小学校学習指導要領

 

音 楽 科 編

 

(試 案)

 

 

昭和26年(1951)改訂版

 

 

 

文  部  省

 

ま え が き

 

 この本は,昭和22年に発行された学習指導要領音楽編を改訂したものである。根本的な考え方については変っていないが,その内容は,昭和22年度のものに比べて,だいぶ変わっている。内容の変ったのは,その後の研究や調査によって加除修正をしたためである。

 次に改訂の要点を,章を追って簡単に述べてみよう。

  序 論  ここでは,音楽の本質と音楽教育の特質について述べ,さらに今後の音楽教育について簡単に述べた。特に,芸術としての音楽の特質についてのみならず,音楽は,われわれ人間の社会生活と常に深いつながりのあることを明らかにしようとした。

  第Ⅰ章 音楽教育の目標  今次の改訂では,まず音楽教育の一般目標として,七つの項目をあげ,これから具体化された小学校の音楽教育の目標として,小学校音楽科で養おうとする態度・鑑賞・表現技能・知的理解の4項目についてあげた。これはさらに,第Ⅲ章の各学年の指導目標のところで,いっそう具体化されている。

 この章で,特に新たに強調された点は態度の面で,従来のように音楽の学習が音楽教室や音楽の時間内のみに限定され,しかも技術の習得のみに主眼がおかれるのではなく,それが広く家庭や地域社会にまで浸透して,児童の日常生活全体に豊かさや明るさを与えなければならないことを明らかにした。したがって,小学校の音楽料においては,決して技術や知識の習得のみに偏することなく,広い意味の人間教育の一面を分担すべきであることを明らかにした。

 なお,音楽はその特質上,国際的理解に大きな役割を果すものであることを明らかにした点も,一つの特長としてあげられるであろう。

  第Ⅱ章 児童の音楽的発達  この章には音楽教育において,特に児童の発達を知らなければならないのはなぜであるか,児童の生活と音楽とはどのような関係にあるか、児童の音楽的発達として特に取り上げなければならない項目はどのようなものかについて述べた。できるだけ詳しく解説しようとしたのであるが,わが国にはまだ科学的な調査や研究による結果が著しく不足しているため,ここに示したもののみで完全であるとはとうていいえない。この章に述べてある事がらを手がかりとして,科学的な豊富な研究結果を生み出し,実際教育の上に有効に生かされることが望まれる。

  第Ⅲ章 各学年の指導目標と指導内容  この章は,改訂学習指導要領の中心になる部分で,地域や学校の音楽教育課程を作成する場合の重要な参考資料である。

 前の学習指導要領では,まず簡単な教程一覧表を示し,さらに具体的な教材の配当やその解説が述べてあったが,今回は具体的な教材を割り当てることをせず,学習指導要領の本旨にのっとって,第Ⅰ章にあげた音楽教育の目標から具体化された各学年の指導目標と,その目標を実現するために予想される学習活動の例や資料を,できるだけ詳細に示すことにした。

 この章で述べたことの中で,特に特色のあるいくつかについて述べてみよう。

A 創造的表現とリズム反応

 今回の改訂では,音楽の学習経験として,歌唱・器楽・鑑賞・創造的表現・リズム反応の五つを取り上げた。小学校では,これらの学習経験が歌唱を中心として,全体的に統合されたものとして学習されるのであるが,記述の便宜上この五つに分けた。

 歌唱・器楽・鑑賞については,いまさら説明を要しないと思うが,従来用いてきた「創作」を「創造的表現」に改めたのは,小学校では決して形式的な作曲のみを考えるのではなく,むしろ作曲をしたり,創造的表現をする場合の基盤となるもの,たとえば,表現意欲の高揚とか,音楽性の開発,あるいは自己表現全体を通した創造性の育成ということをねらっていることを示す。したがって,歌唱・器楽・鑑賞・身体的表現などのあらゆる学習活動においてこれが指導されるべきであることを明らかにしているのである。

 また,「リズム反応」は,今回まったく新しく取り上げたものである。その意義については,第Ⅳ章第6節にゆずるが,要するに音楽学習は,音楽にとって最も重要な要素であるリズムの体得が根本であること,しかも,リズム感やリズム表現能力をつけることは,年少のときに学習するほど効果的であることから,特にここで取り上げ強調したものである。

 なお,知的理解の項目をとりたてて示さなかつたのは,この事項が不必要であるというのではない。少なくとも小学校の過程では,歌唱・器楽・鑑賞・創造的表現その他の諸活動の中で,有機的に取り扱われるべきであることを意味しているのである。

