第八章 第三学年の音楽指導
一 全体の指導目標
第三学年の指導目標も全体としては,第一学年及び第二学年の指導目標を発展させて行くべきであるが,第三学年においては児童は自已中心的傾向が抜けて来るから,音楽における協力の必要を次第に理解させて行くことと,また道具や機械に対する興味の起り始める時期であるから,楽器の教育,ひいては器楽の教育に漸次力を尽くすべきである。
二 歌 唱 教 育
一 指導目標
2.リズムの基礎の上に流れる旋律及び和声の美を総合的にとらえさせる。但し,そのとらえかたは感覚的にとらえることを主体とし,概念的にとらえることを第二とする。
〔説明〕リズムを主体とした教育からリズム・旋律・和声の総合的教育に進んで行く。但し,その方法は感覚的,行動的である。
3.音程の正しい感得を行わせる。
〔説明〕第三学年までで音程に対する正しい感覚を作り上げることが望ましい。
4.児童が心理的に自己中心的傾向を脱することを意識し,各人の協力がいかに音楽の美を増すかを感得させる。
〔説明〕第一学年・第二学年の自己中心的傾向から飛躍する時期であるから,歌唱における協力の必要をその美によって理解させる。
5.ヨーロッパ音楽の音組織を音楽教育の基礎として教える。
〔説明〕第三学年まででヨーロッパ音楽特にそれの長音階感を確立することが望ましい。
二 児童の生理的心理的発達段階,教材選択の基準,指導法
2.音域は次の標準による。
3.第三学年児童は心理的に外向的段階にあるから,特に明かるい生き生きした歌を教える。
4.拍子はこれまでのものに八分の六拍子を加えても差支ない。
5.附点音符の使用及び種類を増加するとともに,四種類以上の異なる種類の音符の混合はできるだけ避ける。
6.音階は長音階を主体とする。
7.調子は,ハ長調・ト長調・ヘ長調・ニ長調・変ロ長調をおもなものとする。
8.単音唱歌のほかに輪唱及び合唱を加えてもよい。
9.伴奏音型も幾分複雑にし,リズムの変化を味わわせるとともに,和声の動きを感じさせる。
10.歌の長さは八小節ないし十六小節のものが適当である。
11.第一学年及び第二学年の歌の内容に,自然を歌った歌及び友愛・協働を歌った歌を加える。
12.聴唱に更に視唱をも加えると同時に,楽譜に対する注意をできるだけ喚起する。
13.歌曲はできるだけ記憶させることにつとめる。
14.歌唱に伴なう身体の自然な運動は自由に行わしめ,形式的な行儀を強いない。音楽の喜びによって一学級全体の気持が集中するようにつとめる。
15.音楽を次第にその独立性において取り扱って行く。
三 学習結果の考査
第三学年の児童の歌唱教育における学習結果の考査は,次の諸点を中心にして行うべきであろう。
2.リズム リズムをとらえることは次第に純粋に音楽的なものとなって行かなければならない。
3.記憶
4.和音 和音をとらえることは音程をとらえることと深く関連しているが,またそれ独自の面もあるから,音程をとらえることと関連して和音感の程度を考査する。
5.視唱 視唱の考査は結局読譜力の考査である。第三学年は視唱と聴唱との併用時期であるから視唱の力の考査についてはあまり高い程度を望む必要はない。
四 教 材
巻末に示す教材は,教材の全部ではなくて一部である。したがって教師はそれらを参考として,なお広い範囲から選択することが許される。
三 器 楽 教 育
一 指導目標
〔説明〕楽器に対する単なる興味から漸次楽器に対する理解に進ませる。
2.音楽の持つ三つの要素を一体的にとらえさせる。
3.合奏において各人の秩序ある協力が,いかに必要であるかを理解させる。
二 児童の生理的心理的発達段階,教材選択の基準,指導法
2.音と楽器の関係について漸次概念的な説明を加えて行く。
3.リズム・旋律・和声を総合的にとらえさせる。
4.歌唱教育の教材は依然利用するが,器楽としての独自な教材も使用して差支ない。
