第五章 工業の学習指導における予備調査と指導結果の考査
1.指導結果の考査
学習の指導にはその目標とするところがあるから,生徒がその目標にどの程度到達し得たかを考査し,それによって指導の方法が適切であったか,教材の選択が適切であったかを反省して,これからの指導の成果を上げるようにくふうすることが必要である。この問題の一般的な概念や方法は「学習指導要領 一般編 第五章 学習結果の考査」にくわしく述べられてあり,それを参照せられたい。
(1)技術についての考査
工業の学習のおもな目的の一つは技術の修得である。技術の修得の程度の考査には「記述尺度法」が用いられることはもちろんであるが,工業の学習を終え,工業人として実社会に出た場合に要求されることは「正確に,速く,経済的に」ということであるが,これには質的ないろいろな問題が含まれている。
たとえば一つの作品を作らせた場合,これまではその作品のできばえと製作時間とからその成績を判定していたが,それだけでは不十分で,その製作工程にまで立ち入って判定する必要がある。
即ち,
(ロ)材料の取り方にむだがなかったか。
(ハ)製品の性質を理解し,それに適合する材料・工作法を選んだか。
(ニ)製作の工程が合理的であったか。
(ホ)道具の使い方をよく知っていたか。
(ヘ)道具の手入れがよく行きとどいていたか。
等のことを考慮に入れ,総合的な考査方法で調べなくてはいけない。この個々の点についてはそれぞれ「記述尺度法」が用いられるが,これらの要素がいろいろに組み合わされ,作品の質と製作時間とに影響する。記述尺度の取り方の一例を示せば,できばえと製作時間と製作工程の三つに分け,できばえを重要視するもの,速さを重要視するもの等その作品の性質によって,この三つにある比重を持たせ,それぞれ記述尺度を作る。製作の工程を更に前に述べた幾つかの要素に分け,重要度にしたがって比重をつけ記述尺度を作り,そのおのおのの記述尺度によって判定した結果を合計する。また態度も作品の質に影響するから,これを一つの要素として加えることも考えられる。どんな要素に分けそのおのおの記述尺度をどのように組み合わせるかは,作品の性質により,教師のその場合の重点のおき方により,適宜な方法を採用しなければならない。要するに,教師みずから技術に習熟していて,その目から記述尺度による考査を総合的・客観的に行わなければならない。
(2)知識についての考査
工業に関する知識の習得状況については,「再生法」・「選択法」・「真偽法」・「組み合わせ法」・「記録法」・「図解法」によってこれを考査する。特に工業には,器具・機械の構造や製作工程等に関する知識の学習が多いので,「図解法」が適当である場合が多いと思う。
(3)考え方の理解の考査
工業に関係ある基礎理論の理解については,平常の学習状態やノート等について総合的な考査法または「完成法」・「判定法」等の分析的方法によって考査する。
また,実習や作品の製作にあたって,これまで学習した理論や知識をどれだけ実物について理解しているか,応用の能力があるかを総合的な考査法によって考査する。
(4)態度についての考査
態度についての考査は適切な方法を得ることが容易ではないが,「一対比較法」や「記述尺度法」によって考査する。工業ではこれまで作業の場合の態度や姿勢がやかましくいわれて来たが,これはきめられた作業の型をおしつけ,生徒の個性や身体的な特徴を無視し,科学性を無視したもので極力さけなければならない。道具や材料の性質を熟知し,自分の身体の性質を知ることによって,最もらくな,しかも永続きのできる,そして危険のない姿勢で,能率的な作業の方法を選ぶことがよいのであって,この点によく留意して作業の態度を判定しなければならない。
工業の実習の場合には,生徒どうしが共同で製作したり,一つの仕事を分担したり,実習工場の工員の間にまじったりして仕事をすることが多い。この場合には特に態度の考査を重視しなければならない。即ち,
2.他人の個性や能力をよく理解し,尊重しているか。
3.他人と協同し,融和する雅量を持っているか。
4.多数の人間を指導する能力があるか。
5.仕事の全体を理解し,自分の仕事のできばえがどんな影響を与えるかを理解しているか。
6.責任感をどれだけ持っているか。
等のことについて考査し,将来工場で働く場合に必要な心構えを養うための指導の参考にしなければならない。
以上の学校や実習工場における技術や態度の考査だけにとどまらず,日常生活の考査も必要である。日常生活においてどのような技術的な活動をしているか,家庭にあって身のまわりのものや,家庭用品の製作・修理をどのようにやっているか,日常目に触れた機械や工業的な施設にどのように関心を持ったか,日常どんなことを考えたか等のことを,日記を出させ,また生徒相互や父兄による評価によって,総合的方法によって考査する。
2.予備調査
中学において,はじめて工業の課程を学習するのは,この学習にはある程度の予備的な段階が必要であるためである。ことに職業教育の予備教育であるため,身体的な発達と心理的な発達とがそなわっていなければならない。工業は手のわざであるために身体的な発達を必要とするし,科学の応用であるために理科の知識を必要とする。また職業の準備として,ある程度の社会常識も必要である。したがって,工業の学習を指導するに当たって,これまでどれだけの予備的な段階を経過して来ているかを調査することは,学習をいかに指導すべきかの資料を得ることであり,学習の効果をあげる上に重要である。
(1)小学校の工作でどれだけ技術的な練習をしたか。
(2)小学校の理科で器具・機械について,材料について,電気についてどれだけのことを学習したか。
(3)家庭でどんなものを作り,どれだけ技術的な経験があるか。
(4)工場や作業の現場を見たことがあるか。
(5)機械や工業施設について特に興味や関心を持ったものがあるか。
(6)何かくふうしたり,発明したりしたものがあるか。
等について調査する。
また学習結果の考査は,次の学習の予備調査となる性質を持っているので,中学の全学年を通じて,各単元の結果の考査を十分活かして,次の単元の指導の方法を研究しなければならない。そしてその単元の指導にあたっては,その前の単元の指導が適切であったかを絶えず反省し,参考にすることが望ましい。