〔要 旨〕
人文地理の根本的思想は,地球上いたる所の事情が同一でないということである。それは自然ならびに社会が各地域ごとに異なっているからである。経済学で取り扱う土地とか自然は,一つの抽象化された概念であるが,人文地理で土地といい,自然といい,あるいは文化・社会というのは,具体的なものであり,かつそれは多種多様の内容をもち,各地域ごとに異なっているものであることを,常に考えているのである。
そこで地理には,研究の素材として,各地にいかなる自然があり,いかなる文化があるかを知らねばならぬ。特に自然は,人間の生活舞台となるものであるから,自然地理的事実を閑却することはできない。どこにどんな気候があるか,どこにどんな地形があるか,海流はいかに流れているか,動植物はどういう分布を示しているかなどということは,自然地理の学科で研究し,また地図帳などで十分に知っていなければならぬ。次には同じ意味で,各地の住民の文化・生活様式が研究されねばならぬ。
これらは,多少百科辞典的なもの知りになることであるが,全然この素材の集積なくしては,人文地理の研究はあり得ないのである。自然環境の諸要素相互の間はもちろん,住民の文化や生活様式にも,ある一定の関係があるのだから,単に素材を捧暗記しなくとも,整理された知識として獲得しなければならぬ。
まずわれわれの生活様式が,その生活舞台の異なるに従って,著しく異なっていることを明らかにする。ここでは必すしも忽急にその原因を究明しなくともよい。ただ各地で,自然の状況や生活様式が著しく異なっている事実をつかみ,世界にはどんな自然や文化,どんな種類の生活様式があるかをみる。日本のことわざにある“所変われば品変わる"という事実を知ることが重要であって,世界には自分たちと生活様式を著しく異にしている社会があることを理解しなければならない。そして文明社会においては,その異なった社会が,おのおの相互に依存しあっているのが現状である。
〔参考書〕
各地の生活を記述したもの,例えば
鉛木 牧之(岡田武松校訂)北越雪譜 昭和11年 岩波文庫
綿貫 勇彦 瀬戸内百図誌 昭和7年 刀江書院
山口 貞夫 伊豆大島図誌 昭和11年 地 人 社
早川 孝太郎 古代村落の研究 黒嶋 昭和16年 文一路社
竹内 利美 上伊那川島村郷土誌 昭和9年 アチックミューゼアム
東大・農政学研究室 庄内田所の農業,農村及び生活
昭和11年 岩波書店
ウォーレス(谷田専治訳) 熱帯の景観 昭和17年 創 元 社
ハドスン(壽岳しず訳) はるかな国遠い昔 昭和12年 岩波文庫
また次のような叢書が素材としては利用できる。
日本地理大系 17巻 昭和4年−昭和6年 改 造 社
日本地理風俗大系 19巻 昭和4年−昭和7年 新 光 社
世界地理風俗大系 29巻 昭和3年−昭和6年 新 光 社
〔目 標〕
2.各地の生活様式の理解。
3.環境と人間の造営物との相互関係の理解。
4.近代文明の社会では,生活範囲が拡大したことの理解。
5.それとともに相互依存関係が大きくなったことの理解。
6.環境諸要素の理解。
2.エスキモー・蒙古人・ボルネオ土人の生活様式と環境。
3.建築材料と環境との関係。
4.近代的大都市の生活と環境。
5.世界各地の相互依存の事実。
6.自然の環境要素
a. 雨量図 b. 地形(高山・平原) c. 等温線図 d. 海流図 e. 動植物分布図
2.世界の気候図を見て,等温線が屈曲を示している所,雨量の少ない所,及びその理由について調べること。特に日本の場合についてはどうかをみること。
3.環境要素をあげて相互の関係を研究すること。例えば次のごとき表を作って各要素の作用を考える。
a. 狩猟 b. 遊牧 c. 大牧畜 d. 林業 e. 漁業 f. 集約的な農耕 g. 重工業
5.世界の人口分布図を見て,人口の密度の多い所,少ない所をあげ,その理由について報告すること。特に日本の場合についてよく調べること。
6.郷土について山の村や平地の村の生活は,どうちがうか,また平地でも丘陵性の地域と川沿いの地域とでどうちがうかを調べること。
7.グリーンランドと中央アジアとボルネオとの各地の住民の生活様式を想像して,その食物・衣服・住居・道具・交通機関,また周囲の民族との関係などについて述べること。
8.漂流記などによって,無人島に漂着した人々が,どうして生活を設計していったかについて調べてみること。
9.いろいろの旅行記を見て,そこの土地と生活について報告すること。
10.チべット高原と揚子江岸,日本アルプスの村と関東平野の村などについて,山地の生活と平地の生活とはどれだけちがうか,またその理由について報告すること。
11.北海道沿岸とオホーツク海沿岸との環境を比較し,同じ緯度にありながら,その人間の生活に与える影響がどうちがうかを調べ,その理由を考えること。
12.ボルネオ住民の生活とコンゴー地域及びアマゾン地城の住民の生活とを比較して,その同じ点,異なる点を調べること。
13.アンデス山地・ヒマラヤ山地,あるいはアルプス高地帯などの住民の生活を調べること。
14.ポリネシア・ミクロネシアその他大洋中の孤島の住民は,どういう生活をしているか。その衣・食・住・道具・交通機関につき調べて報告すること。
15.同じような立場から,日本本土に附属する小さな島々について,その生活の特色や歴史を調べて報告するとと。
16.山の中の孤立した社会,俗に平家の落人の子孫の村などという所の生活を老えてみること。これはBruhnesのいわゆる“山の島"であるが“海の島"とどういう点が異なっているか報告すること。
17.砂漠と大洋の住民はどんな交通機関をもっているか。それをあやつる方法は何か。大規模な移動の際にはどうするかなどについて調べること。
18.南西諸島・台湾など台風の通過地域では,どういう特殊な生活様式が発展しているか調べて報告すること。
19.日本の深雪地では,どういう特殊な生活が展開されているか。また鈴木牧之の“北越雪譜”に書かれている深雪地の生活について,その要旨を報告すること。
学習の内容が十分に了解され,目的を達したか否かについては,次のような方法によってみることか望ましい。単元Ⅱ以下についても,同じような方法を取り入れることができるであろう。
2.参考書や論文のみならず,一般の論説や記事を読んで意見をいう。
3.白地図に記入してみる。
4.報告を書いてみる。
5.クラス全体の討議をする。
6.新聞や雑誌の記事の中から,その学習の内容と関連してどんなことに気づいたかを話し合う。
7.父兄と会合したときに,日常の家庭における言動で,ものごとの世界的視野について,また国際的関心について何か変わったことがないかをきいてみる。
2.同じく人間の生活様式にも幾多の種類があることを了解したか。
3.近代文明社会では,生活範囲が拡大したことを了解したか。
4.世界中の住民が相互依存によって生活していることを理解したか。
5.本章の学習によって,国際的な問題に関心をもつようになったか。
6.国際愛・隣人愛ということについて考えるようになったか。