第二章 小学校、一、二、三学年の国語科学習指導
第一節 話 し か た
新入生にとって、学校はまったく新しい世界である。すべてのことが、入学といっしょに、大きな変わりかたをする。
入学以前における児童の活動は、家庭とむすびついていたので、児童の世界は、家庭と身近な隣人であった。したがって、その人格的要素—行動も、言語も、習慣も、情操も、健康も、みな、家庭環境によって左右されるといっていい。家庭は、入学以前にすでにいろいろなことを児童に教えていたというべきである。
新入生を受け持つ教師は、学校教育の系統を、ふりかざしてはならない。まず、それぞれの児童が、家庭環境の中でどういう経験をしてきたか、そうして、どういう人格的要素を身につけているかということを、注意ぶかく観察してよく理解しなければならない。
(二) 幼稚園教育。
もし児童が、幼稚園の教育を経てきたのであれば、すでに国語の教育をうけるよい基礎ができているといっていい。
新入児童の教師は、幼稚園の課程を、よく理解しなければならない。幼稚園の経験をもたない児童に対しては、第一学年のしごとに幼稚園の発達的経験を、十分に加味することがたいせつである。
このばあい、「保育要領」という研究はよい材料と指針となるであろう。
(三)父母たちの了解。
右の二つのことを、よく理解して、はじめて、教師は、児童の必要と興味にかなった計画をたてることができる。児童は定まった授業を受けるまえに、その学習に関する心身の用意ができていなければならない。読書ができる年齢だというだけで、読む用意ができているということにはならない。児童をむりに、形式的な教育におし入れることは、この児童が学校がきらいになり、将来の発展をそこなうことになる。
ところが、ある父母たちは、就学すると、すぐに、正規の課業がはじまるものと思いがちでいる。それで、その父母たちに、まだ児童が、読みかたの用意ができていないとか、できているとかいうと、びっくりするのである。それは、この用意という原理が、今日ほど問題にならないまえに小学校の教育を受けたからである。だから、学校教育計画の変化をよくなっとくさせるように、同情と自信をもって、父母とよく話しあうことがたいせつである。
また、教師は、第一学年の課程の基礎になる児童のいろいろな能力を十分父母に説明しなければならない。すなわち、どの子どもも同時に歩けるようにはならないことや、すべてのあかんぼうが、同時に話しはじめるようにはならないことを、あらためて父母たちに気づかせるようにする。これらは、あかんぼうを育てた経験のある親たちであるから話せばすぐわかることであろう。歩くことや話すことがすこしばかりおくれても、長い間にはおいつくことができること、むりをしてはかえって悪い結果を招くことに、気がつくにちがいない。
さらに、読みかたや、作文の形式的な作業をはじめるまえに、子どものしている多くの活動が、やがて、学校教育で、意外なほど役にたつことを、実例を挙げてよく父母に話すようにしたい。
二 教育計画
新入学児童の調査によって、学校教育に対応する心がまえのたりないしるしを、いくつも見いだすことができる。
2 話しかたがおそかったり、話すことに気おくれがしたりする。
3 しょんぼりとひとりでいたり、ひとりでいたいと思ったりする。
4 先生や、ほかの人の話に注意が向かない。
5 一般にはにかみがちである。
以上はすこしばかりの例であるが、こういうしるしを見いだすことがあろう。そういう児童たちに対して、教師は特別に注意しなければならない。
(2) 児童が遊びそうなものを考え、また遊ぶ機会を与えてやる。この遊びから、なんでも思うままのことを、話しあうように導く。
(3) 遊びとして、ねうちのあるものを示してやる。
2 行儀や一般の行いをなおす時、くわしく説明したり、訓戒したりするよりは、端的によい模範を示したり、よりよいほかのしかたを示すようにする。
3 なかば形式的な話しかたの時間をつくる。
(2) 事実や空想の話をさせる。
(3) 日常のできごとや、物語をしばいふうにしくんでみる。
上記のような過程を通して、ことばの正規の教育の心がまえがやしなわれてくる。
教師は、次のような児童の心がまえのしるしを、すばやく見てとるように注意しなければならない。
2 熱した口調になったり、表情や動作が伴なったりして、自分の経験を正しく、力強く表わす能力が増してくる。
3 じっと耳を傾けて、集団のなかで行われる話しあいを興味をもって聞く。
