単元一 どのようにして人間が発主し,文明状態にまで達したか。
要 旨
考古学上の研究によると,人類の発生は今より凡そ30万年以上にさかのぼる。そのころの人類は,極めて原始的な猿(えん)類に似た動物であったが,これが漸次発展をとげ,今から3万年ないし5万年前に至って容貌(ようぼう)・骨格共に現在と変わらない人類,即ちホモ=サピエンス(Homo Sapience)が発生した。
この間に人類は完全に直立歩行し,意志を通ずる手段として言語を用いるようになり,また他の動物にくらべてすぐれた智力を発達させ,火の使用や道具の製作をもおぼえた。
かくて旧石器時代より新石器時代に入ると,これまでの単なる狩猟・漁撈(ぎょろう)の生活より農耕・牧畜の生活に入り,ここに人類は飛躍的進歩をとげた。そしてその末期には金属の利用をはじめ(金石併用時代・青銅器時代),原始的な絵画文字を発明し相当高度の社会形態を発達せしめた。
そして今より凡そ5千年前,ナイルやチグリス・ユウフラテス河の流域に高度の文明が発生した。エジプト及びバビロニアがそれであり,それらの中には現代文明のきざしがほとんどすべて含まれている。その影響のもとに周囲の未開種族は徐々に文明化し,これはまた逆に旧文明の中心に新たなる刺激と影響とを与えた。インド=ヨーロッパ人種による鉄器の使用,戦車の利用はその例である。
エジプトとバビロニアの文明は相互に影響しつつ,いわゆる古代東方(オリエント)の文明を形成し,歴史の進行と共にオリエントは徐々に一体化し,ついにアッシリア,ついでペルシアの大統一となった。
オリエントの文明は,主としてセムならびにハム種族の創造であったがその歴史の半ば以後(2000 B.C.→)インド=ヨーロッパ系の蛮族が北方から侵入して各地に国を建てた。ヒッタイト・ミタンニ・カッシイト・リディア・メディア・ペルシアがこれであるが,いずれもオリエントの文明に吸収同化されてしまった。後のアレクサンドルもローマも,ついにオリエントを文化的に支配することはできなかった。
オリエントの文明はギリシア人に影響を与え,かくして間接に現代のわれわれの文明に寄与している。
目 標
二.文明の発達は連続的なものであり,その間には多くの民族がおのおの独得の仕方でこれに寄与したことを理解すること(注2)
三.異質の文明の間の刺激と影響が,高度の文明を発達せしめる最も重要な因子であることを理解すること(注3)。
四.世界には多くの独立した文明の中心が存在した事実を認識すること(注4)。
五.文明の進歩の速度は近代に早く古代に遅い事実を理解すること(注5)。
六.歴史における時代の条件を理解すること(注6)。
(注1)今日の高度の文明は,突然起ったものではなく,人類発祥以来約30万年の徐々なる発達の結果である。粗雑な石器は磨(ま)製となり,更に金属器の発明となった。原始的な絵画文字からアルファべットが成立した。家族単位の社会は漸次に村落を形成し,都市を成し,ついに一個の主権国家にまで発展した。かくて長い野蛮未開の状態を経過して,人類は文明の域に達したのである。この長い間の試みと錯誤との累積の上に今日の文明の基礎が置かれたのであって,歴史時代以来のめざましい文明の進歩も,長い先史時代の間に徐々に成育し,文字の発明,金属器の使用,国家の成立などによって歴史時代に入ると共に飛躍的発展をとげ得たのである。
(注2)人類の進歩の段階(例えば旧石器時代・新石器時代・青銅器時代・鉄器時代)を,すべて経験した民族はない。ただ一度ともされた文化のともしびは,決して消されることなくつぎに受けつがれ,リレーのバトンの如くに今日に至ったのであって,その間火をつぐもの(リレーの走者)は,つぎつぎと代わった。そしてその火は,ある場合は強く,またある場合は衰えたりしたが,受けつがれて今日の複雑な文明が成立した。史上に現われる多くの民族は,いずれも多少の差はあれ,この過程になんらかの寄与を与えなかったものはない。今日の文明はこれらすべての総合であって,その起原は勿論ただ一つでは有り得ず,極めて複雑なものである。例えば太陽暦はエジプトに,六十進法・天文学はバビロニアに,鉄器の使用はヒッタイトに,科学はギリシアに,アーチの構築はエトルリアに起原するといったようなものである。
(注3)史上いずれの民族といえども,それ自身のみの努力で大なる文明を形成したものはない。異質文明の刺激のもとにのみ高度の文明は,形成せられる。その刺激・影響は時間的・垂直的のもの(過去)と空間的・平面的(同時代異民族)のものとに分けられる。例えばバビロニアの文化はシュメール人の遺産の上に,エジプト・インド・アルメニアなどの刺激をうけて成立したものである。すべての文明を考える場合にこの二つの条件を常に考慮せねばならない。
これと連関して,外部の影響をこうむらぬ文明は停滞するという事実がある。常に新たなる刺激に対して反応する文明は常に新らしく,これを止めた文明は,しばしば世界の文明に遅れる。
