単元Ⅱ 環境と人間との間にはどんな交渉があるか
〔要 旨〕
地球上,自然の状況が各地で異なり,また人間の生活様式や丈化が各地で異なっているとしたら,その両者の間にはどんな理論があるだろうか。人間がおのおのある環境の中に生活している以上,これにはなんらかの有形的,無形的関係が生ずるのは,当然である。これは古代ギリシアにおいても,古代シナにおいても,すでに注意されたところで,むしろここから人文地理が科学として発達してきたといってよい。
自然と人間との間の関係を一口にいえば,まず人間は自然が許す範囲内で活動することである。人間は,この自然の許す範囲の極度までそれを使っていることもあるが,また自然が利用されないで放置されていることもある。自然はそのままでは人間に働きかけるものではなく,人間がその自然を生活舞台として利用することによって,はじめて自然の力が現われてくるのである。即ちそこには,人間のもつ種々の社会的環境要素が考慮されねばならぬのである。
次に重要なことは,この自然と人間との関係は,時代によって著しく異なることである。自然は地質時代においては地殻の褶曲,地盤の昇降,氷河の進退などによって変化した。歴史時代になってからも,あるいは現在でも,火山の噴火,地震・洪水などにより変わりつつある。しかし概括的にみれば,自然は不変とみてよい。その不変の自然の中で,人間社会は500年前・100年前・30年前と漸次に変わっている。
このことから自然と社会との関係は固定したものでなく,人間が自然の中からある要素を利用活用していることがわかる。いいかえれば,両者の関係は時の要素を加えて,はじめて正しく理解されるのである。環境と歴史と文明発達の段階との三者の関係を理解することが,人文地理では最も必要である。人間と環境との間は,時代により制約・影響・結合・交捗・関係などと,種々の程度の言葉で表わされている。われわれは,自然を絶対的な力をもつものとする環境決定説におちいることなく,また自然の意義を沒却することなく,正当に理解することが必要である。
〔参考書〕
モンテスキュー(宮澤俊義訳) 法の精神2巻 昭和11年 岩波文庫
バックル(西村二郎訳) 世界文明史4巻 大正12年 而 立 社
ハンチントン(間崎萬里訳) 気候と文明 昭和13年 岩波文庫
フェーヴル(飯塚浩二訳) 大他と人類の進化 昭利16年 岩波文庫
大谷 東平 気象と国民生活 昭和18年 羽 田 書
大後 美保 日本作物気象の研究 昭和20年 朝倉書店
和辻 哲郎 風上−人間学的考察 昭和10年 岩波書店
藤岡 洋二郎 地理と古代文化 昭和21年 大八州出版会社
三沢 勝衛 郷土地理の観方−地域性とその認識 昭和6年 古今書院
竹内 利美 上伊那川島村郷土誌 続編 昭和11年 アチックミューゼアム
〔目 標〕
2.自然の許す範囲内のある部分を人間が使っていることの理解。
3.時代によって人間が自然を利用する程度のちがうことの理解。
4.全体的に自然と人間の間の関係の理解。
5.地球上における人間の分布とその増加の趨勢の理解。
6.日本及び世界の人口問題に関する理解。
〔教材の排列〕
2.作物の植附可能地域と現実の栽培地域。
3.時代により土地の利用の異なる諸例。
4.自然と人間と時代の三つの相互的な関係。
5.地球上における人口の分布(問題第一)。
〔学習活動の例〕
2.フィンランドを例として,各種の作物はどんな限界線をもつか。自然の条件と作物との関係を考えよ。
3.合衆国の綿花地帯はどんな限界線をもつか。
4.日本について作物限界線を調べよ。茶はどこまでできるか。みかんは?りんごは?さつまいもは?その他いろいろな作物や植物について調べよ。
5.最もよい作物はどこにできるか,限界線との関係はどうか考えよ。
6.世界について,米・小麦・甘蔗・甜菜・綿・茶などの限界を調べよ。
7.日本各地の特産物とその環境条件について調べること。例えば備後の畳表,瀬戸の陶器,灘(なだ)の酒,野田・銚子のしょうゆ,各地の和紙などはどんな環境条件を利用しているのか。また自然の条件以外にどんな社会的要素があるか。歴史的の発達はどうか。いろいろの丈献を調べて報告せよ。
8.北海道の一地方を例にとって,そこの歴史的変遷を研究せよ。その自然の環境要素はどうか。アイヌ人はどんな生活をしていたか。アイヌ人はどんな環境要素を最も利用したか。
9.次に,江戸時代に北海道へ渡って来た和人は,どんな生活をしたか。その活動と環境との関係はどうであったか。明治初期の開拓史時代はどうか。明治中期はどうか。第一次世界大戦は北海道にどんな影響を与えたか。
10.以上の各時代に北海道の人口はいかにふえたか。それは自然との関係においていかに説明すべきか。
11.日本の塩田の分布について説明せよ。なぜ現在は瀬戸内海沿岸に集中しているか。なぜ江戸時代から明治末期までは,全国の沿岸いたる所に製塩が行われていたのか。
12.郷土の産業や生活様式は,その自然とどんな交渉をもっているか。特に気候や地形が好条件を与えていると思われることがあるか。
13.郷土の産業や生活様式で,昔と今と変わった著しい例があるか。なぜ変わったのだろうか。その場合,自然との関係はどうか。
