単元四 古い東洋はどのように老成したか

 

要 旨

 蒙古民族はアジアの大部分とヨ一ロッパの一部とを征服し,これまで直接に関係を持たなかった多くの国家と民族とを一つに結びつけた。しかしその征服が単に軍事的・政治的な面に限られていたのと,その期間も短かかったために,これらが混融して,一つの世界を形作るまでに至らなかった。それ故に十四世紀の後半に,その中心をなした元朝をはじめ三汗国が相ついで衰亡すると,アジアは再び昔ながらの孤立した幾つかの文化圈に分裂し,それぞれ独自の歴史を展開し始めた。

 イスラム世界におけるヘゲモニーは,セルジュク朝の勃興以來,すでにトルコ民族の手に移っており,蒙古勢力の衰退の後を受けて強盛となった中央アジアのチムール朝も,小アジアのオスマン朝も共に,やはりトルコ民族の国家であった。両者の抗爭はまずチムール朝の勝利に帰したが,その繁栄は永続せず,やがてオスマン朝は三大陸にまたがる大帝国となり,セリム一世に至って,カリフの地位をも獲得するに至った。かつその地理的好条件に恵まれて,東西両洋の交易を独占し,大いに繁栄した。

 チムールの子孫はアガニスタンより,東南に進んで,ヒンドスタン平原を掌握し,ムガール帝国を建てた。ついでアクバルの治世には,北インドの全域を統一して,中央集権的な国家体制を作り上げ,更にデカン高原にも進出した。またアクバルはインドの統一を妨げるヒンズー敎徒とイスラム教徒との融合をはかるため,新宗教を提唱したが,この方は失敗した。帝の後三代の間に,帝国の富強は絶頂に達し,ことに文化の面ではその最盛の時期であったが,宗教政策の失敗から,非イスラム教徒の反乱生じ,帝国の前途はようやく困難となって来た。

 東アジアでは,明の洪武帝が元朝を倒して,漢民族の帝国を再興した。故土に退いた蒙古民族は,東西両部に分かれていに抗争を続けていたが,その勝者となったものは常に明の北辺をうかがった。明はこのほかにも東南の海洋一帯を倭寇によって脅かされていた。そうして最後に東北より起った満州民族との戦いによって,財政上の破綻を招き,その負担を農民に負わしたことから発生した内乱によって自滅した。

 満州民族の帝国−清は,太祖の代に満を統一し,太宗の代に内蒙古と朝鮮とを従え,順治帝の代に明の自滅に乗じて中国に人り,明室遺族の抗戦をしりぞけて中国を統一した。ついで康煕・雍正・乾隆三帝の代にかけて,外蒙古・チべット・新彊までも平定した。こうして清の力によってパミール以東のアジアはほとんど一つの境域を形作るようになると共に,北方遊牧民族の南下運動に最後のとどめが刺され中国の平和が保障された。

 明が蒙古民族の支配を排除したことによって,中国の社会や文化はこれまでに徐々に進んで来た固有の方向を,いっそう発展させることとなった。清室は外民族ではあったが,その方向を乱すような政策はとらなかったし,またとり得るほど強力な文化的背景を持ってもいなかった。ことに明・清二代にわたって,比較的永く統一と平和との時代が続いたので,その傾向は更に強められ,ほぼ行きつくべき所に行きついたとの感が深い。その頂点に立つのが康煕・乾隆時代である。

 この孤立した文化圏を海上より結びあわそうと試みた者に,明の永楽帝がある。帝の派遣した艦隊は数次にわたって,インドやアラビア等に達したが,その事業は継続されることなくしてやんだ。そうしてその事業の継承者となった者は,もはやアジアの民ではなかった。ポルトガル船が喜望峰をまわってインドに到着したのは,それから65年の後である。また同じころロシアは,その東方に位するキプチャク汗国に致命的な打撃を与えつつあった。

 

目 標

 

教材の範囲

学習活動の例  

参考書の例

一.  市村 ■(せん)次郎      東洋史統 巻三            冨 山 房   昭18

                    東洋中世史 四(世界歴史大系Ⅶ)    平 凡 社   昭10

                    東洋近世史 一(世界歴史大系Ⅷ)    平 凡 社   昭11

                    中央アジア史・印度史(世界歴史大系Ⅹ) 平 凡 社   昭10

                    明の興亡と西力の東漸(世界文化史大系18)新 光 社   昭10

                    淸代のアジア(世界文化史大系19)    新 光 社   昭13

    田中 萃一郎          東邦近世史 三冊(岩波文庫)      岩波書店    昭14〜18

    和田 淸            支那 下(東洋思潮)          岩波書店    昭11

    ラトゥレット 岡崎三郎訳    支那の歴史と文化 上下        生 活 社   昭15.16

    矢野 仁一           近代支那史              弘 文 堂   大14

    稲葉 岩吉           支那近世史講話            日本評論社   昭13

    稲葉 岩吉           満州発達史              日本評論社   昭11

    矢野 仁一           近代蒙古史研究            弘 文 堂   大14

    岩井 大慧           西藏の文化(東洋思潮)         岩波書店    昭11

    ルネ=グルーセ 後藤十三雄訳  アジア遊牧民族史           山一書房    昭19

    アラン=ヘイグ=ドッドウエル 山本晃紹訳 印度政治史 上       帝國書院    昭19       

    スミス 岡川経訳        近世印度史 上            赤門書房    昭18

    ハーヴィ 五十嵐智昭訳     ビルマ史               北海出版    昭18

    ウッド 郡司喜一訳       タイ國史               冨 山 房   昭16

    楊 廣 咸 東亜研究所訳    安南史                東亜研究所   昭17

    エイクマン=スターベル 村上直次郎・原徹郎訳 蘭領印度史       東亜研究所   昭17

    加藤 繁            支那経済史概説            弘 文 堂   昭19

    小竹 文夫           近世支那経済史研究          弘 文 堂   昭17

    根岸 佶            支那ギルドの研究           斯文書院    昭7

    パーヂェス 申鎮均訳      北京のギルド生活           生 活 社   昭17

    ワグナー 高山洋吉訳      中國農書 二巻            生 活 社   昭15.17

    バック 塩谷安夫・仙波泰雄・安藤次郎訳 支那の農業          改 造 社   昭13

    天野 元之助          支那農業経済論 上中         改 造 社   昭15.17

    淸水 盛光           支那社会の研究            岩波書店    昭14

    和田 淸編           支那地方自治発達史          中央大学    昭14

    スミス 塩谷安夫・仙波泰男訳  支那の村落生活            生 活 社   昭16

    東恩納 寛惇          六諭衍義傳              文一路社    昭18

    ウィットフォーゲル       解体過程にある支那の経済と社会 上下 中央公論社   昭9

    平野義太郎訳          

    武内 義雄           支那思想史 (岩波全書)        岩波書店    昭11

    青木 正児           支那文学思想 下(東洋思潮)      岩波書店    昭11

    青木 正児           支那近世戯曲史            弘 文 堂   昭5

二.  植村 淸二           万里長城               創 元 社   昭19

    オウェン=ティモア 後藤冨男訳 万里長城の起源・ステップと歴史    生 活 社   昭15

                    (農業支那と遊牧民族)

    石原 道博           鄭成功                三 省 堂   昭17

    和田 淸            康煕乾隆時代(東亜史論叢)       生 活 社   昭15

    宮崎 市定           科挙                 秋 田 屋   昭21

    桑原 隲藏           唐明律の比較(支那法制史論叢)     弘 文 堂   昭10

    満鉄弘報課           満川農業図誌             非 凡 閣   昭16