第四章 工業の学習指導法

 

 学習指導法の一般については,「学習指導要領 一般編 第四章 学習指導法の一般」の中に述べられ,ここに示された方向は,工業の学習指導にあたっても,そのままあてはまるものである。工業の学習は工業と人間生活との関係を理解し,基礎的な技術の訓練と積極的に働く態度とを養い,将来社会に出て,そこで起るいろいろな問題をみずから解決して行く力を養うものであるから,学習に際しては,生徒みずからの自発活動を刺激し,生徒みずからがいろいろな問題を発見し,解決して行くように指導し,教師が知識や技術を生徒に注入するような態度はさけなければならない。

 1.いかにして指導するか

(1)初歩的な技術の養成

 生徒自身の興味からも,生徒の自発活動を剌激する上からも,生徒の日常生活で役立つもの,生徒の身のまわりで日常使用しているものをまず製作させることがたいせつである。生徒自身に計画を立てさせ,設計図を描かせ,材料や道具を準備させ,製作をさせ,製品の評価をさせ,失敗と成功の原因を探究させ,教師は簡単な暗示を与えるにとどめ,製品の評価をなし,その技術を発展させるための方向を暗示し,生徒の学習を刺激することは学習の効果をあげる上にも有効である。製作を生徒みずから試みることは,技術の習得のためにも,工業に関する知識の養成のためにも,また他の学習の目標の達成のためにも,まず最初に行わなければならないことである。どんなものを製作すべきかは前章にその一例を掲げておいたが,このほかにこれと類似のものを示して生徒に選択させたり,選択教材または補助教材として製作物の例を多く示したりすることは,生徒の自発活動を刺激するばかりでなく,時間外に,学校においても,家庭においても製作する機会と興味を与えて生徒の技術の向上に役立つ。

 すぐれた技術の養成にとって欠くことのできないことは,材料をむだなく正しく使うことであり,道具を正しく使い,手入れと保管をよくすることである。材料と道具の性質をよく理解することによって製作すべきものに適した村料を選択し,その材料に最もよく適した道具を,手入れの行きとどいた状態で正しく使う技術が習得されるのである。

(2)物品を正しく使用し,良品を選択する能力の養成

 上に述べたように,製作の技術と材料や道具を正しく使用する技術を習得することによって,製品の構造と機能とを理解し,それに最も適した正しい使い方を知ることができる。それと共に,製作の方法と順序とを知り,そのものに適した材料を知れば,でき上がった物品を市場で買い入れる場合に,よいものを適正な価格で選択し,買い入れる能力を得ることができ,日常生活に役立たせることができる。

(3)工業の社会的・経済的意義と工業労働者の任務の重要性の理解

 われわれは日常多くの工業的施設や工業製品に接し,それらがいかにわれわれの生活に役立ち,いかに多くの人々がその生産に従事し,工業がいがに社会の進歩に役立っているかを知っている。工業の一端を学び,製作の苦心を知ることによって,はじめてみずからの技術と工業的な技術とを比較し,工業の社会的・経済的意義を理解することができる。それと共に,工業に従事するものが社会の中でどんな重要な役割を果たしているかも理解することができる。たとえば,あるものの製作に費やされた材料と時間と労力とから考えてみて,同じものの工業的生産品の価格がやすいということからでも社会的生産の構造の一端を考えることができる。このことからまた,共同して働くことの意味と,その場合の態度とについて考えるようになると共に,工業的生産の実際において,よい労働条件のもとに,能率的に,安全に働くためにどのような考慮が払われなければならないかを考えるようになる。

(4)働く時のよい態度・習慣の養成

 製品の製作にあたって,材料と道具の性質を理解し,それを正しく使用するにはどんな態度をとればよいかを知り,また,よい製品を作るには,計画的に,能率的に,注意深く,安全な状態で仕事をすることが必要であることも知ることができた。他人の作品と比較し,その優劣を比較し,討論し,また実際工業的生産の行われている現場を見学し,そこで働く人々の態度を見習い,経験談を聞く等のことによってみずからの態度を反省し,よい態度の養成に努めることができる。

(5)職業的知識の養成と興味や適性の判断

 工業のいろいろな分野の基礎経験を積み,いろいろな工業の現場について広く見学し,実習することによってみずからの興味と適性とを判断し,将来向かうべき職業の選択に役立たせることができる。そのために前章に掲げた単元の例のみでなく,土地の状況,生徒の環境によってはこのほかに,

等,適当な単元をとり入れて適切な指導をすることが望ましい。

 2.学習の環境を整えること

 学習の指導の計画にしたがって学習を進めるのに必要な環境を整えることが必要である。

(1)最少限度,学級全部が同一の実習ができる実習工場と実習設備を設けること。木工・金工等各作業別に実習場を設備することが望ましい。あるいは一つの工場でいろいろな作業ができるようにしてもよい。しかし現在の状況では,教室をそのまま実習場にすることもやむを得ない。

(2)実習に必要な器具を準備すること。生徒自身の家庭にあるもの,生徒が自分で準備できるもの以外はなるべく学校で準備しなければならない。生徒に多くの負担を負わせることは望ましくない。しかし利用できるものは,生徒の家庭にあるものを利用させることは,生徒の自発活動を刺激する上にも有効である。