4 いわれたことを実行する能力が増す。
5 敬語やていねい語がしだいにわかってきて、よい習慣がつく。
6 おつかいにいったり、伝言をくりかえしたりするようになる。
ことばの教授とともに、ことばを受け取る用意や心がまえが、しだいにはっきりと現われてくる。これはまた、学習活動が進むにつれて、いっそう注意せられるようになる。
こうした初期発展の段階は、ひじょうに重要である。教師はそれを軽く見すごしてはならない。以後の学習に対する児童のあらゆる態度は、この段階の経験に成功したという感情によってきまる。学習がきらいになるのも好きになるのも、この段階のとり扱いによるところが多い。
児童が読むことを学ぶ心がまえの熟してきた時こそ、もっと形のととのった話しかたの指導を進めるよい機会である。ひとりでに話しあいができるような気楽な空気が、教室にみなぎるようにすることがたいせつである。それには、いろいろな話がでるような場面を用意する。たとえば、次のような方法があろう。
2 家畜・乗りもの・花・虫・鳥・魚・おもちゃなど、こどもの愛するもの、おもしろがるものについて話させる。
3 見学や、遠足や、展覧会や、発表会など、学級活動を計画して話しあう。
4 ままごとあそび・店やごっこなど、集団的な遊びの間に話しあいをさせる。
5 いっしょに種まきをしたり、畠の手入れをしたり、うさぎや、にわとりや、魚を飼ったりして、話しあう機会を与える。
6 おもちゃをいっしょに作ったり、作ったおもちゃで遊んだりして話しあいをさせる。
7 紙しばいや、人形しばいなど、かんたんな演劇のなかに、実際の生活活動をおりこんで、ととのった会話のかたちを実演する。
8 絵日記や絵について自分の物語を話させる。
9 みんなで話しあいながら、黒板に絵をかいたり、みんなといっしょにしたことを話しあって、共同作文を作ったりするような学習活動を計画する。
10 個人的な経験や集団的な経験を、「お話の時間」に話すようにしむける。
このような自然で、幸福で、しかも、自由な話や話しあいには、次のような効果が考えられる。
2 自己中心的な傾向のある子どもにも、団体としての生活を気づかせる。
3 だんだん語数を増す。
4 筋のとおった考えかたをするようになる。
5 いろいろな機会における聞きかたの態度ができていく。
また、話しかたの習慣としては、次のような諸点が達せられるであろう。
2 高すぎず、低すぎず、適当な声で話す。
3 興味や親しさのよく現われた声で話す。
4 ことばがごたつかぬように、ゆっくりと話す。
5 発音を正しくして、はっきりと話す。
6 必要のない単語や音をださないように話す。
7 文法的に正しい話しかたをする。
8 新しい単語をつかう。
また、話す時の作法として、次のような諸点に気がつくようになる。
2 他人にはていねいなことばをつかう。
3 他人が話をしている時に、かってにおしゃべりすることをさしひかえる。
4 自分のいうべき時に話をする。集団の時には司会者や集団の許しをえて話す。
5 話をするまえに、話すことがらをよく考える。
6 自分の考えを、うまく表わすことのできることばを選ぶ。
児童の言語上の欠陥によく注意して、早くなおしてやるように努力することがたいせつである。おもな欠陥には、どもる、舌がまわらぬ、口ごもるなど、発音の障害や、言語表現の欠陥や、あやまった会話のしかたなどがある。よく原因に気をつけてその原因を考えてなおすようにしなければならない。しかし、その原因が肉体的か、精神的か、情緒的か、家庭の条件によるものか何かの習慣によるのか、なかなか見わけにくいことがある。それで両親や、外科医・言語学者などが協力しなければならないようなものもあろう。
(三) 次の発展段階。(一年後期から三年まで)
一年の後期から三年までの低学年の段階では、話しかたはおもに次にかかげるような三つの方向に発展していく。
2 社会科その他の教科や、あるいはいろいろな学校の活動とともにのびていく。
3 他教科や、種々の学校の活動における言語能力を進めるように指導される特別の話しかたの時間によって進められる。
読みかたでは、次のような学習活動が行われる。
2 ことばに伴なう表情や身ぶり、また、休止などについて覚える。
3 詩・童話、その他の文章をあんしょうする。
4 文やことがらを脚色して、朗読したり演出したりする。
5 文章やさし絵などについて、問答したり、話しあったりする。
作文では、次のような学習活動が行われる。
