一 全体の指導目標
第一学年では,児童の心理的発達段階の上から考えて,音楽教育のうちでも最も具体性を持っている歌唱教育に重点を置くのが至当と考えられる。歌うことは人間の感情の自然な表出であり,児童にとって特にそうである。したがって,歌うことによって音楽の美と喜びとを知り,気持を解放し,美しい情操養成への道を開くことは,音楽教育の正しい出発点である。ことに,歌唱においては,人間の肉体が楽器となるものであるから,随時随所で,演奏することができる特徴を持ち,利用にも極めて便利が多いので歌唱が重んぜられるのである。このように一学年では,歌唱教育に重点を置くけれども,しかし,これと同時に他の諸教育即ち器楽教育・鑑賞教育・創作教育に対しても適当な考慮を払い,指導を行う必要がある。なぜならば,歌唱以外の方面に恵まれた能力を持っている児童もあるであろうし,また音楽教育をできるだけ広い方面から行うことは,音楽的能力を健全に発達させ,音楽に対して正しい理解力を持たせる方法にほかならないからである。しかし,これらの諸教育のうちいずれを実施するかということは,直接教育の対象となっている児童の興味や能力や環境やその他学校の設備等によって決定せらるべき事がらであるから,その判断は学校自体にまかせらるべきである。しかし学校及び担任教師自体としてはできるだけすみやかにそれらの諸教育が適当な方法によって実行されるように努力するとともに,その実施についてできるだけの創意工夫をなすべきである。なお未分化段階にある当学年の児童に対しては,他の科目との一体的教育の方法を有効に実施する必要がある。特に遊戯・リズム体操・ダンス等の体育方面との結合,音楽絵画を通しての絵画との結合,歌詞を通しての国語教育との結合等は価値の高いものである。中でも体育との結合によるリズムを身体的,運動的につかむことは音楽教育としてのみならず,社会生活における団体訓練の基礎を作る意味で特に重視すべきである。したがって,この意味からは,従来の遊戯あるいは舞踊においてしばしば見られる抒情(じょじょう)的,文学的傾向よりも,むしろリズム体操やマスゲームなどの純粋にリズムやフォームを主体とした傾向に進む方が適当と考えられる。また絵画との結合においては,音楽から受けた印象を絵画に表現するというような聴覚印象を視覚印象に移す方法でなく,音楽絵画のような手段によるべきである。
〔口絵参照〕
音楽絵画とは口絵に示したように,旋律とこれを構成する諸要素とを,歌詞を利用して直接に結びつけたもので,子供の想像力を豊かにすると同時に楽譜の教育にも役立つものと考えられる。
全体として見る時,第一学年の音楽教育は,教師が教えこむという意味の教育としてでなく,児童自身が持つ音や音楽や楽器等に対する興味と好奇心とを自覚させ,音楽の喜びに心行くまでひたらせることを目的として行わるべきである。
二 歌 唱 教 育
一 指導目標
〔説明〕目標1はただ単に第一学年の歌唱教育の目的であるだけでなく,音楽教育自体の重要な目的の一つである。総論でも述べたように,歌うことの楽しさ,音楽を聴くことの楽しさをまず児童自身に自覚させることが大切である。音楽をいたずらに崇高なものと考える結果,これに近寄りにくいというような印象を与えることや,音楽の感じ方や歌い方を最初から規定してかかることは誤りである。自由な伸び伸びした心持で音楽に触れるべきである。これによって気持は開放され,さまざまな美しい情操に触れ,音楽による感興が一生の心の糧となるのである。即ち,教師がつとめるべきことは,児童の心のうちにひそんでいる音楽への興味を引き出すことで,その興味を正しい方向へ導いて行くことが大切である。多くの技術的訓練や知識のようなものも,この興味にもとづいて教授されなければならない。
2.リズム教育を主とし,音楽の律動的秩序を感覚的,運動的にとらえさせる。
〔説明〕第一学年の児童は感覚的,運動的な心理段階にあるから,音楽の諸要素のうちリズムに最も適合するものである。このことはリズムが音楽の最も基本的な要素であることにも適合する。リズムをとらえることは単に頭脳的にのみなさるべきものではなく,身体的になさるべきもので,この意味から感覚的,運動的段階にある児童に,音楽の基本的要素としてのリズムを直接的な方法でとらえさせることが最も適当である。しかし,これは旋律や和声を否定するものではなく,ただ重点の指向の問題である。そしてリズムを身体的,運動的にとらえることを十分に行わせるためには,体操や舞踊との関連が必要になって来る。