5.使用する楽器の種類を増加する。例えばハーモニカ・木琴・笛・ピアノ・オルガン等。
6.器楽合奏による歌唱伴奏及び独立した器楽合奏をも試みる。
7.児童の才能によって漸次それぞれに適する楽器を試みさせる。
8.特に高度な技術を持つ児童のある場合には,これに十分適当したパートを与える。
9.さまざまな楽器の形体・音色・性能等を実物あるいは補助手段によって教えることができる。
三 学習結果の考査
第三学年の児童の器楽教育における学習結果の考査は,次の諸点を中心にして行うべきであろう。
2.読譜 歌唱教育の場合と同様あまり高い程度を望む必要はない。
3.技術 第三学年より漸次楽器指導を行うが,その場合には楽器の演奏技術の程度について考査する。そしてこの時にもあまり高い程度を望まず,むしろ正確さに重点を置くことが必要である。
四 教 材
教材は視唱教育の教材の利用を主とする。
四 鑑 賞 教 育
一 指導目標
2.曲の理解には一定の解釈を強制すべきではなく,各人の個性的解釈を深め且つ広めて行く。
3.音楽の各要素を総合的に味わわせる。
4.楽器に対する興味を持たせ,楽器に関する初歩的知識を与えるとともに音色美を味わわせる。
5.音楽に対する文学的解釈よりも音そのものの美を直接感得することを目的とする。
二 児童の生理的心理的発達段階,教材選択の基準,指導法
〔説明〕外向的段階にある第三学年児童は特に明かるい音楽を好む。
2.リズムを主体とした音楽に限らず,旋律や和声に主体の置かれているもの,更に各要素にわたって平均のとれた音楽を聞かせる。
3.一曲の長さは五分ないし六分までを適当とする。
4.音楽の種類は,舞曲的なもの,リズミカルなもの,力強いもの,明かるく美しいものを主として聞かせる。
5.特に複雑な楽器の組み合わせによる音楽を避けるほか,各種楽器及びそれらの自由な組み合わせによる音楽及び単純な合唱音楽を聞かせる。
6.特に楽器の特徴を生かしているような音楽を聞かせる。
7.ヨーロッパ音楽を中心とする。
8.教材の選択には歌唱教材・器楽教材との関連を考慮する。
9.歌唱教育に使用せられる教材を教師みずからが歌って聞かせたり,またレコードを利用したりして,児童自身が学習中の歌を客観的に味わう機会を与える。
10.時々発問し,その答によって適当なヒントを与えて行く。この場合強制的に答を求めることは避けなければならない。
三 学習結果の考査
第三学年における鑑賞教育の学習結果の考査は,次の二点を中心に行うのが適当であろう。
2.楽器及び音色に対する理解 音色の判別に対する力の程度を調査するのであるが,高い程度を望む必要はなく,まず基本的な楽器の種類についての判別の程度でよい。
四 教材 巻末に示す。
五 創 作 教 育
一 指導目標
2.豊かな想像力を持たせる。
3.創作教育はりっぱな作品を作ることを目的にせず,むしろ児童に創作の体験を味わわせることに重点を置く。
4.創作教育は全部の児童に強制すべきではないが,なるべく多くの児童に創作の体験を持たせるほうがよい。
二 児童の生理的心理的発達段階,教材選択の基準,指導法
2.創作は模倣から起るのであるから,模倣力を正しく発達させる。
3.歌唱教育で学習した歌と類似の歌詞を与え,その歌に類似した歌を作曲させたり,自作の歌詞に旋律を作曲させたり,また自由な旋律を作曲させたりすることも試みる。
4.旋律中の数小節を空白にし,これを児童に自由につながせ,できた結果を比較する。
5.楽譜及び楽典についての知識を徐々に与える。
6.特に才能に恵まれた児童には適切なヒントを与える。
三 学習結果の考査
第三学年における創作教育の学習結果の考査は,創作そのものに対してよりも,それの準備作業としての記譜力について行うべきで,それは読譜力とも関連する。ここでもあまり高い程度を望む必要はない。