単元二 古典文明はどのようにして発生したか。また,それはどのようなものであったか。
要 旨
現代の西洋文明の基礎はいわゆる古典古代(クラシック)に築かれた。人類最古の文明は,今より凡そ5千年前オリエントの大河の流域に起ったが,その影響をうけて,小アジア及びエーゲ海に特殊の文明が発達し,それはやがて東部地中海全体に拡大した。これがエーゲ文明といわれるものである。
この世界に北方からギリシア人の租先が侵入して来てこれを占領し,その文明を破壊した。しかしこの野蛮人はエーゲ文明の影響と,みずからのすぐれた素質とによって比較的短時間に文明化し,ついにかの輝かしいギリシア古典文明を創造した。
その最盛期は紀元前5,4世紀にあった。自由を愛するギリシア人の間に起ったアテネの民主主義はぺリクレスの下に発達して,近代民主政治の輝かしい先駆となり,またギリシアの学問・芸術のあるものは現代においても価値を失わない。
しかるにギリシアにおいては,交通に不便な地理的条件や狭い愛国主義(ポリスの分立,闘争)のため,ついに民族的統一を見るに至らず,最後にローマの属領となってしまった。しかしその文明は,ギリシア人の植民とアレクサンドル大王の征服とによって全地中海沿岸に拡がり,更に東洋にも影響を与えた。
ギリシアの最盛期の末ごろ,西部地中海の中心イタリア半島に一小市ローマが起った。これがしだいに強大となり,カルタゴを滅ぼして,ついに全古代世界の支配者となった。
武力においては,ギリシアの征服者であったローマは,文明においてはその弟子にすぎず,ギリシア文明のともしびは,ローマによって忠実に受けつがれ,西洋文明の基礎はここに確立された。
ローマは,アッシリア・ペルシア・アレクサンドルの帝国などにもまさる大帝国を建てたが,内部的腐敗とゲルマンの侵入とによって滅亡した。
その末期に東方の一小国ユダヤに起ったキリスト教は,わずかの間に古代東方世界の精神的支柱にまで成長した。
目 標
二.河川を中心として発達した文明が海洋中心に移り,これに附随して文明の中心が東から西へ移動して行った事実を認識すること。
三.古典古代の文明の本質を明らかにし,その特殊性及びそれが現代西洋文明の上に持つ意義を会得すること。
四.ギリシア・ローマが,西洋文明にそれぞれどのような役割を演じているかを理解すること。
五.西洋文明の発達の上に,ギリシアによるペルシアの撃退(ペルシア戦役)ローマのカルタゴに対する勝利(ポエニ戦役)の持つ意義を理解すること。
教材の範囲
1.エーゲ文明
(一)その発見の由来 (二)クレタ文明 (三)ミケーネ文明
(四)トロヤの遺跡 (五)エーゲ文明の意義
2.初期のギリシア
(一)ギリシア人の移動 (二)土地と住民 (三)当時の社会
3.ギリシア人の同胞意識
(一)オリンポスの12神 (二)ホメロスの詩編
(三)ギリシア神話
(四)アンフィクチオニ(隣保同盟)
(五)オリンピア競技とギリシアの文化
二.ギリシア世界は,どのようにして拡大されて行ったか。
1.統一と分裂
(一)ギリシア人の植民 (二)ペルシア戦役
(三)デロス同盟 (四)アテネ海上帝国
(五)ペリクレス時代 (六)ペロポネソス戦争とスパルタの覇(は)権
(七)テーベの覇権 (八)マケドニアのギリシア統一
2.ヘレニズム世界
(一)アレクサンドル大王の征服事業 (二)ヘレニズムの意味
(三)ヘレニズム諸国 (四)アレクサンドリアの繁栄 (五)ヘレニズムの影響
三.ギリシアの文明は,どのようなものであったか。
1.ギリシアの政治
(一)君主政治 (二)スパルタの貴族政治 (三)せん主政治
(四)アテネの民主政治
2.ギリシアの学問
(一)ギリシアの哲学
(1)ソフィスト (2)ソクラテス・プラトン・アリストテレス
(3)エピクロス派とストア派
(二)ギリシアの歴史学
(1)ヘロドトス (2)ツキディデス
(三)ギリシアの自然科学
3.ギリシアの美術と文学
(一)美術の特色 (二)彫刻と建築 (三)叙事詩とじょ情詩
(四)悲劇と喜劇
四.ローマの共和政治は,どのようにして発達したか。
1.初期の歴史
(一)古代のイタリア半島 (二)初期のローマ (三)当時の経済と社会
(四)共和政確立への戦い (五)イタリア半島の統一
2.地中海の征服
(一)ポエニ戦役とその意義 (二)ハンニバルの奮戦
(三)東部地中海の征服
3.金権政治の発達
(一)農民の困窮 (二)政治の腐敗 (三)改革の必要
4.革命の1世紀
(一)グラックス兄弟の改革 (二)ユグルタ事件 (三)将領間の内争
(四)ユリウス=ケーザルの活動 (五)ケーザルの死
五.帝政期のローマは,どのような状態であったか。
1.ローマ帝国とその滅亡
(一)オクタヴィアススの統一 (二)アウグスツス時代
(三)ローマの平和 (四)テオドシウスの死と帝国の二分
(五)帝国の解体 (六)ローマ帝国滅亡の原因
(七)中世への推移 (八)ローマ帝国の意義
2.ローマの文明
(一)ローマ人の遺産 (二)ローマ法の特色
3.キリスト教の勝利
(一)イエスの生がい (二)イエスの教え (三)伝道