3.音程の正しい感得を行わせる。
〔説明〕音程を正しく感得させることは極めて重要である。そのためには和音との結合も必要であろうし,広い意味での聴覚訓練が行われなければならない。但し,このような基礎訓練の実施に当たっては,音楽の喜びを失わぬよう注意することが大切である。
4.しいて一学級全体が整然と統一的に歌唱することを強制せず,多少の自己中心的傾向を許容し,各自が各自として音楽の喜びを十分味わうよう指導する。
〔説明〕歌唱の場合にも器楽演奏の場合にも全体が統一的に表現することは大切であるが,第一学年児童においては自己中心的傾向がまだ残っているから,この点に対してある程度の考慮を払うことが必要である。即ち,統一的歌唱を強制せず,次第にそのような方向に向かって指導して行くようになすべきである。
5.ヨーロッパ音楽の音組織を,音楽教育の基礎として教える。
〔説明〕目標5は歌唱教育の場合だけでなく,音楽教育の全体にわたってとらるべき方針であるが,児童の音感覚を純一な基礎の上に作るため,まずヨーロッパ音楽の音組織を基礎として教え,これの確立を待って,次第に他の音組織にも理解を及ぼして行くべきである。最初から幾通りもの音組織を教えることによって,児童の音感覚の確立を妨げることは避ける必要がある。
〔説明〕発声及び発音の問題は歌唱教育の根本に触れる事がらである。児童の発声器官はまだ成熟していないのであるから,十分な保護を加えることが必要で,過度の使用から疲労を起すことは,児童が,音楽に対するあきを感じ,したがって興味を失う原因となる。発声及び発音に対する指導は常に親切な方法で行わなければならない。
2.音域は次の標準による。
〔説明〕第一学年の児童の標準音域は多数の統計の結果,上に示したものが基準と考えられる。しかし統計の結果を見ても,それに現われたところは多様であり,また統計者の音域調査に対する角度も必ずしも一定していないようであるから,教師は受持生徒の実際についてよく研究し,必要ある場合には歌曲を移調することも大切である。
3.第一学年の児童は感覚的,運動的な発達段階にあるから,比較的テンポの速い軽快な律動的な音楽及び単純な旋律による音楽を教える。
〔説明〕第一学年の児童の心理的段階から言って,この項目に示したことは当然である。このような規準は児童に音楽の喜びを与え,気持の開放をはかる上から適当である。
4.拍子は四分の二,四分の四,四分の三などの単純なものを選ぶ。
〔説明〕まずリズムをつかませる上から,拍子は単純なものを選ぶのは当然である。また二拍子系から三拍子系に及んで行くことも自然な径路であろう。その意味から,四分の二拍子を50%から70%,四分の四拍子を20%から30%,四分の三拍子を10%から20%というような割合に歌曲を選択することも一つの考えである。
5.附点音符及び三種類以上の異なる種類の音符の混合はできるだけ避ける。
〔説明〕児童の歌を日本古来のものと外国のものとについて比較してみると,日本のものには非常に附点音符が多いし,多くの種類を異にする音符が混合せられている。これには歌詞の関係もあろうが,しかしこれが,日本の歌を外国の歌に比べて,はなはだむずかしくしている原因の一つと考えられる。この項目に示した事がらは厳格な規定ではないが,要するに重点はリズムの上から単純なものを主とする意味である。
6.目標にもとづき音階は長音階を主とする。
〔説明〕長音階がヨーロッパ音楽の最も基礎的な音階であることはいうまでもないと同時に,子供が明かるい歌を好むことも自然である。また音楽によって気持を開放する上からも,将来の日本国民を明朗な健康な性格にする上からも,低学年において長音階による音感覚を確立することは大切である。しかしこれは,長音階の音楽に全く限ってしまうという意味ではなく,これを主体とするという意味である。
7.児童の知能的段階を考慮し,調子はハ長調・ト長調・ヘ長調を主体とし,ニ長調・変ロ長調をこれにまじえることができる。
