第二章 算数科・数学科学習と子供の発達

 

 以上に述べた目的を達成するためには,諸能力を子供の身につけさせなくてはならない。その能力を子供の発達程度に応じ、目的に挙げだ項目に類別したのが次の能力表である。●印しの内容を更に細かにしたのが○印しの項目である。

 この表を使っていくにあたって,次のことがらに注意しなくてはならない。

 子供は,教材を学習することによって,その教材のめあてとしている能力を得ることはいうまでもないが,その能力はこれまでに習得した能力を一層高度のものとし,さらに次に来る教材への方向を示す力とならなくてはならない。それがために教師はいま取り扱おうとする教材は数学教育全体から見て,どのような位置を占めているかということをはっきりと見定め,全組織の中に生きてはたらくような系統立った有機的な能力が構成されるように取り扱うことが肝要である。もしも、当面している教材だけを考えて特殊なすぢみちを立てたり,特殊な方法を用いたりすると,数学教育全体として一つのまとまった考え方ができて来ない。すべて記憶によるか,帰納によるかしなければ解決することができなくなってしまう。したがって,思考の不経済でもあり,科学的態度もできず,高い文化生活を営なむこともできず,また,より高い文化生活も生れて来ないことになる。  数学の目的は,子供が環境におけるいろいろなことがらを考察処理して,すじみちを明らかにし,自分の生活を更新していくところにある。しかし,ことがらを考察処理するのに必要な能力は,一般に,表にあげたような単純なものではない。それを分析していけば,表にあげたような能力に分れるというだけである。いうまでもなく,分析された能力を持っていたからといっても、具体的なことがらを処理することができるとはいえない。

このように考えると,具体的なことがらを解決するには分析された能力をもっていることも大切であるが,それにもまして,現象を単純なものに分析していく能力が大切である。後者は深い見ぬく力を要するものであって,単純な能力を得させることだけを目標とする反復練習によっては得られないことがらである。

 能力表には,能力が学年の進むにしたがって発達していく様子を,階段曲線によって表わしてある。学習の指導は,この能力表によって,子供の能力を判断しながら,行われなければならない。階段が高くなるにしたがって,その能力はますますその内容を増し,大きな力を持つようになる。学年が進むにしたがって,階段が高くなり,遂には階段が低くなる。その階段曲線の囲む面積は,子供の能力の発達を示すもので,階段が低くなることは,その能力が子供の身に附いてしまって意識的には反復練習の必要のないことを示すものである。

 この表は,少数の実際教育にあたられた人たちの協力によってできたものであって,勿論完全なものとはいえない。アメリカにおけるこの種の実験調査の結果に較べると少し程度が高過ぎるようであるが,実際の経験から考えて一応このように決めたものである。わが国にはこのような能力についての実験結果の少いのが残念に思う。実際家の協力を得て,今後ますます研究し,子供の発達によく沿っているものを作りたいと思う。

 (註)表の各項目は,左を縦に上から順に見ていき,行きづまってから,右を縦に見ていくよう並べてある。

 

          能 力 表

1.数と物とを対応させる能力を養い,数える技能の向上をはかること

2.数系統を明らかにし,数の基本的な性質の理解を深めること

3.四則計算の意味を理解し,それらの相互関係を明らかにすること

4.計算の能力を養い,その技能の向上をはかること

5.比の観念を明らかにし,その使用に習熟させること

6.極限の観念を明らかにし,その理解を深めること

7.数学で取り扱う基礎的な量の理解を深めるとともに,その測定に習熟させ,測定技術の向上をはかること

8.数学で取り扱う基礎的な量に関する計算に習熟させ,また,単位間の相互関係を明らかにすること

9.いろいろなことがらを,グラフや表などに表したり,またグラフや表などに表されたものを理解する能力を養うこと

10.函数関係の見出だし,それを図に書いたり、函数的に考えたりする能力を養うこと

11.函数関係を,言葉や式で簡潔に表したり,また,言葉や式で表わされた函数関係を,理解する能力を養うこと

12.問題の構成を明らかにし,簡単に計算したり,式によって計算したりする能力を養うこと

13.量や数の大きさを,場合に応じて,直観的に評価する能力を養い,概数・近似値・測定値の取り扱いに習熟させ,正確度とその制約に関する理解を深めること

14.社会現象に関する関心を深め,統計的事実を理解したり,使用したりする能力を養うこと

15.物の概略の形をとらえたり,また,物の形や構造を図や言葉に表したり,模型に作ったりする能力を養うこと

16.幾何図形の基礎的な性質を直感的にとらえる能力を養うこと

17.物のはたらきを明らかにし,力に関する理解を深めること

18.数学的な言葉の理解を深め,その使用に習熟させること