Ⅰ 総  論

1.職業指導の目標

(1) 職業指導の意義と目標

 職業指導は個人が職業を選択し,その準備をし,就職し,進歩するのを援助する過程である。さらにこれを学校における職業指導の立場から細かに述べると,次のような目標が挙げられる。

(a) 各種の職業および職業人についての理解をもたせること。

(b) 就職および進学の機会についての理解をもたせること。

(c) 労働愛好の精神および態度を養成すること。

(d) 職業および職業生活における研究的態度を育成すること。

(e) 基礎的職業技能および応用の能力を養うこと。

(f) 個性の自覚とその伸長をはかること。

(g) 適当な職業を選択する能力を養成すること。

(h) 適切な相談をすること。

(i) 適切な就職指導をすること。

(j) 適切な輔導をすること。
 
 

(2) 職業指導の要因

 職業指導を行うにあたっては,(a)個性,(b)職業の所要条件,(c)選職の個人的権利,(d)職業の変転への適応の必要,の四要因を常に確守しなければならない。

 この四原則を確守するにあたって,指導者は十分な個性調査,上級学校調査資料,職業に関する諸種の統計などにもとづいて,合理的に行わなければならない。

 

2.生徒の発達段階と職業指導

(1) 精神的発達段階

 幼児期においては遊びがその生活の大部分をしめている。しかし年をとるにつれて,次第に目的のある活動に興味をもってくる。青年期の特色は個性への自覚,社会への関心,論理的思考,価値への理解などが発達しはじめることである。一方職業および職業人に対する興味も,これにともなって次第に発達する。

(2) 身体的発達段階

 中学生の時期は身体方面もいちぢるしく発達する時期である。身長・体重・運動能力・力量・生理上などにもはげしい発達がみられる。したがって,この時期は生徒の興味と活動力が増加し,職業実習などにも耐え得る段階である。

(3) 職業への準備の段階

 中学校の大部分の生徒は実際社会に出て行くことになる。社会へ出て職業人として立つことになるわけであるから,社会への橋渡しとしての職業的教育をうけるべき段階である。

 中学校の生徒はこのような発の諸段階にあるのであるから,この時期において職業指導を行うことは最も肝要である。

 

3.職業指導における教師の活動

 職業指導における教師の活動の内容は次の四方面に大別できる。
 
(1)基礎的活動 (a)個性調査

(b)職業研究

(c)上級学校調査

(d)集団的指導

(2)進路相談 { (a)進学相談

(b)選職相談

(3)紹介あっせん
 
(4)卒業後の援助(輔導) { (a)学校による輔導

(b)学校以外の機関による輔導に協力する。

 

4.職業指導単元の構成

 

 職業指導教育には,教師の活動と生徒の活動との二つの活動がある。生徒の活動だけについて考察し,それを活動の内容によって次の五つの単元にまとめた。

 上に掲げた単元の表は,必ずしも学習の順序を示すものではない。各単元の活動は互に深い関連をもって行われなければならない。

 

5.職業指導の時間の運営の方針

 職業科の必修時間は毎週四時間であることは,学習指導要領の一般篇で示してある。この四時間をどういう内容に充当するかを考えてみよう。職業科の内容は職業指導と農・工・商・水産・家庭などのうち,一種または数種が一学校または生徒に選択されることになるのである。こうした職業的訓練には,将来実務に就くため,ならびに生徒の適否を確かめるためとの,二重の性格がある。職業的訓練の試行課程としての性格に副うて継続的に行われる指導が,職業指導の任務の一つである。したがって,農・工・商・水産・家庭のいずれを学習させる場合においても,職業指導はつねにこれと平行して必修されなければならない。しかして,この原則はつねに確守されなければならないが,上級学校へ進学しない生徒,即ち中学校を卒業して直ちに実務に従事する生徒にとっては,職業科の農・工・商・水産・家庭は実務訓練としての性格を強くもつことになるであろう。即ちこのような生徒に対しては,選択科目の時間をさらに追加して,実務訓練を課する必要が生じてくるのである。これは進学の有無の立場から考慮して述べたのであるが,学校の設備,生徒の個性,土地の状況などを広く考慮した場合には,どのような実務訓練を,どの程度の時間だけ追加して学習されるべきであるかは,おのずから決定されるであろう。

 ここで注意しなければならないことは,職業指導の内容が農・工・商・水産・家庭と分離して学習すべきものではないことである。農・工・商・水産・家庭と職業指導とはつねに平行し,あるいは組み合さって学習されるべきものである。職業指導の内容は主として職業科の内容であるが,一方社会科の単元とも十分関連して取り扱われなければならない。

 次に職業指導の単元の時間配当について考えてみよう。前節で述べたように,職業指導の学習単元を五つに分けて考えたが,これらの五つの単元についての時間はどの程度に配分されたらよいであろうか。中学校の三年間を通じての時間配当の大凡の比率の一例を次にあげてみよう。

