要 旨
さきに唐を中心として統合された東亜の諸国は,唐の国勢が衰えて来ると,やがて分裂の形勢を現わすようになった。中国では,唐の滅亡後,五代の紛乱時代を経て,宋・遼の二国が南北に対立するに至った。その後,金が遼にかわり,宋は南方に追いやられて南宋となった。宋は唐末以来勢力を振るっていた武人の権力を抑えて,文治主義による政治組織を採用した。このため,宋の武力は弱まり,絶えず外民族に圧迫されて,国威は外に向かって伸びなかったけれども,漢民族の勢力はかえって国内の経済・文化の方面に集中されたため,この時代における経済・文化はめざましい発達をとげた。そうして,これらの進歩・発展に貢献したのは,唐末以来沒落した貴族階級にかわって,新たに擡頭して来た庶民階級であった。
先ず経済方面を見ると,各種の産業が発達し,貸幣経済が普及し,商業が繁栄し,外国貿易が隆盛になり,多くの商業都市が発生して,都市の商人階級が大きな勢力を持つようになった。かくして都市を中心として庶民の生活がすこぶる向上した。特に南宋になってからは江南の開発が著しく,これらの地方の都市がすこぶる繁栄した。今日の中国経済における江南の重要性はこのころから確立した。また宋代の農村では大土地所有が発展し,農民の小作農となるものが多かったが,南宋においては非常に小作制が発達した。次に文化方面を見ると,宋代には外方の文化があまり輸入されなかったため,從来の文化がいっそう消化され,批判されて,儒学・史学・文学等に新生面が開かれた。更に庶民生活の向上は美術・工芸等に発達を著しく促進させた。かくして宋は武力では東亜の諸国を威圧し得なかったけれども,そのすぐれた文化によって後世に至るまで中国はもちろん日本・朝鮮・安南等の諸国に著しい影響を与えた。
遼・金・西夏等の北方民族は漢族に対抗していたが,これらの諸国は武力にすぐれていたけれども,文化においてははるかに漢人に劣っていたため,遂にこれに同化されて,みずから亡んだ。しかるに蒙古が起ると,北方民族の武力は頂点に達し,逐に欧亜にまたがる史上空前の領土を占めて,蒙古民族の全盛時代を現出した。しかし蒙古は政治上には文武の重要なる地位を独占して,政権をほしいままにし,経済上には西域人を多く用いて,租税をせめとり,文化に対しても深い理解を持たなかったので,その勢力が永続しなかった。このため中国においても元朝治下では経済の発達が一時停滞し,一般庶民の生活も苦しくなったようである。また文化においても漢文化は振るわなくなり,ただ小説・劇曲・絵画等に見るべきものがあっただけであった。しかし唐以来とだえていた東西交通が再び開けたので,西方の文化が東伝して,漢文化に新しい要素を添えた。回教徒が中国で勢力を得るようになったのもこれ以後のことである。また西人の来朝する者が多くなり,東亜の事情が西方に知られるようになって,これが後に至って西洋人の東亜来航を促す基をなすに至ったのである。
目 標
二.唐の衰亡の後,東亜の諸国は中心を失って分裂し,互に対立する形勢を持続し,漢民族の勢力も国内に集中さて,東亜の再統一に向かわなかったゆえんを理解すること。
三.宋代にはどうして産業が発達し,商業が繁栄し,特に江南が開発されるに至ったかを研究して,このような経済の発達が現代中国の経済問題と深い関連を持っていることを理解すること。
四.宋代において学問・美術・工芸がどのように発達し,それらが日本の文化にどんな影響を与えたかを正しく理解すること。
五.遼・金・元等の外方民族の興亡を研究して,それらの国家が東洋における南北両民族対立の歴史の上にどのような役割を果たしたかを理解すること。
