単元三 西欧中世世界はどのようにして形成され,また,どのように展開して行ったか。
要 旨
中世とは,大体四世紀末に始まるゲルマン民族大移動のころから,14世紀に文芸復興運動が起るころまでの凡そ千年間をさす。これを中世前期・中世盛期・中世末期の三つに分けて,考えるのが便利である。
中世前期は大約4世紀末から10世紀ころまでをさす。はじめにゲルマン諸族が南下して西ローマを滅ぼし,その故地に数個の国を建てたが,8世紀末フランク族によってゲルマン及び旧西ローマ諸族が統一され,中部及び西部ヨーロッパが政治的に一つのまとまった地域となった。それと同時にローマ=カトリック教会がフランク王国と提携してこれらの地に教勢を張り,文化的にもまとまった地域を形成した。
そしてカトリックによるキリスト教化は10世紀ころまでに北欧やイギリスにも及び,ここに西欧文化圈が成立する。こうしてできつつあった西欧文化圈は,つぎの中世盛期に至って完全な成長をとげるのであるが,中世前期のヨーロッパ大陸には,また東ローマ帝国を中心とする東欧文化圈とも称すべきものがあった。これは東ローマの古典文明と東方キリスト教たるギリシア正教とが結合して,東ヨーロッパの地に拡がって来たものである。なおイべリア半島には,当時の世界において最も勢の強かったサラセンの勢力が伸びて,ともすれば未成熱な西欧世界をおびやかそうとした。中世の西洋は大体この三つの文化圈からなっていたわけである。
中世盛期は大体11世紀から13世紀までをさす。イギリス・フランス・ドイツ・イタリアなど今日ヨーロッパに活躍している諸民族の大体の輪郭ができ上がるのが,このころであるが,一方主権の地方分散の現象が著しく,いわゆる封建制度か完成した。封建制度はまた社会的には国王・諸侯・騎士及び僧侶を上層階級とし,農民・職人・商人などを被支配階級とする整然たる身分制を確立し,経済的には荘園制の基礎の上に立っていた。封建制は,またカトリックのキリスト教文化と緊密に結合した。この期になると教会は精神的な面で,西欧に君臨したのみならず,政治的・経済的な勢力をも増大し,法王は各地の封建的諸侯をあやつって諸国の帝王と争い,全西欧を政治的にも支配せんとする勢を示した。同時にまた教会のもとに学芸の進歩も著しく,封建貴族階級と結びついていわゆる世界文化を促進させた。ここに至って西欧世界は,はじめて独自の高度の文化を有するに至ったのである。そしてこのようなめざまい成長をとげつつあった西欧の人々の精力は外にあふれ出て,この期において,たびたび東方に十字軍を送り出した。
十字軍は,中世盛期の重要な事件で,かつまた教会と封建武士とによって行われ,その意味では最も中世的なものである。中世史に指導的な役割を果たしたこの数度の東方遠征の結果は,かえって中世的体制の変化を促進した。十字軍の意義は,カトリックと封建騎士に代表される中世紀の西欧の力が,外にあふれ出て,東方のビザンチン世界を征服し,更にサラセン勢力の中心地域にまでも押し寄せたところにある。騎士たちによってイェルサレム王国や,ビザンチウムのラテン帝国が建設された。大きなものだけでも前後7回を算するこの大遠征は結局失敗に終ったが,これによって,西欧人はその見聞を広め,世界観に変化を来し,サラセンの学術のみならず,東方の物資を輸入するようになった。そのことは,またイタリアなどの都市の繁栄をもたらし,したがって経済的な変化を生じて農業本位の封鎖的な荘園経済を行き詰らせ,ついには封建体制の根底をゆすぶるに至った。西欧人の世界観の変化が,こうした事情とあいまって,教会の権戚を失墜せしめたのも当然である。そして教会に代わって諸国の国王がその権威を高め,騎士や諸侯の没落に乗じて,市民と協力して中央集権国家の形成につとめるようになった。フランス・イギリス・イスパニアなど各国の中央集権化は,15世紀末にはほぼ完成したが,そのころになるとイタリア都市を中心とする文芸復興運動は最高潮に達し,やがて新大陸が発見されて,西欧の歴史は近世に入るのである。
目 標
二.キリスト教の社会的意義を,カトリック教会発展の歴史によって認識させること。
三.封建制度が西欧の中世社会において,どのように大きな役割を演じたかを理解すること。
四.イギリス・フランス・ドイツその他の国々の建国の契機,並びにその後の封建的地方分権制から中央集権化への変化を理解すること。
五.近代市民文化の母胎となった中世都市,なかでも文芸復興運動の中心となったイタリアの都市の発生事情を明らかにすること。
教材の範囲
1.原始ゲルマンの分布状況・生活様式及びローマとの交渉