〔説明〕視唱を主体とする時はハ長調のような単純なもののみをとるべきであるが,第一学年では聴唱を主体とする関係上,項目7にあげたような各種の調子をとることができるのである。特に音域の点から見る時は,ニ長調・変ロ長調は適当な場合が多いのである。したがって,これらの調子における移調も自由に考慮されて然るべきである。
8.児童の自己中心的傾向に照らし,単音唱歌を主体とする。
〔説明〕第一学年の児童には自己中心的傾向が多分にあるから,まず単音唱歌を主体として行くことが適当と考えられる。しかし,和音訓練などの特別な方法により重音唱歌を課することも興味ある研究で,それらの問題は教師の判断によって決定せらるべきである。
9.単純な伴奏により,和音感及びリズム感を養成する。
〔説明〕教師が唱歌を指導する場合,旋律だけによって指導せず,伴奏を附けて和音感及びリズム感を養うようつとめるべきである。
1O.注意力の持続性に適合するため歌の長さは八小節から十六小節までのものを適当とする。
〔説明〕児童の注意が常に集中されており,その上疲労を来たさしめないためには,あまり長い歌を教えることは不適当で,その意味から八小節から十六小節までの歌を基準とする。
11.歌曲の内容は次のようなものとする。
b リズミカルで遊戯と結合できるような歌。例 むすんでひらいて,あさのうみ
c 動物や植物を取り扱った歌。例 きんぎょ,ぶん ぶん ぶん
d 子供らしいユーモアを歌った歌。例 すずめ
12.聴唱を主体とするが,自然のうちに楽譜に親しむようにつとめる。
〔説明〕低学年においては音楽を耳から入れることは大切である。しかし,これと同時に楽譜をしっかり覚えることも極めて大切な技術であるから,最初から楽譜に親しませるべきで,そのためには音楽絵画のような方法も有効である。そして最初から系統的に楽譜を覚えこむ必要はなく,親しむことが大切である。なお聴唱を主体とする時にはリズム・音程などが不正確になる危険があるから,教師は歌を正しく教えることに最大の注意と努力を払うべきである。
13.歌曲はできるだけ記憶させるようにつとめる。
〔説明〕音楽の表現はこれを記憶するのでなければ十分にできない。これとともに歌を一生の心の糧とするためにも,できるだけ記憶させるべきである。
14.歌唱に伴なう身体の自然な運動は自由に行わしめ,形式的な行儀をしいない。音楽の喜びによって一学級全体の気持が集中するようにつとめる。
〔説明〕音楽の授業のうちからは,形式的な説教的要素は除くべきである。音楽の楽しさ,音楽の喜びによって学級の気持が集中するようでなければならない。音楽を通して学級が秩序立てられなければならない。形式的な行儀をしいないとともに,心のうちからの秩序が生まれて来ることが大切である。
15.教室において授業を行うことのみにとらわれず,季節に応じて戸外でも授業を行う機会を作るなど,歌唱即生活という本学年児童の特異性を考慮した取り扱いを工夫する。
〔説明〕音楽の教育には雰囲気(ふんいき)が大切である。したがって,美しい自然のうちでこれを行うことは,児童の心に極めてよい影響を与えるものと考えられる。都会では困難なことであるが,農村などではたやすく実行することができる。教師はバイオリン・笛,小さなオルガン,その他簡易な楽器を持参して指導することができる。教室における授業と戸外における授業とを適当に混合することは,よい結果を得られると考えられる。
16.他教科と密接な関連を保ち,可及的にそれらと一体的に取り扱う。
〔説明〕この項目は歌唱教育だけの問題ではなく,音楽全体に関係することであるが,具体的説明は他の箇所に譲り,ここではただ注意を喚起するにとどめる。なお他教科との関連的教育については,教師が種々創意工夫することが大切である。
第一学年児童の歌唱教育における学習結果の考査は,次の諸点を中心にして行うべきであろう。
2.リズム リズムに対する感覚が正確に作られているかどうかを考査することで,これも基礎訓練として,はなはだ重要である。そしてこれの考査にはただ単に音楽としての面からの考査だけでなく,身体的運動としてのとらえかたを考査する必要がある。
3.記憶 歌の記憶がどの程度にできているかを考査する。