B 読譜指導の系統

 従来は,読譜指導を始める時期,用いる方法や資料などについては,それぞれの学校やそれぞれの教師が,ほとんど科学的な検討を加えることなく,いわば自己流に進められてきたといっても過言ではない。したがって,全般的に児童の読譜能力は非常に低調であった。

 それで,いろいろな実験の結果や,専門家・実際教育家などの意見や,信頼すべき文献に照して,新たに系統だった基準となるものを示したのである。すなわち,1,2年をいわば準備的な過程とし,主として階名模唱や,あるいは身体の動きを伴った聴唱的な方法で読譜の準備指導を行い,2年の終りまたは3年の初めから本格的に五線の楽譜による読譜指導にはいるようにした。(ただし,リズム譜は2年の初めから取り扱う。)その方法については学習活動の例の中に暗示的に示したし,用いる材料も資料の欄に系統だてて示した。そして,6年を終るときには,シャープ・フラットおのおの三つずつ持つ調号の調子で,2・3・4・6拍子の簡単な旋律が,独力で視唱できることを目安にした。

 なお,読譜指導あるいは視唱指導とならんで,聴唱法による指導を全学年を通じていっそうさかんに行うことはいうまでもない。

C 1年間に与える歌唱教材の最低基準数

 前に述べたように,小学校では歌唱活動が中心になる。したがって用いる教材も歌唱教材が中心になるのは当然のことである。ところがこれも前項の読譜指導の場合と同様,よく指導する教師は年間相当数与えるが,反対の極端な場合もあるので,全国的に平均して向上することをもくろみ,おおよその基準として,年間最低16曲を示した。そしてこれを,聴唱・視唱の面と,曲態の面から規定して均衡のとれた豊かな経験を積ませることに留意した。

  第Ⅳ章 音楽経験の指導法  各学年において,どのような指導目標のもとに,どのような学習活動を行わせるかについては,第Ⅲ章に詳しく示してあるので,この章では,各経験ごとに,その経験指導の意義・内容・方法,および方法上特に注意すべき点などについて述べた。学年ごとに詳しく記述しなかったのは,この学習指導要領にひき続いて,指導法を中心とした詳細な音楽学習指導書の編集が進められているので,それにゆずることにしたからである。

  第Ⅴ章 他教科との関連  音楽が,音楽教室や音楽の授業時間のみに限定して指導されていては,ほんとうに児童の生活に生きてこないことはすでに述べた。他教科の時間や教科外の諸活動においても常に音楽が活用されて,いっそう生気が与えられるべきであるし,ひいては,学校で得た音楽経験が家庭や地域社会にまで広がり,日常生活に潤いと豊かさを与えるものでなければならない。

 このような意味から,他教科のおのおのとはどのように関連をもつべきか,また,教科外の諸活動やその他日常の生活経験とはどのように関連をもつべきかについて述べた。

  第Ⅵ章 評 価  ここでは,従来行なれて来た考査や測定に対する反省をしながら,評価の新しい意義を明らかにし,次に,何を評価するか,だれが評価するか,どのような方法で評価し,結果の処理をどうするかなどについて述べた。

  付 録 音楽レコードと参考書  前の音楽指導要領に示された鑑賞用音楽レコード表は,終戦後の最も資材不足の悪条件下で選定されたためと,それが,各学年に固定的に割り当てられてあったために、とかく融通のきかない利用法がとられがちであった。それで今回はできるだけ広範囲から豊富な曲目を選定補足し,教師が地域差その他いろいろな条件を考慮して,自由に選択し指導できるようにした。

 利用する場合の便宜を考えて,曲目を演奏形態の上から(第1表)と,楽曲の種類のうえから(第2表)分類して表示した。なお,各学年に割り当てて固定してしまうのは望ましくないとしても,ごく初歩の教師の便宜を考えて,おおまかに,低学年向き・中学年向き・高学年向きの3段階に割りふったものをつけ加えた。しかしこれも,おおよその目安であるから,決してこれに束縛されることのないような指導が望まれる。

 参考書については,これもできるだけ広範囲の中から選ばれたものであるが,主として,現在発売中のもののみを取り上げることにした。なお,児童向きの参考書が,他教科のものに比べて著しく少ないのは,何といっても残念なことである。

 

