と国民議会 (四)プロシアとオーストリアの争覇
(五)普仏戦争とドイツ統一帝国の成立
(三)統一戦争と新王国の建設
(二)アレクサンドル二世の農奴解放
(三)虚無主義と保守への復帰 (四)ロシアの経済的発展
(二)ラテン=アメリカ諸国の独立とモンロー主義
(三)南北戦争とその意義 (四)メキシコの乱
四.ヨーロッパにおいて列国はどのように争ったか。
2.バルカン・近東をめぐる諸問題
(三)クリミア戦争 (四)露土戦争とべルリン会議
五.19世紀末の社会と国家はどんな性格を持っていたか。
六.19世紀に至り文明はどのような隆盛を来たしたか。
(三)浪漫主義 (四)浪漫主義の美術と音楽
(五)現実主義のたい頭 (六)写実主義と自然主義
(七)ロシア及び北欧文化 (八)世紀末の諸傾向
2.バブーフ 3.ナポレオンの活躍 4.ウィーン会議
5.農業革命と産業革命,両者の関係 6.チャーチスト運動
7.二月革命 8.ナポレオン三世 9.ビスマルクの事業
10.クリミア戦争の状況 11.19世紀における植民政策の変遷
12.アイルランド問題の歴史 13.ドレフュース事件
14.空想的社会主義と科学的社会主義
15.両極地探検の歴史 16.エジソン・パスツールの生がい
2.産業革命と資本主義の発達
3.産業革命はなぜ最初にイギリスで起ったか。
4.産業革命が,人間の生活にもたらした利益と弊害
5.フランス革命はどうして起ったか。
6.フランス革命の明治維新に及ぼした影響
7.ナポレオンの外征が他国に及ぼした影響
8.イギリス及びアメリカ合衆国が,ラテン=アメリカ諸国の独立を支持した理由
9.三月革命は,ドイツ統一運動の上にどのような意味を持っているか。
10.ドイツの統一と明治維新との比較
11.明治以後の日本の政治の推移を,西ヨーロッパ諸国の民主主義の発達と比較してみること。
12.アレクサンドル二世の農奴解放の性格と,それがロシアの経済的発展の上に与えた影響
13.アメリカ合衆国が独立後短期間のうちに急速な発展をとげた理由
14.バルカン・近東が国際的係争点となった理由
15.イギリスで政治上の諸改革が穏やかに行われたのは何によるか。フランスでは,それが急激な形をとって現われたのは何によるか。
2.シェタイン・ハルデンベルクの改革について調べて報告すること。
3.19世紀の代表的人物5人を選んで,その伝記を調べて報告すること。
4.フランス革命の前と後で,ヨーロッパの社会と政治にはどのような相違が見られるか列挙すること。
5.19世紀の間に,どのような政治上・社会上の権利が人民に与えられたかを,各国について調べて学級に報告すること。
6.1789年から1900年までに起った主要なできごと20を選んで,その年表を作ること。
7.ドイツに長く統一の出現しなかった理由を調べて報告すること。
8.ドイツの統一とイタリアの統一とを比較して,類似点と相違点とを箇条書にすること。
9.近代都市にはどんな種類があるか。以下のものにつきそれぞれの特徴によって分けること。
11.19世紀以後に生まれた自然科学の新業績を列挙し,それに伴なう発明・発見の一閲表を作り,それらの重要性についてのべること。
12.以下の文学者の主要な作品を挙げ,それらの持つ意義を考えること。
トルストイ ドストイェフスキー チェーホフ ハイネ ツルゲニェフ
ハウプトマン ボードレール スコット バイロン サッカレー
モーパッサン
ニーチェ ポー