巻末に示す教材は,教材の全部ではなくて一部である。したがって教師はそれらを参考として,なお広い範囲から選択することが許される。
三 器 楽 教 育
一 指導目標
〔説明〕楽器に対する児童の興味は本能的なものである。この本能的興味を調整し,次第に音楽的秩序にまで指導して行くことが器楽教育の第一歩である。そして,児童にはいたずらに高度な楽器を与えることをせず,児童の能力に応じた,また手に入れやすい楽器をできるだけ多く与え,楽器に触れる機会を増加するようにつとめるべきである。そして,自然のうちに楽器の持つさまざまな音色に,またその相違に注意させるべきである。
2.リズム教育を主とし,音楽の律動的秩序を感覚的にとらえさせる。
〔説明〕歌唱教育の目標2に説明したことと同様で,器楽教育においても,リズム的な楽曲に合わせて歩かせたり,ミハルスを打たせたりするように,リズムを感覚的,運動的にとらえることに重点を置くべきである。
〔説明〕音楽は音による芸術であるから,音の美しさは最も大切である。児童が美しい音を理解し好むようになることは,美的情操養成への第一歩である。
2.音に対する指導は児童の感覚的能力を中心に行うべきで,概念的説明は高学年において教授するのが適当である。
〔説明〕音楽に対する理解は直感的なものが基本となる。ことに低学年児童はそれ自身感覚的な段階にあるのであるから,音に対する指導は児童の感覚的能力を中心に直感的に行わるべきで,高学年において漸次概念的理解の加えられることが適当である。
3.最初の段階ではリズムを統一的に即ち一種類のリズムを取り扱うが,漸次二種類あるいは三種類の異なるリズムを混合させる。しかし,リズムの複雑な混合は避ける。
〔説明〕リズムのとらえかたを確実にするためには,できるだけ単純な形から始めるべきである。そのためには,最初は教育に参加する児童の全部が同一のリズムを手拍子あるいは楽器で演奏することから始めるべきである。
〔注〕全部の児童でまず(a)のリズムを,次に(b)のリズムを練習する。リズムの種類は歌をもととして教師が考える。 |
この方法あるいは段階が確実にせられたならば,二種類あるいは三種類の異なるリズムを組み合わせる。これを実施するためには,児童を二つあるいは三つの群に分け,漸次交代して異なる種類のリズムを演奏するよう指導する。
〔注〕児童を二つの群に分け,第一群には(a)のリズムを,第二群には(b)のリズムを受け持たせ,これを同時に演奏させる。次にその受持を交代させる。リズムの種類は歌をもととして教師が考える。 |
リズムの演奏は正確に行うことが大切で,特に強拍と弱拍の秩序をとらえさせなければならない。また身体の運動をこれに伴なわせることもよい。
4.初歩的段階においては,独立した器楽教材を与えることよりも,歌唱教育で使用する教材の利用を主体とする。
〔説明〕低学年の器楽教育は,リズム合奏が主体となり,旋律楽器を欠く場合が多いので,歌唱に伴なわせることが適当である。その意味から歌唱教材を利用するのを主体とすることがよい。したがって,このために入手できる楽器にもとづく合奏に教材を編曲することが必要である。楽器の組み合わせは型にはまった法則による必要はなく,入手できる楽器の種類をもととし教師が種々考案することが望ましい。
5.児童の身体的発育状態を考慮し,楽器を使用する場合には小型のものを選択することが望ましい。例えば,拍子木・ミハルス・トライアングル・鈴・カスタネット・タンブリンその他児童の製作した簡単な打楽器を主体とする。これらは,音色にも比較的変化があり,リズムを表わすにも適している上に,演奏も容易であるから,これの操作によって,リズムを体得させたり,器楽的な方面に興味を向けさせるのに極めて効果的である。
〔説明〕リズム教育を主とする関係並びに児童の身体的発達状態を考慮し,簡単な打楽器による合奏を主体とすることが適当である。しかし,児童中にこれらの楽器以外のものを演奏できる者のある場合には,これを適当に配置する考慮は必要である。
6.最初の段階では,手拍子あるいは簡単な打楽器で,歌唱せられる歌のリズムを打つ。これによって強拍・弱拍の関係,四分の二拍子,四分の四拍子,四分の三拍子のリズムを感覚的にとらえるよう指導する。
