第一章 教育の一般目標
わが国の教育の根本的な目的は,教育基本法のはじめに示されているとおりである。われわれは教育のすべての営みによって,このような目的を逹することに努めなくてはならないのである。ただここで当面している,学習の指導といった問題に関係してみると,これをもっと具体的な形で,しかも今日の社会状態に応じてこまかく考える必要がある。このような意味において国民一般の教育について具体的な教育の目標を考えると,次のようなことがあげられる。
一 個人生活については
1.人の生活の根本というべき正邪善悪の区別をはっきりわきまえるようになり,これによって自分の生活を律して行くことができ,同時に鋭い道徳的な感情をもって生活するようになること。
2.自然と社会とについての見方考え方を科学的合理的にし,いつもこれらについて研究的に学んで行こうとする態度を持ち,またこれによって科学的知識を豊かにして行くようになること。
3.国語を正しくよく話し,かつきくことができるとともに,また正しくよく読み,綴り,書く能力を持つようになること。
4.宗教的な感情の芽ばえをのばして行くこと。
5.文学,芸術,あるいは自然の美を感ずることができるとともに,これらについての表現力を持ち,高雅な趣味を持つようになること。
6.勤労することを喜びかつこれを尊び,みずから進んでこれにうちこむ態度を持つようになること。
7.健康を保ちかつ進めるための進歩した生活の習慣と態度とを養い,そのために必要な考え方と知識とを持ち,また公衆衛生についての理解と態度とを持つようになること。
二 家庭生活については
1.家族を敬愛し,家庭生活の倫理的秩序を重んじ,これを維持し,かつ進歩させる態度を持つこと。
2.家庭生活について,清らかな理想を持ち,これを実現するにつとめる一方,その生活を民主的にし,かつ楽しく明るくして行く態度を持つようになること。
3.家庭生活の営みを科学的合理的に考え,これを能率的にする知識と技能とを身につけ,これによってその生活を向上させることができるようになること。
三 社会生活については
1.広く人類を愛し,他人の自由を尊び,人格を重んずるとともに,他人をゆるしその意見を尊重する態度を持つようになること。
2.人間はみな社会の一員として社会生活を営んでいることを理解し,社会のなりたちと理想とをわきまえるようになること。
3.社会生活を発展させる根底となる責任感を強くし,何事についても,まず生活をともにする人々のことを考え,力を合わせてともに働き,またともに楽しむ態度を持つようになること。
4.礼儀は社会生活の基礎であることを自覚し,これを重んじみずから実行するようになること。
5.社会正義とはどんなことであるかを理解し,これについて敏感になるとともに,そのために努力するようになること。
6.政治とはどんなことであるか,いかにあるべきかを理解し,ことにその根本を示す新憲法の精神を理解するようになること。
7.社会進歩の基になる伝統がどんなものであるかを知り,これを尊び,その保持につとめる一方,進んで国家社会の進展につくすようになること。
8.法律を尊びこれをどこまでも守って行くようになること。
9.広く世界の歴史,地理,科学,芸術,道徳,宗教などの文化についてその特性を理解し,世界とともに平和をきずき,国際的に協調して行く精神を身につけること。
四 経済生活および職業生活については
1.経済生活を営んで行くために必要な知識を身につけると同時に,経済生活を良心的に営む態度を持つようになること。
2.新しい日本の産業の発展につくすことができるような科学の応用力と,これを発展させないではおかない熱意とを持つようになること。
3.社会に生活するものにとって,意義ある職業を営むことが欠くことのできないことを理解し,その貴さを自覚し,これにうちこむ態度を持つようになること。
4.職業にはどんなものがあるか,それらの職業についてどんなことが要求されているか,それを営むにはどのようなことがたいせつか,などについて理解するようになること。
5.職業生活を営む上に必要な知識,技能を身につけ,これについての研究的な態度を持ち,これによってその能率を高めて行くことができるようになること。
6.消費生活の規準を知り,生計を工夫し,物をたいせつにし,これによって生活が苦しくてもこれにうち勝って行くことができるようになること。
およそこれらの目標はこの書の編集委員会が,いまわが国の社会の状態と,これから向かって行くべき方向について,いろいろ考え合わせて,その規準となるべきことをあげてみたものである。これらについてはなお補足すべきことがあるかもしれない。ことに地方の実情によっては,これらのうちで特に重んずべきものがあろうし,また加えなくてはならないことがあろうと思う。これらについてはよく考えをめぐらし,また地方の有職者の意見をきいて,これを吟味してそこによりいっそう地方の実情に即した目標を定めて,教育の内容や方法を考えて行く出発点とすべきである。