六.蒙古が欧亜にまたがる広大な地域を領有するに至ったことによって,東洋諸国は政治・経済・文化の上にどのような影響を受けたかを研究し,特に日本に対する影響についても正しく理解すること。
教材の範囲
(一) 唐末の内乱と五代の分裂 (二) 宋の統一 (三) 宋朝の文治主義
(四) 栄と遼及び西夏との交渉 (五) 王安石の改革 (六) 党争の展開
(七) 宋・金の衝突と宋の南遷 (八) 南宋と金との交渉
(九) 南宋の党争 (十) 南宋と金及び元との関係
2.宋代にはどのように産業が発達し,商業都市が勃興したか。
(一) 農業生産の発達
(二) 工業生産の発達
(1) 織物業 (2) 金属工芸 (3) 漆器製造業 (4) 陶磁器製造業
(5) 製糸業 (6) 製塩業
(三) 貸幣経済の発達と鉱業生産の增大
(1) 貨幣の鋳造と鉱業生産の増大 (2) 紙幣の発行
(四) 商業都市の勃興
(1) 都市制度の崩壊と草市の発達 (2) 定期市の意義
(3) 商人の種類と商業組合の行 (4) 職人組合の作
(五) 外国貿易の発展
(1) 南海貿易 (2) 日宋貿易 (3) 陸上貿易
3.宋代にはどのような新文化が建設されたか。
(一) 宋初の学術奨励と新文化の発生
(二) 道学の成立
(三) 史学・地理学・金石考古学の発達と印刷術・火薬・羅針盤の発明
(四) 文学の発達
(1) 文章 (2) 詩 (3) 詞と小説
(五) 美術の発達
(1) 絵画 (2) 書道 (3) 建築 (4) 仏教と道教
4.庶民生活はどのように向上したか。
(一) 庶民生活の向上
(二) 都市生活の繁栄
(1) 都市の相睦生活 (2) 都市の酒楼と瓦子 (3) 都市の年中行事
(三) 農村互助生活
(1) 荘園制の発達 (2) 農村の自治機関
(一) 遼の興起
(二) 高麗の建国
(三) 遼の強盛
(1) 遼の強盛 (2) 遼の制度
(四) 西夏の興起
(五) 金の興起と遼の滅亡
(六) 西遼の建国
(七) 金の隆盛
(1) 金の隆盛 (2) 金の制度 (3) 金の中興
2.漢文化は遼・金にどのような影響を与えたか。
(一) 漢文化の影響
(二) 遼の文化
(1) 文字 (2) 仏教 (3) 漢文学
(三) 西夏の文化
(四) 金の文化
(1) 文字 (2) 漢文学 (3) 仏教と道教
3.蒙古民族はどのように活躍したか。
(一) 蒙古の興起
(二) 中亜の征服
(三) 西夏及び金の滅亡
(四) 欧州の遠征
(五) 西亜の経略
(六) 元朝の成立
(七) 南宋の滅亡
(八) 高麗の服属と日・元の関係
(九) 南方諸国の経略
(1) 安南・占城 (2) 緬国 (3) 南海諸国
4.元朝はどのように盛衰したか。
(一) 元朝及び四汗国の領域
(二) 元朝の内政
(1) 官制 (2) 社会階級の区別 (3) 財政
(三) 元朝の衰亡
(1) 海都の反乱 (2) 皇位継承の争い (3) 元朝の滅亡
(四) 諸汗国の衰退
(1) イル汗国の衰退
(2) キプチャク汗国の衰退
(3) チャガタイ汗国の衰退
5.元代の文化はどのようであったか。
(一) 東西交通の発達
(1) 駅站の設置と陸上交通の発達 (2) 海上交通の発展
(3) 中国における海運の発達 (4) 大運河の改さく
(5) 西人の来朝
(二) イスラム文化はどのようにして東伝したか
(1) イスラム教の東伝
(2) イスラム文化の影響
(イ) 天文・暦算 (ロ) 数学 (ハ) 医学
(ニ) 地理学 (ホ) 砲術
(三) 元代にはどのような文化が存在したか
(1) 元代文化の特色
