第二章 児童の生活

一 なぜ児童の生活を知らなくてはならないか

 前章に述べたような教育の目標は,教育の根本目的をもとにして,広く社会の求めるところを考えてきめてみたものである。もちろんわれわれは教育の実際をここに方向づけてこの目標の達成に努力しなくてはならないが,ただここで考えなくてはならないのは,このような目標に向かって行く場合,その出発点となるのは,児童の現実の生活であり,またのびて行くのは児童みずからでなくてはならないということである。このことを忘れて,ただ目標にばかり目をうばわれていると,教育はからまわりすることになり,形式的になって,ほんとうに目標とするところに達しがたい。そこでわれわれは児童の現実の生活を知り,その動き方を知って,教育の出発点やその方法をこれに即して考えて行かなくてはならないのである。

 このような意味から,ここに児童の生活がどんなものかを考えてみようと思うのであるが,ただ児童と一口にいっても,その生活は発達の途上にあるのだからこれを発達に従ってみて行かなくてはならない。そこで,ここでは,この発達を最も具体的に述べるために,年齢と学年とによってみて行こうと思うが,ただその資料がわが国の児童について調べたものがはなはだ少ないので,これを説くことは不十分であることを免れない。これらは今後の研究や調査によって,改訂するにしたがって完全なものとしたいと考えている。したがって極めて,簡単に学年別の特色をのべるにとどめたい。