2.フン族の侵入と東ゴート・西ゴートの移動
3.西ローマ帝国の滅亡とその原因
4.東ゴート王国の建設とテオドリック大王
5.西ゴート王国・ヴァンダル王国・プルグンド王国
6.フランク王国とメロビンガ朝 7.ロンバルド王国
8.アングル族・サクソン族のイギリス侵入 9.ノルマンの活躍
二.キリスト教はどのようにして起り,それがどのようにしてヨーロッパに拡がったか。
1.原始キリスト教の性格
2.ローマ帝国内におけるキリスト教の普及とアタナシウス派
3.東方ギリシア教会とローマ=カトリック教会の分離
4.カトリック教会とフランク王国との提携
5.カトリック教会の全西欧教化 6.修道院運動とその影響
7.教会の経済的勢力の増大
三.フランク王国はどのようにして生まれ,どのような経過をたどったか。
1.メロビンガ朝とクロービス
2.カロリンガ朝とチャールス大帝の大帝国建設
3.キリスト教とフランク王国との提携 チャールス大帝のローマ法王による戴冠と西ローマ皇帝の称号の意味
4.フランク王国の分裂とその原因
四.中世において,東ローマ帝国はどのような意義を持っていたか。
1.ユスチニアヌス大帝の事業 2.ビザンチン文化とギリシア正教
3.東ローマの西欧世界に対する寄与
4.東ローマ帝国の滅亡とその原因
五.サラセンの活躍はどのようなものであったか。
1.マホメット 2.回教(イスラム教) 3.カリフと大帝国建設
4.サラセン帝国の二分
5.イスパニアにおけるサラセンとフランクとの衝突
6.サラセンの文化上の功績 7.サラセン文化の西欧に与えた影響
六.諸民族国家はどのようにして成立したか
1.各地の民族とその支配者(ゲルマン系の諸王朝)
2.東フランク王国(ドイツ)
(一)王朝の交替 (二)オットー大帝と神聖ローマ帝国の称呼
(三)皇帝のイタリア経営と国内諸侯の割拠
3.西フランク王国──王朝の交替,カべー朝の弱勢,封建制度の完成
4.イタリアの諸侯・都市及び法王領 5.イギリス王国
6.ロシアの建国,ノルマンのフランス侵略,その他のノルマン系王国
七.教会はどのような権威を持っていたか。
1.教会の経済的・軍事的並びに政治的勢力の増大
2.教会の文化上の功績 3.グレゴリウス七世
4.インノケンチウス三世 5.ボニファキウス八世
6.世俗諸侯の争いと法王対皇帝の争い
八.西欧の諸民族は東洋民族の侵入に対してどのようにして戦ったか。またスラヴ族とフランク族との争いはどんなものであったか。
1.フン族 2.アバール 3.マジャール 4.蒙古(もうこ)
5.トルコ 6.スラヴ族とドイツ人
九.封建制度の本質は何か。
1.荘園制度の起原 2.荘園制度と中世農業及び農民の生活
3.封建制度の発達 4.騎士の特権と義務
十.十字軍の遠征はどのように行われたか。
1.十字軍の原因 2.十字軍の経過 3.十字軍の性格の変化
十一.十字軍は政治的・文化的にどのような影響を及ぼしたか。
1.法王と封建階級の威信の消長 2.王権の変化と自由都市のぼっ興
3.西欧人の世界権の変化と教会の精神的権威の崩壊
4.東方文物の流入
十二.中世の都市はどのようなものであったか。
1.古代都市の没落と商品の衰微 2.交通の復活と市場の開設
3.イタリア都市のぼっ興 4.西欧各地における都市の発生
5.都市の自治権獲得 6.中世末期における都市の勢力増大
7.市民生活とギルド 8.市民文化の発生
9.都市発達の影響──貨幣経済の躍進,封建制度の崩壊,中央集権制の助長
10.わが国の中世都市との比較
十三.法王権はどのようにして衰微して行ったか。
1.信仰の冷却の原因 2.封建階級の没落と主権の強化
3.フランス王の法王圧迫 4.法王のアヴィニヨン幽囚
5.教会分裂(シスマ) 6.宗教会議の権威増大
7.コンスタンツァの宗教会議
8.異端と教会改革運動──ウィクリフとフス
十四.中央集権はどのようにして成立したか。
1.王権増大と中央集権化運動 2.フランスにおける王権の強化
3.イギリスにおける王と議会との関係
4.百年戦争の原因とそれが政治上に及ぼした影響
5.フランスにおける中央集権の完成
6.イギリスの内乱(バラ戦争)と中央集権
7.ドイツにおける帝権の消長──選帝侯・大諸侯としてのハプスブルク家の勢力増大
8.ドイツ諸侯と君主権強化の経緯 9.スイスの独立とその契機
10.北欧諸国の王権強化
11.ポーランドの内情とその重要性
12.ロシアの中央集権化の契機
13.イスパニア及びポルトガルの統一と,サラセン勢力のヨーロッパよりの駆逐
14.トルコの強勢 15.東ローマ帝国の滅亡とその原因