 なお,この本は学校で教育課程を作ったり,学習指導を計画したりする場合の,一つの基準を示すとともに,日々の実践の手びきになることを示したものである。したがって,教師が,この本に掲げたことをそのまま用いることを望んでいるのではなく,これを参考にして,児童や学校の実情に合うように活用されることを望んでいるのである。

 

 終りに臨み,それぞれ多忙な職務を持ちながら,本書の編集に多大の努力を傾注された委員各位に対して,心から謝意を表したいと思う。

 また,委員以外の多数の教師・専門家・有識者から,多くの貴重な資料や意見を寄せていただいたことに対しても,深く感謝する次第である。

 

委 員 氏 名 (五十音順)

前文部事務官               青柳善吾

東京都港区立南山小学校教諭        岩波太郎

東京都練馬区立開進第三小学校教諭     沖 公恵

横浜国立大学学芸学部附属鎌倉小学校教諭  梶野健二

東京都新宿区立津久戸小学校教諭      川上幸平

東京教育大学附属小学校教諭        川本久雄

東京都文京区立誠之小学校教諭       瀬戸 尊

千葉県印旛郡千代田町立千代田南小学校長  高梨桂二

東京都千代田区立富士見小学校教諭     滝井悌介

文部省初等中等教育局中等教育課文部事務官 近森一重

東京学芸大学教教授            鳥居忠五郎

東京都中野区立江古田小学校長       中野義見

東京都杉並区杉並第一小学校教諭      根守四郎

東京都教育庁指導主事           浜野政雄

東京都新宿区立早稲田小学校教諭      平岡均之

奈良女子大学附属小学校教諭        前田卓央

東京都立駒場高等学校教諭         牧野守二郎

文部省初等中等教育局初等教育課文部事務官 真篠 将

東京都葛飾区立高砂小学校教諭       松山素直

東京都千代田区立小川小学校教諭      山本 栄

東京都目黒区立緑ケ丘小学校教諭      吉井恭子

 

目   次

 まえがき

序 論

Ⅰ 音楽の本質

Ⅱ 音楽教育の特質

Ⅲ 今後の音楽教育

第Ⅰ章 音楽教育の目標  

Ⅰ 音楽教育の一般目標

Ⅱ 幼稚園の音楽教育の目標

Ⅲ 小学校の音楽教育の目標

第Ⅱ章 児童の音楽的発達  

Ⅰ なぜ児童の発達段階を知らなければならないか

Ⅱ 音楽と児童の生活との関係

Ⅲ 児童の音楽的発達

第Ⅲ章 各学年の指導目標と指導内容  

Ⅰ 幼稚園ならびに第1学年

Ⅱ 第2学年

Ⅲ 第3学年

Ⅳ 第4学年

Ⅴ 第5学年

Ⅵ 第6学年

第Ⅳ章 音楽経験の指導法  

Ⅰ 音楽経験指導上の基本的諸問題

Ⅱ 歌唱の指導法

Ⅲ 器楽の指導法

Ⅳ 鑑賞の指導法

Ⅴ 創造的表現の指導法

Ⅵ リズム反応の指導法

第Ⅴ章 他教科との関連ならびに教科外の諸活動および学校外の生活との関連  

Ⅰ 他教科との関連

Ⅱ 教科外の諸活動および学校外の生活との関連 第Ⅵ章 音楽学習の評価  

Ⅰ 評価の意義とその重要性

Ⅱ 評価の目的

Ⅲ 何を評価するか

Ⅳ だれが評価するか

Ⅴ 評価の技術

付  録 A 鑑賞用音楽レコード

B 参考書

 

序   論

 

Ⅰ 音 楽 の 本 質

 

 音楽は音を素材——芸術創造のもととなる材料——とする時間的芸術である。この素材となる個々の音そのものには生命はない。この音にリズミカルな運動が起されることによって,はじめて生きた音楽としての生命が与えられる。そして、この音のリズミカルな運動は,やがて旋律への発展となり,この旋律としての動きは,必然的に知声と伴奏部のリズムの肉づけとによって,さらに完成された芸術としての音楽にまで成長する。そしてこの音楽は、心にたぎり,内面からほとばしる作曲者の感激や情熱を余すところなく,われわれに物語ってくれるのである。