2 取材したわけや、文題のきめかたなどについて話しあう。
3 題材について、見たり、聞いたり、考えたりしたことを、述べたり、話しあったりする。
4 黒板にみんなでかいた絵や文章について、話あいをする。
5 自分の文やほかの人の文を読みあって、反省したり、なおしたりするために、おたがいに話しあいをする。
6 作文を読みあって、これについて話しかたや聞きかたになれさせる。
7 読みかたや他の教科で、個人的に集団的に学んだことや、学校・家庭・社会で経験したことを述べたり、話しあったりする。
社会科その他の教科や、学校行事とともに、次のような学習活動が行われる。
2 算数や、理科や、家庭や、図画工作では、調べたり、観察したり、測量したり、耕作したり、栽培したり、飼育したり、実験したり、製作したりしたことを、正しいことばでいい表わしてみる。
3 音楽では、発音や、音感を練る。
4 発表会・学芸会・自治会などでは、司会のしかたや、話のしかた、話あいのしかた、おおぜいの前で話す態度などを練る。
話しかたは、あらゆる機会に、必要に即して行われるべきである。とくに、次のようなはたらきに注意することがたいせつである。
2 お話をする。
3 話あいをする。
4 知識を求める。
5 説明する。
6 さしずする。
7 短い話をする。
8 会合に参加する。
9 脚色する。
話しかたの学習題材は、あらゆる機会に、必要に即して選ばれる。例を挙げると、
(2) できるだけ事実に近いものを伝える。
(3) 話すことのおもしろさがだんだんわかってくる。
(4) 新しい語いをうる。
(5) ねうちのある調査や、読書や、活動へ導くような話しあいをする。
(6) はっきりした問や答をする。
2 遊びの時間は次のような機会を与える。
(2) ゲームのきまりや遊びのとりきめをくり返す。
(3) 運動や遊びの間に起る会話。
(4) 会話や話しあいには、できるだけていねいなことばをつかう。
(5) 話したいことや興味のあることを、はっきりした調子で話しあう。
3 昼食時は次のような機会を与える。
(2) 教師と児童との会話。
(3) したことや物語を話すこと。
4 遠足のばあい。
(2) 興味を感ずることについて、いろいろな質問をだす。
(3) 知識を増すようないい質問をだす。
(4) 観察したことについて、いろいろ話しあいをする。
5 遊びや劇をすることは、話しかたにおいて、大きな役割をもっている。児童は、ことばと行動によって、しだいに真実に近いものを表現することを学ぶ。また、日常の経験がその材料として用いられることが望ましい。
(2) 聞いたり、想像したりした物語。
(3) 通信伝達の方法についてのおもしろい歴史的事実。
6 電話遊びや、実際の電話による話は、次のような機会を与える。
(2) 電話でいうべきことと、いわないことの判別。
(3) 思っていることをまとめてはっきりと話をするしかた。
(4) 電話でのじょうずなことばのやりとり。
(5) 他人の電話を借りる時の頼みかた。
7 目的地への道順を聞く時、または、聞かれた時はよい機会である。
(2) 目じるしとなる建物・川・橋・店などをとらえる。
(3) 右・左、東・西・南・北をはっきり示す。
(4) ていねいなたずねかた、答えかた。
8 いいつけたり、いいつけられたり、さしずしたり、それを受けたりすることは、よい機会である。
(2) 返事のしかた、表情やしぐさの表わしかた。
(3) しごとや、遊戯の時、他人に頼んだり、知らせたりする。
(四) 話しかた学習指導上の注意。
(2) じょうずに話題をひきだす誘導者となる。
(3) 子どもどうしのなかだちとなって話しあいをうまく進めていく。
2 教師は自分の話しぶりによく注意すること。
(2) 短くわかりやすい話をする。
(3) 快活に相手に気持よく話しかける。
(4) うそをいわないで、いつも真実を語る。
(5) よく筋の通ったことを話し、時にはユーモアをまじえる。
(6) ていねいなことばの模範となる。
(7) あいまいな問をさけるために、問のことばや内容をよく吟味する。
(8) 低学年の児童が実際生活に使用する約一千語に完全に精通する。
3 すべての教師が話しかたの指導者であるという確信をもつこと。
4 教室のなかだけでなく、校外の指導にもつとめること。
5 父兄とくに母親とよく連絡して、話しかた学習に協力すること。
6 レコード・ラジオ放送・紙しばい・人形しばい・映画・演劇などの文化機関を活用すること。