二 年齢による児童生活の発達

(一)第一,二学年児童 6−8歳

 1.身体的

(1)身長は一年の間に4−5cm.内外のび,体重は15k.g.内外増して行く。

(2)内蔵の発達は著しくはない。

(3)死亡率はだんだんへって行く。

(4)大きい筋肉の運動はできるが,こまかい運動はあまり巧みにはできない。

 2.精神的

(1)思考は自己中心的で論理的にものを考えることはしない。

(2)物事は自分でやってみることで理解する。あたまのなかで考えること,すなわ抽象的思考はむずかしい。

(3)習慣が生活の動きを左右する。

(4)情緒の動きが著しく,何事も興味のある方向に動き,興味のない方向には動かない。

(5)想像的な活動が著しい。

(6)かんしゃくを起こす時期はすぎさっている。

(7)仲間を求めるが,その遊び友だちの数は少ない。2−3人程度。

(8)仲間との交際は浅い。どこでも友だちができるが,すぐにまたわすれる。

(9)競争心が強い。

(10)人の模倣をしやすい。

(11)友達は同性で同じような家庭,同じような性質のものを求める。

(12)興味を持つおもな遊び

(男)汽車ごっこ。かけっこ。水遊び。水泳。雪だるま作り。雪合戦。たこあげ。かくれんぼ。せみとりなど。

(女)ままごと。水遊び。水泳。なわとび。雲だるま作り。かくれんぼ。せみとりなど。

(13)漫画や童話を好む。

(14)おもな勤労としては,(男女とも)掃除。ざうきんがけ。子守など。

(二)第三,四学年児童 8−10歳

 1.身体的

(1)身長の一年の増加はやや著しく,4−5c.m.に及ぶ。体重の増加は2k.g.内外が普通である。

(2)肺や心臓がそろそろ発達して来る。

(3)こまかい運動はまだ巧みにはできない。

 2.精神的

(1)自己中心的な傾向を離れはじめ,単純な論理がわかりはじめる。

(2)計画をたてることはなお困難である。

(3)物事を行ってみて理解する傾向は,なお著しい。

(4)なかまの数は少し増して来る。しかしわが国の児童ではさして著しくはない。3−4人程度。

(5)興味を持つおもな遊び,

(男)雪だるま作り。なわとび。まりなげ。野球。鬼ごっこ。たこあげ。雪合戦。水遊び。水泳。せみとりなど。

(女)ままごと。雪だるま作り。なわとび。お手玉。水泳。かくれんぼ。せみとりなど。

(6)漫画や童話の興味はやや少なくなって来る。男子は少年小説や冒険談を好み,女子は少女小説を好む。

(7)おもな勤労は(男女とも)掃除。子守りなど。

(三)五,六学年児童 10−12歳

 1.身体的

(1)身長の増加は凡そ3−5cm.女子の方が著しい。体重は2−5k.g.。これも女子の方が多い。

(2)内臓の発達がやや著しくなる。

(3)細かい運動が少したくみにできるようになる。

 2.精神的

(1)自己中心的傾向は11歳くらいで脱する。したがって論理的な思考が多少できるようになる。おだてがきかなくなる。多少理くつをいう。

(2)社会性が発達して来て,他人のことを考えるようになり,自他の関係や,義務がわかるようになる。他人の感情に敏感になり,全体の幸福が考えられるようになる。

(3)興味を持つおもな遊び,

(男)野球。雪合戦。たこあげ。スキー。水泳。せみとり。釣り。ラジオをきくなど。

(女)なわとび。お手玉。まりつき。ピンポン。雪合戦。水泳。ラジオをきくなど。

(4)男は冒険小説,少年小説を好むが,ユ−モア小説や講談を読みはじめる。しかし女子では少女小説が圧倒的である。

(5)勤労としては,掃除や子守りのほかに家業の手伝い,例えば,麦かり,稲かりのような仕事をするようになる。

(四)第七,八,九学年生徒 12−15歳

 1.身体的

(1)身長の増加は5−6c.m.で最も著しい。ただし女子では増加はややとまって来る。体重の増加も著しく,毎年3−5k.g.に及ぶ。最も著しいのは女子の12−13歳で男子では13−14歳である。

(2)内臓が急に発達する。

(3)いろいろな運動能力も発達が著しい。

(4)女子の初経は普通14歳と15歳の間にあらわれる。

 2.精神的

(1)男子は大体14−15歳で,女子は大体13歳−14歳で青年期の特徴があらわれ,論理的抽象的な思考が発達する。

(2)自我意識がはっきりして来る。反抗的傾向が出て来る。

(3)情緒があらわれやすくなり,激しくなる。

(4)相互援助の関係で友達ができる。

(5)交友関係は深くなり,親友ができるようになる。

(6)性意識がだんだん目覚めて来る。

(7)興味を持つおもな遊び,

(男)野球。すもう。スキー。水泳。映画。ラジオ

(女)ピンポン。水泳。映画。ラジオ。お話会など。

(8)男子では冒険小説,少年小説を読むが,伝記,講談,ユ−モア小説などをも読む。女子では少女小説が多く読まれる。

(9)勤労としては,女子は炊事のほか家業の手伝いが著しく,男子は家業の手伝いが著しい。

(五)第十,十一,十二学年生徒 15−18歳

 1.身体的

(1)身長の増加は女子では止まる。男子でも漸次少なくなる。体重は男子ではなお増し,多いときは一年間に4kg位増すが,女子ではさして増加しない。

(2)肺活量が急に増す。

(3)死亡率が上昇する。

(4)いろいろな運動能力は,この時期のはじめまでに著しく発達する。

 2.精神的

(1)論理的抽象的思考がますます発達する。

(2)科学,宗教,芸術などの文化的な世界がひらけ,理想が生まれる。

(3)感情的動揺はこの時期の後半期にはややしずまって来る。

(4)交友関係が深くなるとともに,集団生活をしようとする要求が著しくなる。

(5)興味を持つおもな遊び,

(男)野球。スキー。水泳。その他のスポーツ。映画。ラジオ。演劇など。

(女)水泳。ピンポン。ラジオ。映画。演劇。

(6)小説を好んで読む。随筆なども読むようになる。

 もちろん,以上は,わが国児童の一般的な発達についてみたもので,地域のちがいによって,いろいろ違ったものが見出されるだろうし,児童青年一人一人に個人差のあることも見のがしてはなるまい。それらは直接一人一人に接する教師が,かれらとともに生活して,よくその生活を見て,確かめるのほかはない。ここには,ただ,一般的な状態を見て行く手がかりを述べたに過ぎない。