 これは一例にすぎないのである。第四・第五の両単元を一まとめにして相談としたのは,どちらか一方だけの相談を受ければよいというのではない。生徒によっては第四単元が主たる学習内容となり,生徒によっては第五単元が主たる学習内容となり,生徒によっては両単元を半分ずつ学習した方がよいものもあろう。しかしどの場合も,指導者にとっては,相談が主な内容となるであろうという意味で,相談というように一まとめに,ここで表示したのである。

 上の割合は,三年間を通しての各単元の重さを時間の比率によって述べたのであるが,各学年における各単元の重さの割合も考慮する必要があろう。換言すれば,各学年では五つの単元にどのような時間の比率を考えたらよいかということについて例示してみよう。しかし,これも一応の標準案にすぎないのであって,生徒の実情,学校の事情などにより適宜の措置を工夫すべきである。

 

 上の比率でわかるように,一年では第一・二単元,二年では第三・四・五単元,三年では第三単元と第四・五単元とに重点がおかれている。しかし各単元の重さは必ずしも固定されたものではなく,例えば三年の相談(第四・五単元)は二年よりも多くするとか,二年に実習(第三単元)を多くまわすとか,いろいろの場合が考えられるから,その場合々々に応じて適当に配分を調整することが望ましい。

 次に時間配当にあたって注意すべきことは,職業指導・農・工・商・水産・家庭と社会科などの学習指導要領の併用ということである。それぞれの学習指導要領の内容をよく研究し,参照して重複を避け,取捨選択を行うようにし,生徒の学習の方向づけに遺憾のないようにしなければならない。

 

6.指 導 の 方 法

(1) 教師の活動

〔a〕予備調査

 職業指導は生徒の個性を重視し,生徒の意志決定について忠告したり,援助したりする活動である。この忠告や援助を合理的に科学的に有効適切なものとするために,教師が指導前に調査・研究をしておかなければならない部面が非常に多い。調査・研究には,生徒を調査する方面と,指導のための各般の資科を集める方面との,二方面がある。これらについて以下に記述してみよう。

〔b〕相談・あっせん

 相談には選職・進学の二方面がある。その段階を考察してみると,

 などである。

 この相談にあたっての根本方針をあげると,

 この方針にしたがって行われた相談は具体的に記録され,すでに述べた基礎調査資料にもとづいた諸事項などを参考にし,記入して,進学先または就職先に連絡することが望ましい。この場合に進学については個人調査書に就職については就職指導連絡票にそれぞれ記入される。

 進学のための個人調査書に記入すべき諸事項は,

〔c〕輔 導

 進学の指導や就職あっせんの結果の適否は,できるだけ詳細に調査されていなければならない。生徒の卒業後の指導が輔導である。輔導は学校教育の延長でもある。就職者の場合はあっせんと関係のあった公共職業安定所と,進学者の場合は進学先と,緊密に連絡して行わなければならない。

 生徒の興味と希望と実際の進学先の学校なり職場なりが適合しているか,満足されているかをしらべ,さらに新しい指導と援助とをなさなければならない。そのための方法としては イ,文書 ロ,訪問 ハ,召集 ニ,集会(同級会,同窓会などを含む),ホ,保護者との連絡などがある。生徒も,輔導に協力できる部面もあるから,できることは生徒に協力してもらって,輔導の効果をあげるようにしたい。次に訪問(面接)による輔導結果を記録する一例を表によって示そう。

 

             輔導(面接)記録
 
                        日附______

 事業場____________  職 場___________

 所在地____________  作 業___________

 監 督____________  監督係___________

 作業の本質__________________________

 

 賃金_____ 諸手当_______ 作業場の諸経費_____

   作業日__________  書 体___________

 時間 一週何日制か_______  残 業__________

   休暇___________

 

 職業上の学習の場合_______________________

 長所(職業上の)________________________

 短所(職業上の)________________________

 年齢_____ 教育程度_____ 身長_____ 体重____

 諸検査成績___________________________

 その他の職業適性________________________

 経験______________________________

 就職日附_____________  退職日附_________

 あっせん記録__________________________

    _____________________________

    _____________________________

    _____________________________

                     輔導担当者_______

 

 

(2)生徒の活動  

(3)指導結果の考査

 結果の考査については,学習指導要領一般篇の「結果の考査」の項を参照するがよい。そこでは考査の目標・方法・注意事項などが詳しく述べてある。

 したがって本書では,各単元の結果の考査の項のところでは,考査すべき事項を問題の形式で提示している。各考査の問題に,どんな方法を採用したらよいかは,問題の性質や生徒の実情などによって,教師が適当な方法を採用しなければならない。教師は考査の結果によって,自分の教授法を改良したり,教授内容を再編成したり,取捨選択したりする。しかし職業指導の考査は,教師が行うだけで満足してはならない。生徒か個人でか,または分団で自分達のことを共同批判したり,反省したり,自已評価をしたりすることを奨励しなければならない。こうした自発的評価方法による結果は生徒の自発展一そう刺激する資料となるであろう。