(3)材料を準備すること。生徒の家庭にあるあり合わせの材料,活用できる廃物その他あまり負担のかからない程度の材料は生徒に準備させる。その他の特殊な材料,高価な材料,個人では入手できない材料は学校で準備する。なお生徒に準備させる材料でも,教師が共同購入等のあっせんをすることが必要である。

(4)製作の参考となるべき,ひな型・模範作品・模型・掛図・カタログ・参考図書を準備すること。

(5)教材その他の印刷物の配布に必要な紙,考査のために必要な紙を準備すること。

(6)見学先・実習先を準備すること。

 3.教師の準備

 教師は常に生徒の学習の指導者として,協力者として,生徒の自発活動を刺激しながら,いかにして学習の効果を上げるかを研究し,周密な指導の計画を立てると共に,いつでも生徒の質疑に答えられる,十分参考になる知識と技術を用意し,技術の科学的根拠と応用の能力を会得しておくことが必要である。

(1)生徒のおのおのについて,その個性・興味・適性・環境及び既修の知識・技術の程度等について調査する。

(2)指導の方法,指導の順序,指導の項目,時間の割当,製作物の種類等について計画を立てる。

(3)指導の計画にもとづき,製作物の種類にしたがって材料・工具・設備等を用意する。

(4)製作物について,その構造・機能・構成材料,製作の方法,利用の方法等について調査研究する。

(5)その製作物の製作の目的を生徒に理解させるため,目的を明らかにしておく。

(6)その製作物の製作にあたってできなければならないことと,知らなければならないことの項目をあげておき,できなければならない技術に習熟しておくと共に,知らなければならない知識について研究しておく。

(7)製作物の製作にあたって特に注意しなければならない点を調べておき,それに対する処置の方法を研究しておく。これらの点はまた製作物を調べる項目にもなり,そのまま学習結果の考査にも役立つ。

(8)生徒に対して問う質問と生徒から予想される質問とを用意し,それに対する解答を準備しておく。これもそのまま学習結果の考査に役立つ。

(9)以上の項目をのせた生徒が製作を進めるのに必要な指導表と,教師が製作の指導をするのに必要な教師のための指導計画表を作成すること。教師のための指導計画表には,(1)に述べた事項や,製作物の考査,技術や知識の修得状態の考査,その他必要ないっさいの考査事項等を書き入れる箇所を作っておく。なお学級全体を概観し,各生徒を比較できる一覧表を作っておくことも必要である。

(10)実習先・見学先を準備すると共に,実習及び見学の計画を立てておく。

(11)製作物を批評し合い,学習事項について討議し合う機会を作り,その指導の計画を立てる。

 4.生徒の活動

 学習の指導には生徒自身の積極的な自発活動を求め,これを伸ばすようにしなければならない。

(1)これから作ろうとするものについて,それが日常どのように役立っているかを調べる。

(2)それが最もよく役立つには,どんな構造でどんな材料でどんな方法で作ればよいか,ありあわせの材料を利用するにはどうすればよいか,どんな意匠にしたら最も好ましい形と色のものができるかを調べる。

(3)以上のことを調べ終ったならば設計図を描く。

(4)その設計図にもとづいて,製作の工程,材料の数量,製作時間の予想その他必要な事がらについて調査し,表を作り,その製作に必要な材料と工具を準備する。

(5)必要な準備工作を行い,製作をなし,仕上げを行う。

(6)でき上がった製作物について,最初に考えた意匠,設計図,予想した機能に適合しているかどうかを調べ,もし適合していなければその原因を調査してみる。

(7)以上の各項目について不明の点があれば,整理しておき教師に質問する。

(8)学校や家庭において,類似の製品,より複雑な形や機能を持った製品の製作を機会あるごとに試み,技術の練習をする。

(9)製作を終ったならば,工具の手入れ,あと片づけをする。工具の手入れが工具の寿命にどんな影響を及ぼし,作品にどんな影響を与え,製作の時間にどんな影響を及ぼすかを調査する。

(10)この製作にあたってできなければならないことと,知らなければならないことについて項目を列挙し,参考書について,教師について研究する。

(11)でき上がった作品を見せ合い,その優劣を比較し,製作の方法,技術等について討論する。

(12)自分の技能・興味・適性について反省してみる。

(13)計画的に,能率的に,順序よく,注意深く,積極的に,仕事をしたか,能力を十分発揮したか,友人と協調して仕事をしたか等働く時の態度について反省する。それらが作品にどんな影響を与えたかを調べる。

(14)それらの製品が実際に工業的にどのように作られているか。工場や作業場を見学し,経験者の話を聞き,学校や家庭の製作とどのように違うかを研究する。

(15)製品の販売店を見学し,あるいは学用品・家庭用品の購入の場合,自分で販売店に行き,購入の際注意しなければならない点を調べてみる。

(16)いろいろなものの製作をなし,材料や製品の購入をみずから行い,広く見学し,あらゆる職業に積極的に触れ,それら職業についての理解を深める。