第二章 図画工作の学習と児童・生徒の発達

 

  一 就学前の児童の造形力

 たいがいの児童は,就学前から,絵を描いたり,何か細工らしいことをする。児童が描写らしいことを始めるのは,早ければ生後一ケ年ぐらいから見られるが,その遅速は,環境の差にもより,また,先天的な素質の差にもよる。

 人は,だれでも,何か形あるものを作ろうとする造形衝動と,手足を働かせて仕事をしようとする仕事の衝動とを持っている。この二つの衝動が造形力の基礎となるのであるが,造形衝動は物的環境に左右されることが多く,仕事の衝動は社会的環境に左右されることが多い。

 児童の周囲に,画用紙・クレヨン・鉛筆・色紙・布きれ・はさみ・その他のものが豊富に与えられている場合と,そうでない場合,また,児童の周囲に絵本・遊び道具・その他造形的なものが多く与えられている場合と,そうでない場合とによって,児童の造形衝動を刺激する仕方が変わり,その結果としての造形活動にも,大きな差ができる。

 また,児童の周囲に,年齢のあまり違わない兄や姉や友だちがいるか,いないか,また,それらの兄や姉や友だちが,好んで絵をかいたり細工をしたりするか,しないかによって,すなわち,社会的環境によって,仕事の衝動の現われ方が変わり,造形活動が盛んに営まれるかいなかの差ができる。

 こういうように,児童の就学前における造形活動は,まちまちであり,したがって,その造形能力もまちまちである。

 

 二 第一二学年児童の図画工作の学習と児童の発達

 入学当時の児童の造形的な表現意欲や表現力には,前項で述べたように,相当大きな個人差があるが,それにもかかわらず,この時期の児童に共通な特性がある。その最も著しい点は,この時期の児童の表現が極めて主観的であることである。

 第一二学年の児童は,一枚の絵をかくにも,その描くものを客観的な存在と見ないで,その中に自分がはいりこんで描く。また,粘土で自動車を作るにも,自分がそれを運転して走っているように思って作る。何を描いても,作っても,その中に自己があり,自己と離れた存在とは見ないのが,普通である。したがって,その表現されたものが,客観的に見て妥当であり,合理的であるかどうかについては,あまり考えない。

 次に,この時期の児童は,描くこと作ること,そのものに興味を持ち,魅力を感じ,結果がよくできたか,どうかということ,すなわち,成就の如何よりも,行動の喜びの方が大きいのである。

 また,この時期の児童には,時に大人を驚かせるような着想のおもしろさを見せたり,一種特別の味わいのある表現をしたりするが,それでいて,点と点とを結ぶ直線を描いたり,物の大小の比例を保つ表現をするようなことは不得手である。その表現が情緒的であり,非合理的であるのが一つの特色である。

 この時期の児童の学習指導は,以上のような表現の態度と傾向に即して,のびのびした気持で盛んに表現させ,表現に対する喜びを十分に味わわせ,表現内容を広くすることを主眼とする。

 

 三 第二四学年児童の図画工作の学習と児童の発達

 第三学年の終りごろから第四学年にかけて,漸次客観的に事物を見るようになり,表現の客観的妥当性とか,合理性とかに注意を向けるようになる。しかしこういう転換は一様に来るものではなく,個人差も大きく,また同一人でも対象によってその現われ方がちがう。

 描くこと,作ることそのものに対する興味や喜びはやはり強いが,そのできた結果に対する関心が漸次高まって来て,自己の作品や他人の作品を批判的に見る傾向を生じて来る。

 物の大小の比例に注意したり,角度に注意したりするようになるが,定木で正しく直角にかくようなことは,まだあまり得意ではない。しかし工具や材料に対する関心は高まり,相当程度の新しい工具や材料をこなせるようになる。

 第一二学年児童の表現は,客観的の妥当性が乏しく,非合理的ではあるが,児童らしい純真なおもしろさには,非常に引きつけられる。第三四学年になるとそれに表現内容の豊富さと,表現技法の進歩とが加わって来る。ここで物の見方や表現態度が,漸次客観的・合理的・批判的に変わって行くことに注意し,それに応ずる指導をして行かないと,第五六学年になって一種の行きづまり状態におちいるおそれがある。この意味で第三四学年の学習指導は注意を要する。

 

 四 第五六学年児童の図画工作の学習と児童の発達

 第五六学年になると,事物を客観的に見て,知的に判断する力が更に増大し,観察力も鋭敏になり,筋力も発達して来る。したがって形体・色彩・明暗・陰影等について,分解的な観察をさせ,また分解的な表現練習をさせることもできるようになり,情緒的・気分的な表現とともに,合理的・説明的な表現もできるようになる。立体的な構成についても,合理的な構成がだんだんできるようになり,基礎的な技法の修練にも適するようになる。

 また批判力も増大し,物の実用価値や美的価値を評価することもできるようになり,社会性も増して来て共同作業にも適して来る。

 

 五 第七八九学年生徒の図画工作の学習と生徒の発達

 第七八九学年になると,青年期にはいる。表現力も相当進んでは来るが,それよりも,事物に対する批判力や,作品に対する鑑識眼の方がいっそう進んで来る。その結果,頭や眼が進んで,腕が伴なわず絵を見ることは好きだが,描くことは好まず,理論は並べるが,手を下して物を作ることは好まないというようになりやすい。しかしその反面,室内の装備,学用品や家具調度などの選択や処理などには,相当才気を現わすものも出て来る。こういうようにこれまでと違ったいろいろな現われを持つ時期であるから一方においては,その長所とする頭や眼の動きが十分伸び,地方合理的表現や研究的態度を助長し,表現力が高まるように指導しなければならない。

 第九学年を卒業するころになると,個性もほぼかたまって来て,各自の個性に適する方向に急速に伸びて行く傾向を現わす。しかしそうなってから急にそれに応ずるのでは手おくれである。はじめからその心組みで指導することが肝要である。