14.気候と文明について,ハンチントンはどんな研究をしているか文献を調べて報告すること。
15.“一地方の生活様式は,その地方の自然環境(a)によって決定される。(b)に影響される。(c)と深く関係している”この三つの表現のどれがよいと思うか。討議せよ。
16.環境と人間について学説を調べよ。古代ギリシアや古代シナにおのおのどんな学者がいて,どんな説を述べたか報告せよ。中世や近世では?日本では?モンテスキューの“法の精神”にはどんなことが述べられているか,調べて報告すること。
17.バックルの“文明史”の立場はどうか,調べて報告すること。
18.人文地理にはどんな任務があるか。研究の中心問題は何か。他の学科と異なる点はどこか。討議せよ。
〔問題第1〕(教科書第3章)地球上,人間はどこに住むか。
地球上における人口の分布は,人間活動の最も根本的な事実である。人口に関する問題は,それ自身,最も興味ある社会的現象であるが,ここにおいては,主として環境との関係を明らかにするために研究する。
〔教材の排列〕
2.居住地域の拡大に対して必要な条件。
3.現在の地球上の居住ら地域の限界。
4.経済の発達段階と入口支持力との関係。
5.19世紀以来の世界人口の増加。
6.世界における人口の多い3地域。
〔学習活動の例〕
2.現在までに,どんな化石人類が発見されているか。考古学・人類学の文献を調べて報告せよ。
3.歴史時代にはいるまでに,今日の居住地域のほとんど全部が人間に住まわれていたことは,何によって證拠だてられるかを考えること。
4.歴史時代にはいってから,居住地域に加わったのは,どういう地域か。またなぜそこがおそくまで,人間の居住をみなかったかの理由を,調べて報告せよ。
5.今日もなお居住地域は前進しているかどうか。例えば寒さに向かって,山に向かって,乾燥に向かってはどうかについて,実例をあげて報告すること。
6.居住地域を拡張するためには,寒さ・高さ・乾燥のおのおのに対して,どんなことが必要であるかを考えよ。
7.無人島に漂着した者は,まずどんなことをしなければならないか。ロビンソンクルーソーの物語,あるいは“無人鳥に生きる16人”を読んで考えよ。
8.ステップやツンドラ地帯では,なぜ季節的な居住をするのか。
9.アルプスは夏の間山の居住地域が広まるが何のためか。それを何というか。あるいは日本で季節的な居住の例があるかについて調べ報告せよ。
10.経済地域と人口密度の表を見て,両者の関係を論ぜよ。なぜツンドラ地帯に人口密度は低いか,これ以上ふえないか,なぜ農業をすると人向支持力がふえるのか,工業ではどうかについて考えること。
11.世界の人口はどこに多いかを考え,その3大集中地域とはどこか。そのおのおのの広さと人口数,その多い理由をおのおのについて調べ報告すること。
12.べルギーとジャワの人口密度を調べよ。両者とも人口密度の高い理由を討議せよ。
13.19世紀以来の地球上ならびに各大陸の人口増加表を見よ。(a)各大陸の増加の傾向を計算し,(b)急激にふえた大陸とその理由,(c)各年代において,アジア・ヨーロッパ・北アメリカのそれぞれ世界に対する割合,(d)更に余裕のあるのはどの大陸かを,諸種の資源地図を参照して考えること。
14.マルサスの“人口論”にはは,どういうことが書かれているか。マルサスがこの本を書いた動機などを調べ,更に現在世界の人口数について,かれの計算によるものと実数とを比較して報告すること。
15.郷士の県・郡・市町村について,できるだけ古くからの人口の記録を探してみよ。いかに変化したか。どうして変化したか。
16.現在の人口密度はいくらか。周囲の県・郡・町村とくらべてどうか。なぜそれだけの差があるか。
17.日本の人口について文献・統計を集めて研究せよ。どんな文献があるか。
18.江戸時代以前の文献には,日本の人口がどう出ているか。秀吉の全国検地の記録から,当時の人口を概算するには,どうすればよいか。
19.江戸時代以後の人口数を調べて図示せよ。増加曲線は何を語るか。明治以後の人口はどこで増加したのだろうか。村か町か。国民の職業構成を調べよ。
20.日本の歴史で無人の土地を開いて人口がふえたという例があるか。どこか。
21.日本は,最近1年にどれだけずつ入口がふえているか。将来もこの状況でふえてゆくと思うか。
22.日本の現在の人口は,土地に対し,資源に対し,多いか,ちょうどよいか,それとも少ないか。日本の人口問題とは何か。どんなことが問題となるのか。日本の人口問題の解決には,どんな方法があるか討議せよ。
23.現在の食糧で地球が養い得る最大限の人口数はどのくらいか。それについてどういう数値が出ているかについて調べること。
〔学習効果の判定〕
2.時代により,場所により,人間が自然から受け取るものに差異があることを理解したか。
3.人間の生活と自然あるいは環境との関連は極めて複雑・多方面であることを理解したか。
4.日本及び世界における人口の分布の概略を理解したか。
5.時代により,生産様式により,ある地域の人口支持力が異なることを理解したか。日本ならびに世界各国の人口問題について関心をもつようになったか。