(2) 元代の宗教
(イ) ラマ教と仏教 (ロ) 道教 (ハ) キリスト教
(3) 元代の学芸
(イ) 蒙古文字 (ロ) 儒学 (ハ) 文学特に劇曲・小説 (ニ) 絵画と書道
(4) 元代の社会生活
(イ) 貿易港の発展 (ロ) 農村生活
2.宋・金対立時代のアジアの地図を描いて,諸国の領域と主要なる都市とを図示すること。
3.元代における欧亜の地図を描いて,元室及び四汗国の領域と主要な都市とを表わし,かつ東西の海陸交通路を示すこと。
次の図書を見て,その内容についてある程度の理解を持つようにすること。
3.五代史・宋史・遼史・金史・元史 4.文献通考
5.唐宋八家文鈔 6.諸蕃志・夢溪筆談 7.水滸伝
8.那珂通世訳注「成吉思汗実録」
三 写真または模造品の展観
2.宋代における銅銭及び金・元時代における交鈔の写真を見て,当時における貸幣に対する理解を深めること。
3.宋版・元版等の書物の写真について、その特色を観察すると共に,当時における印刷術の発達をしのぶこと。
4.宋の■京(べんけい)・臨安府,元の大都等の城市図並びに遼の上京臨■(こう)府,金の上京会寧府,元の上都開平などの遺跡図について,当時における都市の規模と構造とを推量すること。
5.遼・金・西夏・蒙古等の文字及び元のパスパ文字の写真について,おのおの特色を比較観察すると共に,それらの創作された意図について考察すること。
6.宋・遼・金・元・高麗等における仏寺・仏塔・仏典・仏教美術等の写真についてこれらの国々における仏教の隆盛をしのぶこと。またこれらと同時代の日本の仏寺・仏塔・仏教美術等とを比較観察して,その影響を調べること。
7.元代における符牌の写真についてその機能を調べ,これと駅站の制との関係を考えること。
8.宋・元時代における文人画について,その特色を理解し,これと日本における文人画と比較して,両者の間にどんな関係があるかを調べること。
四 口頭報告
2.宋代において農業生産が発達したことと大運河の利用価値が大いに増加したこととにはどんな関係があるかを調べること。
3.遼の隆盛と今日の蒙古語及びロシア語におけるキタイという語とにはどんな関係があるかを調べること。
4.成吉思汗時代における軍事組織。
5.蒙古のクリルタイの組織とその職能。
6.古来中国における歴朝の国号と元以後の国号とを比較して,その相違を指摘すること。
7.元室衰亡の原因を列挙すること。
8.元代に西方より来朝したおもな人々とその旅行記が東西の交渉に与えた功績を調べること。
9.元代にラマ教が盛んになった理由とその後世に与えた影響とを調べること。
五 報告書の作成
2.宋代における江南の開発とその後世に及ぼした影響とを調べること。
3.東亜における木綿栽培の発達と伝来の経路とを調べること。
4.宋代において商業が発達した理由,商人の種類,商業組合「行」の組織等について調べること。
5.宋・元時代において外国貿易が発達した理由,貿易港・貿易品等について調べ,特に日本との貿易関係について注意を払うこと。
6.道学が起った理由,そのおもなる学者の事績及び朱子学が東洋諸国に与えた影響を考えてみること。
7.宋代における史学の発達と日本に与えた影響とを調べること。
8.宋代における印刷術・火薬及び羅針盤の発明と西洋におけるこれらの発明とを比較すること。
9.宋代の文学において復古運動が起った理由,その提唱者,その影響等について調べること。
10.宋代に庶民生活が向上した理由及び文化史上よりみたその意義について考えること。
11.宋・元時代における小作制の発達を現代中国における小作問題と関連させて考えること。