(四)キリスト教のローマ帝国への浸潤 (五)キリスト教徒の迫害
(六)キリスト教の意義と神話
学習活動の例
1.アテネの民主主義と現代のそれとの相違
2.ソクラテスの活動と死
3.古代世界の七不思議とは?(現代では?)その文化的意義
4.ギリシアの文化は東洋にどのような影響を与えたか。またそれは日本にはどのように現われているか。
二.つぎのこどがらについて研究し討論すること。
1.アテネとスパルタとの比較
2.ギリシア文化とローマ文化との比較
3.オリエントの文明と古典文明との比較
4.人類の歴史上,ソクラテスはどのような地位にあるか。
5.ローマ滅亡の原因
6.古典古代の文化的遺産のおもなものをいくつか挙げ,その重要性について討議すること。
三.つぎの課題について各自作業を行うこと。
1.つぎの著作を読んで読後感をまとめ,各自学級で発表し合うこと
(二)シェンキーヴィッチ「クオ=ヴディス」
(三)アナトール=フランス「タイス」
(四)フローべール「サランボオ」
(五)メレジュコフスキー「神々の死」
(六)バルフィンチ「ギリシア・ローマ神話」
2.白地図につぎのものを書きこむこと。
(二)ペロポネソス半島 ガリア ヌミディア リディア パレスチナ ナクソス サルジニア イオニア アッチカ ラコニア
3.全盛期のローマ帝国の版図を地図に描き,その中に含まれる現在の国々の名を記入すること。
4.単元二を通じて歴史的に,また後世に影響を及ぼした重要事実いくつかを挙げ,これを選んだ理由を各自説明すること。
5.ギリシアの劇作家・歴史家・哲学者の中から,それぞれ2名を選び,その著作や事績を簡単に説明すること。
6.つぎの言葉は何語に由来するかを,語原的に辞書を引いて調べて報告すること。
7.つぎの言葉の由来と意味とを調べて,学級に報告すること。
トロヤの木馬 アキレスのくびす(踵) 不和のりんご
シジフの苦しみ ヘラクレスの仕事
8.つぎの人物について,最も有名なことがらを口頭で報告すること。
ハンニバル ソクラテス オクタヴィヤヌス ヘロドトス
アリストファネス ネロ ユグルタ ペテロ
9.プルタークの英雄伝の中から,特に著名な人物2,3を選んで,学級で人物論を行うこと。
10.参考書を読んで,つぎの人物の伝記とその文化的影響とを調べて,学級に報告すること。
ソクラテス ペリクレス ケーザル イエス イソップ
11.今日行われているマラソン競走と,オリンピック大会の規約や内容・由来を調べ,学級に報告すること。
12.ギリシアの種々の政治形態を図表にして,学級に報告すること。
13.「参考書の例」の中にある小説を読んで,当時のギリシア人・ローマ人の日常生活について調べて報告すること。 また日本の古代人のそれと比較すること。
14.参考文献を読んで,ギリシア人・ローマ人の服装を男・女・僧侶(そうりょ)・兵士・貴族・奴隷・競技者・皇帝などに分けて,各自あるいはいくつかの組に分かれて調べ,その結果を報告し合うこと。
15.自分たちの郷土には,ギリシア式建築と見られるものがないであろうか,あればそれを写生し,それが何様式であるかを調べること。またわが国には,それがいつどのようにして入って来ているであろうかを調べること。
16.シェークスピアの「ジュリアス=シーザー」あるいは「アントニーとクレオパトラ」の一場面を劇にすること。
17.ギリシア・ローマの芸術に関する写真を集め。共同して教室で展覧すること。
18.黄金時代のアテネ市を見学したと仮定して,その印象を友人あての手紙にしてみること。
参考書の例
村川堅固 希臘史(列国史叢書) 三省堂
井上智勇 地中海世界史 弘文堂
坂口 昂 世界におけるギリシア文明の潮流 岩波書店
プレステッド 古代文化史 刀江書院
間崎萬里訳
ボツフォード 西洋古代史概説 改造社
竹林熊彦訳
金關丈夫 人類起源論 岡書院
清野報次
チャイルド アジア文明の起源 上・下 誠文堂新光社
彌津正志訳
ヴアン=ルーン 聖書物語(改造文庫) 改造社
神近市子訳
バルフィンチ ギリシア・ローマ神話(岩波文庫) 岩波書店
野上彌生子訳
原 隨園 ギリシア神話(教養文庫) 弘文堂
ストルーヴェ 世界古代史 第一編 白揚社
広島定吉訳
ドラポルト 東方古代世界史 三邦出版社
板倉勝正訳
呉 茂一 ホーマー物語(ともだち文庫) 中央公論社
プラトン ソクラテスの辨明・クリトン(岩波文庫) 岩波書店
久保・阿部訳
アリストテレス アテナイ人の国家(岩波文庫) 〃
原 隨園訳
ツキディデス 歴史 生活社
青木 巌訳
ケーザル ガリヤ戦記(岩波文庫) 岩波書店
近山金次訳 ゲルマニア 大岡山書店
西田 宏訳
小 説
フローベール サランボオ 上・下(改造文庫) 改造社
神部 孝訳
シェンキー・ヴィッチ クオ=ヴディス(世界文学全集) 新潮社
木村 毅訳
フランス タイス(世界文学全集) 〃
岡野馨訳
メレジュコフスキー 神々の死(新潮文庫) 〃
米川正夫訳
シェークスピア アントニーとクレオパトラ 中央公論社
坪内逍遙訳 (新修シェークスピア全集)
〃 ジェリアス=シーザー 〃