〔説明〕項目4に述べたように,最初は歌唱教育と関連して器楽教育を行うことが適当である。そのためには手拍子あるいは簡単な打楽器で歌の伴奏をすることから始めるのがよい。そしてこれによってリズムを確実にとらえさせるべきである。
第一学年の児童の器楽教育における学習結果の考査は,リズムを正確にとらえることがどの程度行われているかを中心とすべきである。この考査は楽器を与えてある時は楽器について,また楽器を与えてない時には手拍子あるいは身体の運動によって考査することができる。
四 教 材
教材は歌唱教育の教材の利用を主とする。
四 鑑 賞 教 育
一 指導目標
〔説明〕鑑賞教育には種々の段階がある。初歩的な段階では単に受身の態度で聞くのであるが,いつまでもここにとどまっているべきではなく,更に創造的な態度にまで進まなければならない。即ち,音楽に対する理解力や判断力を持ち,音楽の創造を理解する事が目的である。そのためには,まず先入観なしにその音楽に没入して,これを心行くまで味わうことが第一歩である。
2.曲の理解には一定の解釈を強制すべきではなく,各人の個性的解釈を深めまた広めて行く。
〔説明〕鑑賞を創造的なものとするためには,曲の理解に対し一定の解釈を強制すべきではなく,個人の自由な個性的な理解をもととすべきである。そして,これを深めまた広めて行く事が正しい方法である。この場合に,教師の適当な指導と援助とが大切な役割を果たすのである。
3.リズムをとらえることに重点を置く。
〔説明〕歌唱教育・器楽教育とともに鑑賞教育においても,低学年はリズムをとらえることに重点を置くべきである。しかしこの事はリズムだけを切り離してとらえさせるというのではなく,リズムに中心を置くという意味である。音楽はあくまでもリズム・旋律・和声の総合体であることを忘れてはならない。
4.旋律美を味わわせる。
〔説明〕児童が美しい旋律を愛好するのは自然なことであるから,美しい旋律によって音楽の喜びを味わわせるのは大切である。
5.音楽に対する文学的解釈よりも,音そのものの美を直接に感得することを目的とする。
〔説明〕音楽の理解は音そのものから直接になされるのが正しいのであるから,いたずらな文学的解釈はつとめて避けるべきである。従来は文学的解釈に頼り過ぎる傾きがあったが,これはなおさなければならない。
〔説明〕第一学年の児童の心理的特徴の上からテンポの速い軽快なリズミカルな音楽や,単純な明かるい旋律を持つ音楽を聞かせることが適当である。これによって児童の気持を開放することができるであろう。
2.一曲の長さは児童の注意集中の能力を考慮し,約二分から三分ぐらいが適当である。
〔説明〕注意を集中して聴かなければ十分な鑑賞をすることはできないから,曲の長さについては慎重でなければならない。曲の性格や児童の気分などを十分考慮してそのたびごとに適当に計らうべきであるが,ここに示した時間は一応の規準となるであろう。
3.音楽の種類は,舞曲のようなリズミカルな曲,明かるくまた美しい子供の歌,擬音的なものを含む曲などとし,できるだけ音楽的によいものを聞かせる。
〔説明〕ここにあげた各種類の曲は,これまでに説明した事がらから当然考えられる結果であるが,要は音楽的によいものを選択する点にある。この選択についての教師の責任は重大である。
4.歌唱教育の目的5によりヨーロッパ音楽を中心とする。
〔説明〕歌唱教育の目的において述べたように,まず児童に純一な音感覚的基礎を確立するためヨーロッパ音楽を主体として鑑賞させ,ついで伝統的音楽やその他の音楽にその理解を及ぼして行くことが必要である。
5.教材の選択には歌唱教育・器楽教育との関連を考慮する。
〔説明〕鑑賞教育の教材は,歌唱教育及び器楽教育の教材と総合的に関連していることが大切である。そして歌唱教育などの教材そのものも鑑賞教育の教材にすることができる。
6.歌唱教育に使用せられる教材を教師みずからが歌って聞かせたり,また蓄音器やラジオの条件が完備しているならば,レコードやラジオを利用したりして,児童自身が学習中の歌を客観的に味わう機会を与える。
〔説明〕鑑賞教育の第一歩は,児童が学習中の歌を教師の範唱によって客観的に味わう機会を与えることである。またこのためには,教材をレコードに吹きこんで聞かせることも有効である。児童みずからが歌う主観的な体験と,同じ歌を教師の範唱等によって客観的に体験することとは,あいまって音楽に対する理解力の増進に貢献する。