15.レコードまたは音楽会でバッハ・ヘンデル・モーツァルト・べートーヴェン・シューべルト・ショパン・ブラ−ムス・チャイコフスキー・ドビュッシーなどの音楽を鑑賞してみること。
16.つぎの言葉の意味を説明すること。
インターナショナル 普通選挙 勢力均衡 責任内閣制
ツルゲーネフ「父と子」「處女地」
アナトール=フランス「神々は渇く」
ミッチェル「風と共に去りぬ*」
エヴ=キューリー「キューリー夫人伝」 ユーゴー「レ=ミゼラブル」
スタンダール「ナポレオン」 エミール=ルードヴィッヒ「ビスマルク」
ツヴァイク「マリー=アントワネット伝」
*奴隷に関する叙述には,十分とはいえない点があることに注意する必要がある。
一般的なもの
岡 義武 近代欧洲政治史 弘文堂
フューター 概観世界近世史 学芸社
榊原 誠訳
〃 ナポレオン時代史 〃
齋藤清太郎 佛革命及ナポレオン時代史講話 明治書院
クロポトキン 佛蘭西革命史 上・下(改造文庫) 改造社
淡徳三郎訳
カーライル フランス革命史(春秋社思想選書) 春秋社
柳田泉訳
ジャン=ジヨレス フランス大革命史 平凡社
村松正俊訳
マチューズ フランス大革命1 日本橋書店
彌津正志訳
グーチ ドイツとフランス革命 三省堂
柴田明徳訳
河合榮太郎 社会思想家評伝 日本評論社
五島 茂 ロバート=オーエン 三省堂
トインビー 産業革命史論 岩波書店
芝野十郎訳
ホブソン 近代資本主義発達史論 上・下 改造社
住谷・阪本・松沢訳 (改造文庫)
ノールス 産業革命史 文雅堂
川西正鑑訳
吉由保訳
鹿島守之助 ビスマルクの外交政策 有斐閣
チーグレル 獨逸思潮史 上・下 国民図書株式会社
伊藤・飯田訳 (泰西名著歴史叢書)
メーリング 獨逸社会民主党史(1〜4) 改造社
塚本三吉訳 (改造文庫)
リシュタンベルジェ 近代ドイツ・その発展 愛宕書房
水野俊一訳
西海太郎 フランス現代史(列国現代叢書) 四海書店
ピエトロ 伊太利史 興風館
東又 清訳
メーリング ドイツ史(改造文庫) 改造社
粟原 佑訳
リャシチェンコ ロシア経済史 慶應書房
東 健太郎訳
レーニン ロシアにおける資本主義の発展 岩波書店
大山・西訳 上・下(岩波文庫)
クロポトキン ロシア文学史 上・下(改造文庫) 改造社
伊藤整訳
ブランデス 十九世紀文学主潮史 春秋社
吹田・茅野・内藤・宮島訳
小説その他
大佛次郎 ドレフュース事件(改造文庫) 改造社
〃 将軍の悲劇−プーランジェ事件− 志摩書房
トルストイ 戦争と平和(1〜8)(岩波文庫) 岩波書店
米川正夫訳
ロマン=ロラン 愛と死との戯れ(岩波文庫) 〃
片山敏彦訳
ロマン=ロラン 獅子座の流星群(岩波文庫) 岩波書店
片山敏彦訳
バルザック 農民(バルザック全集10) 河出書房
水野亮訳
バルザック 幻滅(バルザック全集3) 〃
太宰施門訳
ユーゴー レ=ミゼラブル(1〜7)(岩波文庫) 岩波書店
豊島与志雄訳
ツルゲーネフ 父と子(世界文学全集21巻) 新潮社
米川正夫訳
〃 処女地(世界文学全集21巻) 〃
チェーホフ 桜の園(岩波文庫) 岩波書店
米川正夫訳
ミッチェル 風と共に去りぬ 上・中・下 三笠書房
大久保康雄訳
スタンダール ナポレオン 弘文堂
佐藤正彰訳
ルードヴィッヒ ナポレオン 鱒書房
中岡・松室訳
ツヴァイク マリー=アントワネット伝 大観堂
高野彌一郎訳
エーヴ=キュリー キェリー夫人伝 白水社
川口・河盛・杉・本田訳
アナトオル=フランス 神々は渇く(岩波文庫) 岩波書店
水野成夫訳