学習活動の例
1.アッチラ(フン王)の活動とその意義
2.最後の西ローマ皇帝ロムルスの退位のいきさつとその意義
3.ユスチニアヌス法典の成立とその意義また,これと大宝律令との比較
4.聖ベネディクトの隠遁 5.教会の儀式の模様とその文化的意義
6.マホメッドの生がいとかれの影響
7.回教の寺院建築・回教徒・他の教徒との相違
8.サラセン系の英語について例えば alcohol・algebra・sugar・sofa・Chemistry・Admiral など
9.カール大帝(シャールマーニュ)の伝説とローランの歌(創元社刊フランス文学史1参照)
10.カヌート大帝 11.アルフレッド大王
12.ビキング(ノルマン)の活動と北アメリカの発見また,ビキングの意味
13.ウイリアム征服王のイギリス侵入
14.カノッサの屈辱(グリゴリウス七世とヘンリー四世)
15.グリゴリウス七世の生がい
16.第一回十字軍の出発の経緯並びに第三回十字軍におけるイギリス王リチャード一世とエジプト藩王サラディンとの戦い
17.少年十字軍 18.ニーベルンゲンの歌 19.アべラールとエロイーズの恋愛
20.ヴェニスの共和政と繁栄の状況 21.中世末期のロンドン
22.ハンザ同盟繁栄の模様──ブレーメン・ハンブルク・ダンチッヒなどについて
23.ギルドの組織とその消長 24.黒太子 25.ジャンヌ=ダルク
26.ボヘミヤのフスの火刑とその意義
27.中世建築の発展及び他の建築様式との比較
28.騎士の服装と戦闘法,宣誓式の光景,トーナメント(競技)
二.つぎのことがらについて研究し討論すること。
1.ゲルマン民族大移動の原因
2.カトリックの中世における文化上の意義
3.西欧の荘園制庚と日本のそれとの類似点
4.西欧のギルドと日本の座との比較
5.西欧と日本の都市発達の比較
6.ヨーロッパの封建制度成立の事情とその崩壊の原因
7.都市がまずイタリアに発達した理由
8.十字軍の影響
9.キリスト教文化とサラセン文化との比較
10.東ローマ帝国の西欧世界形成に対する寄与
11.騎士と日本の武士との比較
12.中世末期に教会の政治的権威が衰えた理由
l3.中世は果して暗黒時代であったかどうか。その理由
三.つぎの課題について各自作業を行うこと。
1.ゲルマンの大移動について,地図につぎの各民族の大移動直前の居住地と建国した土地を書きこむこと。
2.白地図につぎの地名を記入すること。
コルドバ ノヴゴロド リュベック コンスタンツァ アヴィニョン
3.つぎの人物について最も有名なことがらを挙げ,その文化的意義について述べること。
アッチラ テオドリック
オドアケル クロヴィス
ロタール カヌート
ルーリク 聖アウグスチヌス
ベネディクト グレゴリウス七世
オットー一世 リチャードー世
ユスチニアヌス(大帝)
インノケンチウス三世 アべラール
トマス=アキナス ウイリアム征服王
ウィクリフ フス
ジョン(王) チョーサー
マルコ=ポーロ
4.つぎのことからについて調べ簡単な報告書を作って学級に報吉すること。
修道院 カリフ ヘジラ ユスチニアヌス法典
ゲルフ(党) 破門 夫役 ギルド
ラテン帝国(ビザンチウムにおける) 教会分裂(シスマ)
選帝侯 マグナ=カルタ ゴヂック式建築 武勲詩
バラ戦争 ハンザ(同盟)
5.つぎの本のうちどれかを選んで読み,読後感をまとめ互いに発表し合うこと。
聖書
スコット 「アイヴンホー」 スコット 「湖の麗人」
「アべラールとエロイーズ」 「ニーベルンゲンの歌」
「べーオウルフ」 パワー 「中世紀の人々」
参考書の例
聖書 日本聖書協会
大類 伸 西洋中世の文化 冨山房
原 勝郎 西洋中世史概説 同文館
中村吉次 封建社会 河出書房
小松芳喬 英国中世農村(教養文庫) 弘文堂
厨川文夫訳 べーオウルフ(岩波文庫) 岩波書店
スコット アイヴンホー(世界女学全集7) 新潮社
日高只一郎訳
スコツト 湖の麗人(岩波文庫) 岩波書店
入江直祐訳
パワー 中世紀の人々 大観堂
赤木俊訳
相良守峯 ニーべルンゲンの宝(ともだち文庫) 中央公論社
雪山俊夫訳 ニーべルンゲンの歌 前・後(岩波文庫) 岩波書店
久保正幡訳 リプアリア法典 弘文堂
金澤理康訳 ザクセンシェピーゲル 早稲田大学出版部
畠中尚志訳 アラベールとエロイーズ
−愛と修道の手紙−(岩波文庫) 岩波書店
聖アゥグスティヌス 告白 上・中・下(岩波文庫) 〃
服部英次郎訳
ペデイエ フランス文学史(一・二・三)
アザアル共編 (創元選書) 創元社
ペロー 独逸中世農業史 〃
堀米庸三訳