第二章 工業の学習と生徒の発達

 

 1.学習意欲の発展

 小学校においてこれまで学んで来た児童の学習の意欲は,児童が生まれつき持っているいろいろな活動の興味がおもなものであったが,やがて中学校にはいるころになると,生活での必要性がかなり強く意識されるようになってくる。遊戯としていろいろなものを作ったり,構成したりする段階から,更に生活の必要からも自分の身のまわりのものをみずからくふうしたり作ったりし,また自分の身のまわりの工業製品がいかに役立ち,いかにして作られ,どこでだれによって作られるかを考えるようになる。

 中学の課程を終えると,大部分のものは職業につかなければならない。ここに卒業後の職業というものがかなりはっきりと目的として考えられ,職業の選択に役立たせようという将来への見通しによる必要感のうちから学習の意欲が生まれるようになる。

 2.これまでの知識経験と心身の発達

 生徒はこれまで,家庭においても,小学校の工作の時間にも,いろいろな手工的なものを作った経験がある。自分の興味から単なる遊戯として,また自分の考えていることをある形のものに表現したり,構成したり,おもちゃとして役立たせる必要から,また実用品製作の模擬としていろいろなものを作った。身体的な発達から考えれば手先だけの仕事でなければならなかったし,そのためには製作材料も加工の容易なものでなければならなかったし,そのために用いる道具も自然限られていた。思考力の発達から考えれば,自分の頭脳に映じた印象や想像をそのまま物に表わすだけで,頭の中で製作の対象物について,その機能や構造や要求された容量や使用材料を総合し組織するまでに至っていない。

 これまで学習した理科の知識は,主として自然界の現象を調べ,それについての法則を理解し,人間生活とどんな関係にあるかの理解であったが,これまでの工作においては,理科で学んだ原理を応用し自然物の性質を理解し,それを適合させるということは,端緒的なものはあったにしても十分有機的なつながりを持っていなかった。

 実用品として生活に役立つもの,または工業品としての価値のあるものは目的にかなった機能を持ち,十分強さがあり,長期の使用に耐えるものでなければならない。これまでの工作とは違った加工の困難な材料を用い,それの加工に適する道具を使用し,その使用に耐える身体的な発達がなければならない。更に製作の対象物についてその構造機能を理解し,製作にあたってあらかじめ頭脳にえがき,適切な道具と材料を適切に使用することを計画しなければならない。これまでに得た知識・技能,身体及び思考力の発達等いろいろな要素は,相互に他のものを誘導し合って順次に高度の技術へと発展させて行くのである。

 工業はこのようにいろいろな知識・経験の有機的な総合であるから,これまでの知識・経験,身体及び思考力の発達が工業の学習の基礎であり,その発達の度合が学習を進めて行く上に大きな役割を持っている。

 中学にはいるころの生徒の身体的な発達においては,手先の仕事がある程度できるし,全身的な活動を連続してすることもできるようになる。また思考力についても,ある程度論理的にものを考えるようになり,これまで学習した知識や原理を組織し応用する能力もできてくる。学習の指導にあたっては,個々の生徒のこれまでの知識・経験と心身の発達のつながりを理解し,発達の現状に適した指導を行わなければならない。

 3.社会的な活動の発達

 小学校の上級程度になると,学級というものを中心として集団生活がある程度わかるようになり,中学に進むころになれば,社会生活関係がかなり強く意識されるようになる。学級を中心としては,共同作業や,共同調査・討議等が社会的な活動の重要なものであり,この活動を通じて,互に個性を尊重し合い,能力に応じて仕事を分担し,共同し,共同の目的を達するために,一定時間根気よく,責任のある仕事をする態度の養成に努めるようになる。

 校外にあっては,これまで附近の工場や作業の現場について見学し,経験者の話を聞き,工業の実際において,社会生活がどのように営まれ,社会関係がどのようにできているかを理解している。

 これらの端緒的な社会活動や社会経験によって社会生活の重要性を理解し,社会の中で工業の占める役割を知り,将来どんな仕事で社会のためにつくし,そのためにどんな態度や心がまえを持たなければならないかを理解するようになる。

 社会的関心の発達から見ても,身体的な発達から見ても,このころの生徒に職業の重要性を理解させ,職業教育の端緒を開き,職業の指導をすることはきわめてたいせつであるが,あらゆる職業について理解させ,その内容を知らせることも,またある特定の職業の一分野について深く経験させることも不可能であり,もし可能であっても,それによって誤りなく将来の職業を決定するにはまだ十分発達していない。したがって,端緒的な社会経験と社会活動をもとにして,いろいろな工業を中心として,これに関連したいろいろの職業の広い分野の経験を与えて職業の意義を理解するようにし,将来の職業について,工業の学習が有効に働くようにすることがたいせつである。