(注4)文明の起原は,現在までのところ,エジプトとかバビロニアとかただ一つの中心から拡がったとは考えられない。これはすでに述べたように高度の文明に欠くべからざる外部からの影響・刺激という点を考えてみても当然のことである。
西洋についていえば,まずエジプト及び両河地方(メソポタミア)に,相互の影響のもとに高度の文明が発達し(3000 B.C.ころ)ついでこの二大中心の周辺に二次的中心地が発達した。それは徐々に波紋を描いて文明圈を拡大し,エラム・アッシリア・シリア・小アジア・クレタなどがつぎつぎに文明化した。
世界における文明の発祥地は,オリエント・インド・中国,及び新大陸にあり,初期においては,強い相互の影響が認められるが,やがておのおの独立の道を歩み始め,それぞれ文明に対する独得の寄与をなした。
(注5)人類の歴史30万年を一日と考えれば,先史時代はその大部分を占め歴史始まってから現在までを5千年とすれば,その割合は,わずかに24分(ぷん)にしか当たらず,更に5千年の歴史時代を古代3500年,中世1千年,近世500年に分けると,おのおの16.8分,4.8分,2.4分となる。
文明の上において,旧石器時代の1万年くらいは問題でないが,20世紀においては,わずか1年の間に石器時代の1万年に相当する変化がある。
要するに前代の経験の累積が次代の進歩の速度を更に早め,ついには文字どおりの日進月歩の勢をなしたのであって,過去にさかのぼればさかのぼるだけ,人類の当面した問題はそれだけ困難であった。それ故,打製の石器が磨製となるような,今日から見れば簡単な変化にも実に数万年を要したのである。
(注6)現代の諸制度の根元が,過去にさかのぼることは事実である。しかしこのことは,それ故に現代のものが古代の復元であるとか,本質的に同じであるとかということとは違う。
教材の範囲
地質年代 |
洪(こう) 積 世 |
冲(ちゅう) 積 世 |
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歴史年代 |
先 史 時 代 |
原史時代 |
歴史時代 |
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考古年代 |
旧 石 器 (打 製 石 器)時 代 |
中石器時代 |
新石器時代 磨製石器 |
青銅器時代 |
鉄器時代 |
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氷河期 |
第 一 氷河期 |
第 一 間 氷 期 |
第 二 氷河期 |
第 二 間 氷 期 |
第 三 氷 河 期 |
第 三 間 氷 期 |
第 四 氷 河 期 |
後 氷 期 |
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実年代※ (単位万年) |
50万年前ころ |
47.5 〃 |
40.0 〃 |
37.5 〃 |
17.5 〃 |
15.0 〃 |
5.0 〃 |
2.5 〃 |
0.7 〃 |
0.5 〃 |
|
文化期 |
曙(しょ)石器 ※※ (?)
|
(?) |
シューレヤン アシューレヤン |
アシューレヤン |
ムステリヤン |
ムステリヤン オーリナシヤン ノリュートレヤン マグダレニヤン |
アジリヤン カンピニヤン |
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人類 |
(?)
(?) |
←—— |
直立猿(えん)人 北京原人 ピルトダウン人 ハイデルベルク人 ———————— |
ネアンデルタール人
——(古生人類)— |
ネアンデルタール人 (マンモス時代)
———————→ |
クロマニオン人 グリマルディ人 (トナカイ時代)
←—————— |
—(現生人類・ホモ=サピエンス)——————————————————→ |
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文化現象 技術 |
火の使用 言語の形成 道具の製作 |
こん棒 投やり |
埋葬(宗教の起源) |
弓矢の発明 骨角器の製作 (銛(もり)) 洞くつ芸術 |
土器の製作 磨製石器 織物の製作 |
銅器の出現(1.0) 青銅器の製作 |
鉄器の使用(0.35) 文字の発明 |
||||
産業 |
採集 |
狩 猟 |
狩猟・魚撈 (ぎょろう) |
食糧生産の開始 農耕・牧畜の起源と並行的発達 |
灌漑(かんがい)農耕 貿易・商業 手工業 |
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社会 |
家族群(?) |
村落・定住・社会 |
都市 |