 音楽では,このようないろいろな要素が,さらに形式という「わく」によって,秩序と統一を保ちながら動いていく。音楽が一定の形式をとるのは,音そのものが抽象的で,ことばのような具体的な内容を持たない上に,発生と同時に消えるという時間的特性によるのである。かりに,作曲者が,感興のおもむくままに音を無秩序に並べるとき,音そのものが具体的な意味を持たないだけに,主観的になって,それを音楽として統一的にとらえる手がかりをわれわれに与えないのである。すなわち,第三者にとっては,それは単なる音の無意味なら列にすぎず,音楽として感じとったり理解することができない。それゆえ,音楽の表現には,多様性の中に秩序と統一を見いだすところの一定の形式を用いたのである。ことに,古今の名曲として広く親しまれているものは,たとえそれがどんな簡単な小曲であっても,きわめて秩序正しい形式を持っている。

 次に,音楽と人間生活との関係をふり返ってみよう。

 音楽は常に,個人の生活や社会生活に結びついて,その生活の状態から要求され,また影響を受けつつ発達してきた。たとえば,原始民族にとって、魔法は現在の科学のような地位を占めていたが,この魔法における呪(じゅ)文の歌は,きわめて重要な役割を果してきた。そのほか,あるいは狩猟(食料)に,恋愛(生活)に,祈り(神)に,この古い民族の生活のあらゆる分野に音楽が取り入れられたのである。また,中世期のキリスト教時代には,宗教音楽がこれと深い関係におかれていたのであって,バッハ・へンデルのような大音楽家でさえ,ごくまれな場合を除けば,常にその天才をもって同宗の信徒団に奉仕したのである。

 このように,音楽の発生と発達は,われわれの宗教生活や世俗生活と密接に関連を持ちながら今日に至ったのである。この意味から,われわれの家庭や地域社会の生活の中に,音楽経験の喜びや楽しさが取り入れられ,その精神生活をいっそう豊かにすることを望むのは,文化が進展した現代人の,当然のしかもきわめて切実な欲求である。

 

Ⅱ 音楽教育の特質

 

 音楽は,前に述べたように,音を素材とする時間的芸術であって,演奏という形を通して表現されるのであるから,音楽においては,作曲者と鑑賞者との間に演奏者という特異な存在が必要とされるのである。この意味から,音楽の理解・感得をするためには,演奏者としての楽曲の解釈と,表現技術の体験の裏づけがあってはじめてじゅうぶんにその成果を期待することができる。ことに表現技術の習得は,感覚的な訓練と並んで,最もたいせつなものであって,この両者の修練は,早期に行うほど教育の効果が大である。

 このような音楽の特異性は,必然的に音楽教育独自の目的を定め,その目的達成のための独特な指導法を生むのである。すなわち,音楽教育においては,音楽の表現技術や,音楽についての理論的知識・音楽の鑑賞・音楽の創造力の養成などが目ざされ,それについての正しく系統的な学習指導が行われなければならない。

 

Ⅲ 今後の音楽教育

 

 わが国の音楽教育は明治の初年,音楽を唱歌という科目で学校教育の中に取り入れて以来,大正・昭和と社会の変遷につれて,大きな飛躍をしたが,不幸にも第二次大戦のぼっ発と時を同じくして,音楽教育本来の目的を逸脱し,ゆがめられた形で営まれるようになった。音名唱法(いろは音名)や和音感訓練が,純粋に音楽教育本来の目的で行われるのでなく,音楽教育以外のある目的のために強制されたことなどは,そのはなはだしい一例である。

 しかし,いまやわが国は,民主的,文化的国家として新しい道を歩むことになり,音楽教育もようやく本道にたちかえってきたが,長期の戦争の影響を受け,楽器の不足その他いろいろな困難があって,音楽教育の歩みも遅々としたものであった。教育基本法に,「われわれは個人の尊厳を重んじ,真理と平和を希求する人間育成を期するとともに,普遍にしてしかも個性豊かな文化の創造を目ざす教育を普及徹底しなければならない。」と明示されているが,音楽教育もまた,この理想を実現するために,一つの大きな力として期待されており,できるだけ,設備の充実や,教師の自己向上その他によって,新しい音楽教育の徹底をはからなければならない。すなわち,民主主義理念を基本とする現代の音楽教育においては,音楽技術の体験を通して,音楽美の理解・感得と,豊かな美的情操育成による人間完成が要求される。また,児童自身の欲求に基いた自主性に富む音楽的自発活動と,音楽を通しての自己表現とが尊重される。そして,児童自身や地域社会の欲求をとらえて音楽教育をおし進めていくとともに,家庭や社会における児童の生活の中に,音楽を体験することの喜びや楽しさを取り入れていくように心がけることが要請されているのである。

 このようにしてわれわれは,家庭・学校・社会のあらゆる生活の中に,一貫して音楽がしみわたっていくことを望んでやまないのである。