7.音楽を聞かせる場合には多くの説明を加えず,児童自身が自由にとらえ,また理解するにまかせると同時に,音そのものの美を直接感じ取るように指導する。
〔説明〕これは鑑賞教育の目的2及び5に対応する事がらで,音楽に対する理解は個性的なものをもととすることと,文学的解釈よりも音楽的にとらえることに重点を置くべきこととを意味する。音楽に対する理解の補助手段としての概念的知識は高学年において次第に導入することが正しい。
第一学年の児童の鑑賞教育における学習結果の考査は,音楽の感じに対する理解を中心に行うのが適当である。例えば,速い音楽,遅い音楽,愉快な音楽,静かな音楽などというような感じを理解することである。
四 教材 巻末に示す
五 創 作 教 育
一 指導目標
〔説明〕創作が可能になるには,まず心持が創造的にならなければならない。創作教育の第一歩は,直ちに作曲をするということではなく,児童が音楽の喜びを知ることにより,創造的な気持をあらゆる面に対して持つことである。歌唱においても,器楽においても,鑑賞においても,創造的な心持や態度をもって当たることが大切である。そうした心持や態度を持たせることが創作教育の第一歩である。即ち,音楽の喜びを知り,これによって気持を開放し,心から歌い,心から演奏し,心から聴くことである。
2.豊かな想像力を持たせる。
〔説明〕豊かな想像力は人類進歩の源泉である。豊かな想像力を持たせるように指導することは,芸術教育には特に大切である。しかし豊かな想像力は確実な実験性に基礎を持っていなければならないものであるから,音楽の場合には常に基礎的な知識や技術をしっかりと教育することにつとめなければならない。そして音楽についての豊富な想像力を持たせるためには,音楽や音楽家についての話を聞かせることも必要である。
3.創作教育はりっぱな作品を作ることを目的とするよりも,むしろ児童に創作の体験を味わわせることに重点を置くべきである。
〔説明〕小学校における創作教育は,りっぱな作品を作ることが直接の目的ではなく,児童に作曲の体験を持たせ,これによって音楽に対する理解や判断を深めることが大切である。もちろんよい作品ができるようになることは望ましいことではあるが,それを第一義的な目的にすることは誤りである。
4.創作教育は全部の児童に強制すべきではないが,なるべく多くの児童に創作の体験を持たせるほうがよい。
〔説明〕創作教育は強制的に行うことのできるものでないことはいうまでもない。しかし目標3に述べたように創作の体験を持たせることが目的であるから,それぞれの能力に応じて,できるだけ創作させることが望ましい。第一学年の児童では実際の曲を作るということは困難であろうから,目標1及び2に述べた事がらを中心にすべきである。
〔説明〕すでに目標4に述べたように第一学年では作曲に対する系統的指導を実行することは困難で,むしろ創造的気分を持たせるというような準備的教育を行うべきである。但し,特殊な児童はこの限りでない。
2.児童は自分の自由に思いつく旋律を持っているものであるから,そのような思いつきを育てるようにつとめる。
〔説明〕児童をよく観察していると,自分の自由な旋律を口ずさんでいる。そのように児童は自分の思いつく旋律を持っているものであるから,これを育てて行くことが創作へのはじまりである。
3.楽譜についての知識は作曲の基礎であるから,楽譜についての単語(例えば五線・ト音記号等)を少しずつ覚えさせる。
〔説明〕創作を表現するためには楽譜に対する知識が必要であるから,低学年では楽譜に対する知識を系統的に与えず,断片的な形でこれに親しませるよう指導することが大切である。
4.特に才能に恵まれた児童には適切なヒントを与える。
〔説明〕多くの児童のうちには作曲に対し著しい才能を持った者もある。その場合には適切な指導を与えると同時に,家庭と連絡をとり才能を十分に伸ばすことに留意する。しかし,創作教育はあくまでもこのような特別な児童を対象に行うべきではなく,一般の児童を対象にすべきである。
第一学年では創作教育の学習結果の考査は行わない。