国家の成立 |
※ 人類学・考古学・地質学によって,更にまたおのおのの学者によって算定基準は一定しない。
第四氷河期以後はほぼ一致する。ここでは太陽エネルギーの長期変化を基準としたミランコヴィッチの計算に従う。
※※遺物のみがあり,遺骨を伴出しないので,その製作動物については不明ある。
1.歴史と地理(または時間と空間)
2.過去と現在
(一)現在は過去に根ざしている。
(二)過去はそのまま現在に生きている。
3.東洋と西洋との特色
(一)舞台と主役 (二)歴史の発展 (三)文明の多様性
二.先史時代の文化はどのようなものであったか。
1.先史・原史・歴史
(一)未開・野蛮・文明の区別 (二)これを扱う諸科学
(三)段階は図式的なること。
2.人類の起原
(一)古生人類 (二)火の利用 (三)道具の発明(手と労働)
(四)言語の発達
3.旧石器時代
(一)時代区分 (二)洞くつ人種(クロマニオンなど)の宗教と芸術
4.新石器時代
(一)土器の発明 (二)農耕の起原 (三)動物の飼育
(四)多くの民族との交渉とその影響
三.オリエントの文明はどのようなものであったか。
1.オリエントの概観
(一)灌漑(かんがい)農耕
(1)古代文明のすべてが大河の流域に起ったこと
(2)河水の統制と政治的統一
(二)貿易と文化交渉
(三)農耕民族の宗教
(四)官僚制と社会階級
(五)エジプトとメソポタミア
2.エジプト
(一)歴史の大要
(1)古王国 (2)中王国 (3)新王国
(二)ヒエログリフ
(1)ロゼッタ=ストーンの解読 (2)パピルスの発明
(三)宗教
(四)イクナアトンの宗教改革(一神教の先駆)
3.メソポタミア
(一)歴史の大要
(1)シェメール・アッカド時代 (2)古バビロニア時代
(3)アッシリア時代(世界帝国の始め) (4)新バビロニア時代
(5)ペルシア時代(征服地に対する政治)
(二)くさび形文字
(1)ベヒスタンロックの研究
(2)保存された泥(でい)文書
(三)宗教
(四)ハムラビ法典の意義
4.東部地中海沿岸
(一)ヒッタイトの興起
(二)フェニキア人の活躍
(1)航海 (2)商業 (3)アルファべットの起原
(三)ヘブライ
(1)一神教(ヤーベ) (2)モーゼの十戒 (3)メシア
学習活動の例
1.古生人類
(一)直立猿人
(二)ネアンデルタール人 (三)北京人類
2.古代の建造物
(一)ピラミッド・スフィンクス・オべリスク
(二)バベルの塔 (三)インカのピラミッド
3.エジプト人の信仰
(一)死者の書 (二)ミイラ
4.クレタ人の生活
5.文字の起原と発達
(一)漢字 (二)くさび形文字の解読 (三)ヒエログリフの解読
(四)アルファべットの起原
6.最古の印刷術
7.考古学上の有名な発掘
(一)シュリーマンの発掘 (二)ツタンカーメンの墳墓
(三)ウルの王墓
8.有名な神話・物語・伝記その他
(一)モーゼ・サウル・ダビデ・ソロモン・ネブカドネッサル・ダニエル
(二)エジプトの神話 (三)バビロニアの神話
二.つぎのことがらについて研究し討論すること。
1.外部からの刺激が,文明の進行に及ぼした影響
2.未開・野蛮・文明の意味
3.古代文明と奴隷制
4.文明と地理的環境(例,ナイルとエジプト,クレタ文明と海)
5.オリエントの学問とギリシアの科学との相違
6.古代における各民族は,それぞれどのような点で文明の発展に寄与貢献したか。
7.エジプト文明とバビロニア文明との比較
8.バビロニア文明のイスラエルへの影響
9.ヨーロッパの新石器時代の文化と,わが国のそれとの比較
三.つぎの課題について各自作業を行うこと。
1.つぎのものは,文明へどのような寄与をなしたかについて,各自分担し,あるいは数個の班に分かれて調べ,その結果を学級で発表し合うこと。
(一)クロマニオン人 (二)エジプト人
(三)シュメール人 (四)フェニキア人 (五)ヘブライ人
2.オリエントの白地図を描き,つぎのものを書き入れること。
(一)ナイル・メンフィス・テーべ (二)チグリス・バビロン
(三)べツレヘム・死海・ヨルダン (四)ペルセポリス・スサ
3.つぎの人物を国土別,年代順にならべてその事績を簡単に説明すること。
(一)ハムラビ (二)イクナートン
(三)モーゼ (四)オブカドネッサル (五)ソロモン
4.単元一を通じて,歴史的に重要な事実及び後世に影響を与えた事項10を選び,表を作ること。またそれを互に比較して適当であるかどうかを討論すること。
5.各自の工夫した絵文字を使って手紙を書くこと。
6.エジプト模様を用いて各自手芸品を作ってみること。
7.クフ王のピラミッドと,仁徳天皇陵について,その面積・高さ・構造及びつくられた年代を調べて,対照表にし,それがその時代の文化の上に,どのような意義を持っているかを調べてみること。
参考書の例
単元一の参考書は単元二の終りにまとめてある。