12.宋代における農村自治機関とその後世に与えた影響とを調べること。
13.高麗が政治・文化の上にどのように中国の影響を受けたかを考えること。
14.遼・金の政治組織を比較して,両者の異同を考えてみること。
15.金・元時代に道教が盛んになった理由とその各派の分布状態とを調べること。
16.元朝治下における漢人の差別待遇とその理由とを調べること。
17.元代における駅站の制が政治・軍事・経済・交通の上になした貢献を調べること。
18.元代において大運河が改さくされた理由を考え,その交通・運輸上に与えた貢献について考えること。
19.イスラム文化が東伝して漢文化に及ぼした影響を考えてみること。
20.元代に劇曲が盛んになった理由及びそのおもなる作家を挙げること。
六 討 論
2.王安石の新法の善悪と新旧両党の功罪とを評価して,討論してみること。
3.宋・金の和戰について,南宋における講和派と主戦派との主張の是非を討論しあうこと。
4.唐・宋時代の荘園制度と日本・ヨーロッパのそれとを比較してその異同を論ずること。
5.蒙古が欧亜にまたがる地城を領有して,各国の政治・文化の上に与えた功罪を評価して討論を行うこと。
七 伝記の作成
李元昊・耶律大石・耶律楚材・元の世祖・朱熹
八 生活の復原と描写
2.宋・元時代における農民の生活。
3.宋・元時代における貿易港の状態。
九 見 学
博物館・図書館・文庫・寺院などや蒐集家たちを訪ね,次のようなものを見学すること。
3.宋・元時代の絵画 4.宋・元時代の陶磁器
5.宋代の建築様式を取り入れた建造物
参考書の例
一. 市村 ■(せん)次郎 東洋史統 巻二・巻三 冨山房 昭15.18
東洋中世史 三(世界歴史大系Ⅵ) 平 凡 社 昭9
東洋中世史 四(世界歴史大系Ⅶ) 平 凡 社 昭10
宋元時代(世界文化史大系XI) 新 光 社 昭10
和田 淸 支那 下(東洋思潮) 岩波書店 昭11
ラトゥレット 岡崎三郎訳 支那の歴史と文化 上 生 活 社 昭15
和田 淸編 支那官制発達史 上 中央大学 昭17
和田 淸編 支那地方自治発達史 中央大学 昭18
加藤 繁 支那経済史概説 弘 文 堂 昭19
加藤 繁 唐宋時代に於ける金銀の研究 東洋文庫 大14.15
宮崎 市定 五代宋初の通貨問題 星野書店 昭18
桑原 隲藏 蒲壽庚の事蹟 岩波書店 昭10
仁井田 陞 唐宋法律文書の研究 東方文化学院 昭12
仁井田 陞 支那身分法史 東北文化学院 昭17
池内 宏 満鮮史研究 中世一 岡 書 院 昭8
池内 宏 満鮮史研究 中世二 座 右 宝 昭2
箭内 亙 蒙古史研究 江 書 院 昭5
羽田 亨 元朝駅傳雑考 東洋文庫 昭5
池内 宏 元寇の新研究 東洋文庫 昭6
武内 義雄 支那思想史(岩波全書) 岩波書店 昭11
ドーソン 田中萃一郎訳 蒙古史 二巻(岩波文庫) 岩波書店 昭11-13
ウラジミルツォフ 外務省調査部訳 蒙古社会制度史 外務省調査部 昭12
ユール著コルディエ編 東亞史研究会訳編 東西交渉史 帝國書院 昭19
深沢 政策 マルコポウロ旅行記(改造文庫) 改 造 社 昭11
二. 内藤 虎次郎 中國近世史 弘 文 堂 昭22
内藤 虎次郎 近代支那の文化生活(東洋文化史研究) 弘 文 堂 昭11
佐伯 富 王安石 冨 山 房 昭16
外山 軍治 岳飛と秦檜 冨 山 房 昭14
曾我部 靜雄 開封と杭州 冨 山 房 昭15
ウラジミルツォフ 小林高四郎訳 チンギス・ハン傳 日本評論社 昭11
愛宕 松男 忽必烈汗 冨 山 房 昭16